夕暮れ時。
部員数(マネージャーを含めて)10人という必要最小限の人数を抱えている大村西高校女子野球部の練習が丁度今終わったところである。
「うーい、しゅーごー」
友梨香の間の抜けた声にぞろぞろと集まる。彼女の隣には顧問兼監督の静香が顔を押さえて呆れている。
「つーわけで、明日が練習試合ということで、相手のガッコについて話すんやけど……」
「って、今更なの!?」
詩織の声が響く。友梨香はわざとらしく両耳を押さえる。
「何がやねん」
「いやいや、向こうは一週間前になんか練習試合うんたらの話していたじゃない! それなのにこっちは前日って……」
「メタいメタい。いや、あれよ。ちょっと準備してたのよ」
「準備? 明日の試合に関してなのか?」
友梨香は腕を組みうーんうーんと身体を左右に揺らす。
「明日の試合に関してと聞かれると確かにそうやし、直接的には関係しないからそうじゃないといえばそうやし……」
「なんなんですのよ。あなたらしくない。はっきりしませんわね」
「まあまあ。それでどういう学校なの?」
少しいらつくリンナを圭子がなだめる。マネージャーの智郁があははと苦笑いをすると、ノートを開く。
「はい、そこに関しては私から。今回の対戦相手、佐世保天翔高校は部員60名前後のまあ、県下ではそれなりに多いかと思われます。キャプテンの栗山さんはショートを守っていまして、部員からの信頼も厚く、バッティングも上手いですね。2年生の後半から四番を任されているので、攻撃の主軸は彼女かと思います」
「上杉ほどやないけど、それなりにバランスのとれた奴やな。大会でも得点の中心はこいつやったし」
一応三年生なので先輩なのだが、思いっきり同級生のそれに対するような口ぶりである。ここはさすがというかなんというか。
「そして、ピッチャーは二年生の久目岬さん。彼女は1年生の時から天翔のエースを任されていますね。スライダーとカーブ、あとはたまにチェンジアップも投げるみたいです」
「1年の頃からエースなの!?」
七絵は驚きを隠せない。思わず声が出た。
「んなもん、別に珍しくないやろ。英雄上杉様なんて、1年生でキャプテンやで」
確かに友梨香の言うとおりだがそれは向こうが超乙女級だからでは? と思ったがぐっと飲み込んだ。
「まあ、スピードはそんなに速くないし。普段から怜ちゃん相手にしてるみんなやったら多分大丈夫やろ……知らんけど」
「ちなみに天翔は去年のベスト8校ですね」
「ベスト8か~。まあ初めての相手にしてはちょっと強い感じかな~?」
他の面々も程度はあれ悠のような反応である。マネージャーの智郁は冷や汗だらだら。顧問兼監督の静香はどうしたものかとため息を吐く。
そして、今回の練習試合を仕組んだ友梨香はきょとんとしている。
「あれやでベスト8はベスト8でも」
「ん? 何かあるのか?」
友梨香は智郁に目配せする。「私が言うんですかー?」と涙目になる智郁に「はよせい」と首で合図する。
「あーそのー天翔高校なんですが……。確かにベスト8なんです。なんですが……去年の乙女白球のベスト8なんです……」
「ほう。そうか。去年の乙女白球のベスト8……!?」
「ちょちょちょちょちょっと待ってくださいまし! それじゃあわたくしたちのはじめての相手は……」
「うん。全国区」
あっさりと言った友梨香に一同は今日一番のざわめきをみせる。
「あんた、言ってなかったの?」
静香の小声に友梨香はわざとらしく舌を出す。
「忘れてたわ」
ぱんぱんと手を叩き場を静めるといつになく真剣な表情で友梨香が話し始めた。
「はーいだまれー。ええか、うちらの目標は乙女白球のてっぺんなんや。せやからはじめっから有象無象じゃなくて強いとことやるのは当たり前やろ。
まあ、不安はあるかもやけど安心せえ。向こうに超乙女級はおらんし、名前付きの選手なんて、栗山と久目ぐらいや。あとはみーんな『部員ABC』のモブや」
友梨香の言葉に納得したのか、はたまたはじめから天翔のことは知っていたのか、由貴はカラッとした笑顔で
「確かに友梨香ちゃんの言うとおりだよ。全国一番を目指すんだから、頑張ろう!」
その一言に皆、ばらばらだが「おー」とか「そうだな」とか納得したようである。
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