ふかふかのお布団、大きな枕、分厚い毛布、まるでお姫様みたい。
そんなことをふわふわとした頭で考えていた。
目が覚めて、メイドを読んでも誰も来ない。
そうだ、私はヴェルナーに離縁されて追い出されたんだった。
さっさと布団からシーツを剥がし、魔法をかける。クリーンは生活魔法の一つで、私ほどの使い手になると新品の寝心地を10年くらいは保つことができる。
太陽はもうすっかり上がっていて、市場はもうほとんど閉まっているだろう。
思った以上につかれていたみたいだとため息をつく。
仕方がない、今日はあるもので済まそう。
そう思っても、食糧庫にはまだほとんど食材の備蓄がなかった。今の季節は晩秋。一刻も早く薪と保存食をため込まなくてはならない。
しかし、今日一日くらいはじっくり休んでもバチは当たらないだろう。
リンゴひと箱とチーズとバターと持ち出した香辛料。香辛料が食糧庫のほとんどを占めている。収穫祭で買い込んだ香辛料を持ち出せたのは何よりの幸いだった。あの商人が再び来るのは春先だといっていた
箱から三つほど傷んでいそうなリンゴを取り出してくるくる回す。これはダメだと思った一つをごみ箱に捨てて二つとバターひとすくいをキッチンに持ち込んだ。
ヘタすれば一家族が暮らしていてもおかしくないくらいの大きさのキッチンの流し台にリンゴを、調理台の小皿の上に匙にのったバターを置いたらオーブンに火を入れる。これは魔力で動くけど今日それをやるのは後を考えると無理だ。ちょっと贅沢だけど薪を使う。たまにはいいよね?
それでももったいないから余熱でハーブを乾燥させようだなんて思いつつ「遥かなる人の友、精霊よ、空気より、水を集めよ」だなんてこっぱずかしい呪文を唱えて貯水タンクをいっぱいにする。これでしばらくは大丈夫。
一日贅沢に休んだくらいでバチなんて当たらないよね
今日何度目かわからないそのセリフがついに口から出た。私は仕事中毒か?!
こんなことを言えば元夫なら眉をしかめて何を言っているんだととでも言いたげににらむ、その様子が目を閉じればありありと思い浮かぶ。もしかしたら言葉にするだけでなく手も出ていたかもしれない。もっと取り繕うべきだったか?だがそれも決して長続きしないだろう。
義両親はあれの操縦を頼んできたが、私の手に負えるものではなかった。重ね重ね娘の安否が心配だ、息子はあの有能さだからきっと父親だろうが貴族だろうがやりこめてうまくやるに違いない。偉いご子息と交友を持ち始めたのには驚いたけど彼ならきっと大丈夫。私は無理。ああ、彼には私が邪魔だったか。
そう思えば彼はなぜ私をあの家から追い出したのか。妹のことは心配するなと言っていたが心配なのが親心である。
父親はあれだし、トンビが鷹を生んだな。豚に真珠とかいったらひっぱたかれたのが懐かしい。
皮むきすらせず真ん中をくりぬいただけのリンゴにバターを詰めて、そうだ、シナモンを刺そう。シナモンはリンゴのパイに使うと彼は言っていた。
次は絶対名前を憶えてやる。
すぐ名前忘れるなんて私失礼過ぎね?
オーブンの前に陣取って焼けていくリンゴの様子をただただ眺めればそんなよしなしごとが頭を通り過ぎていく。
こんがりと焼けるころにはぷーんとバターと見知らぬ香りがキッチンを占領していた。
砂糖やはちみつとは異なる不思議な香り。これがシナモンなのかと感心する。確かにこれはアップルパイ。
さらに飾ってキッチンで一服する。この紅茶も私物として持ち出したものだ。アイリーンはこの家を用意するのに手を尽くしてくれた。慰謝料はほとんど使ってしまってあとはこの冬への備蓄と来春までの生活費に消えるだろう。何とか職を見つけなくちゃ。
刺繍って役に立つかな?落ち着いたらアイリーン、いやヴィーシャの方が知ってそうだし手紙は高い。届くかも謎。それならヴィーシャに直接聞きに行っちゃえ。家知らないけどヴィーシャが所属している同業者組合が近くにあるから、その辺歩いていればそのうち会えると私は思っていた。
火を切ってからさらに余熱で待った焼きリンゴにナイフを入れるとスっとひっかかることなく真っ直ぐに切れてバターが溶けだしてくる。元は薄い黄緑色だったであろう果肉は透明がかったオレンジ色に変わっていた。
良かった、しっかり火が通ってる。
ただ、シナモンスティクはリンゴに刺さっている部分以外炭になっていた。もっと短くて良かったな。ちょっと勿体ない。
パクリ。うん、酸っぱい。当たり前だけどシナモンは甘くないし季節終わりのリンゴも甘くない。でも、香りはなかなかいいし柔らかい。だから、はちみつをタラーり。少なすぎるくらいが適量。
うん、完璧
バター様様ね。この素晴らしい香りは何にも代えられないわ。
夏なら少し冷ましてからバニラアイスを盛り付けるかも。
気がつけばもう空っぽの皿と使った調理器具にクリーンをかけて仕舞えばお片付け完了。
窓の外のお日様は傾いて、お散歩にはちょうど良い。
私は戸締りをしたあとコートを羽織って外に出た。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!