乙女白球

~超乙女級の1番センターと女流ライアン~
totoko
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1年目4月 第6話

公開日時: 2020年9月7日(月) 18:00
文字数:1,984

 ひときわ大きな声で友梨香がそのメモを読み始める。


「えー、杉山圭子すぎやまけいこ黒木緑くろきみどり大嶺悠おおみねゆう曲山七絵まがりやまななえ郡川詩織こおりがわしおり芳村由貴よしむらゆき立花たちばなリンナ、で最後に」


 一瞬、友梨香と目が合った気がする。


「松浦怜以上。放課後、女子野球部の部室に集合や」


 そこまで言い終えると満足したのか満面の笑みを浮かべると。


「というわけで、これから三年間頑張ります。新入生代表、渡辺友梨香」


 何事もなかったかのように壇上を降りた。

 新入生の間を歩く友梨香を怪奇の目で見る他の生徒。いや、そりゃそうだろう……。


「私も頭数に入っているのか……」


 若干予想はしていたもののうれしくはあるが、複雑な気持ちだ。断るべきか果たして……。

 怜の葛藤は式が終わっても続いたままだ。



 

 友梨香によるゲリラ的な代表挨拶が中心となってしまった入学式を終え、生徒は各々の教室へ戻る。


「いや~緊張したで~」


「……そんなわけないだろ」

 

 わざとらしくのびをする友梨香に怜は苦笑いを浮かべる。

 さて、この後どうするべきだろうか? 怜は今一度葛藤と向き合う。

 友梨香の誘いは確かに嬉しい。なんたって、全国トップレベルの選手からの直々のお誘いだ。彼女が言った乙女白球優勝。普通ならば失笑されそうな宣言だが、彼女ならばそれも達成しそうに思える。

 問題はそこに怜が必要なのかということだ。

 もちろん、実力はほどほどにはあるかもしれない。なんだかんだで、関東のいくつかの学校から話しを持ちかけられたこともある。とはいえ、あんな終わり方をした自分が、こんな遠い地でまた野球をしてもいいものだろうか?

 野球が嫌いになったわけではない。いち競技として今でも好きなことは間違いない。ただ、それとでは実際に選手として部活動に勤しむかということとは別問題だ。

 うん。ここは丁重に断ろう。せっかくの誘いだが、遠くまで逃げたような人間がやってはいけない。


「友梨香、君の誘いなんだが……」


「あっ! いたいた! あなたが渡辺友梨香さんだね!」


 飛び抜けて元気のよい声が怜の言葉を遮った。

 近づいてきたのは栗毛のショートカットの少女だった。背丈は友梨香よりも少し低めのように見える。

 栗毛の子は目を輝かせながら、怜たちのところに近づいてきた。


「そういえば、同じクラスやったな」


「そうそう! そっちが松浦怜さんだよね? 女流ライアンの」


「あ、ああ。そうだが……えっと、君は?」


 ここでもそのあだ名で呼ばれるとは……。

 栗毛の子は軽く一礼すると、


「さっきの入学式で名前を呼ばれたメンバーの一人。芳村由貴だよ。よろしくね!」


「そっ、この子が由貴ちゃん。硬式野球の経験はなくて、小中ずっと軟式してたんやけどな。まー結構うまいからな。メンバーに選んだわけや」


「いや~、あの渡辺友梨香に褒められるとは」


 由貴は照れくさそうに頭をかく。

 彼女が芳村由貴――友梨香が選んだメンバーの一人。軟式出身か、通りで知らないわけだ。

 だが、あの友梨香が選ぶぐらいだそれなりの実力者なんだろう。


「しかし、友梨香、よく知っていたな」


「そらあ調べたからな。メンバーのあれやこれはなんでも。せっかくやしもちっと由貴ちゃんのこと紹介しよか?」


 怜の返事を待たずして友梨香は続ける。


「芳村由貴ちゃん、身長160ジャスト、右投げ右打ち、軟式時代は主にセカンド守ってたけど、ぶっちゃけキャッチャーとピッチャーあと外野以外なら大体どこでも守れる。まあ、よーするに守備のエキスパートってわけや。守備だけやなくて、そこそこバッティングも上手いし、足もそれなり。ざっくり言えば内野手版ジェネリックうちやな」


「いや~そこまで褒められちゃうなんてえへへへ」


「硬式経験はないなんて言ってるけど、実は中三のモガッ!?!?」


 言いかけたところで由貴がすかさず友梨香の口に手を当てて塞ぐ。


「何すんねん!」


「それ以上は言わなくても大丈夫だよ」

 

 なんていう由貴の目が少し怖かったのか、友梨香もため息交じりにうなずく。


「……まあ本人がそこまで言うならしゃーないわ。というわけで、今日からよろしくな」


「うん! わたしも入部しようって思ってたから丁度よかったよ! よろしくね……えっと……」


「あー友梨香でええよ。怜ちゃんも別にええやろ? しょれっとうちのこと呼び捨てにしてるし」


「ああ、すまないつい癖で」


「えーえー、別に気にしてへんって」


 手をひらひらとする友梨香であったが、内心はどきどきしていた。顔に出していないだけで、内なる友梨香の顔は赤である。真っ赤。


「じゃあ、改めて、よろしくね、友梨香ちゃん、怜ちゃん!」


 由貴は笑みを浮かべてそう言うと少し離れた自席へと戻っていった。


「ふ~。由貴ちゃんは野球部入るやろうと思ってたからすんなり入部してくれるわな。ひとまず三人っと」

 

 この三人というのは、友梨香、由貴、そして怜のことだろう。


「あー、友梨香、その話なんだが……」


 先ほど、由貴によって遮られた例の件について話そうとする。

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