乙女白球

~超乙女級の1番センターと女流ライアン~
totoko
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1年目4月 第4話

公開日時: 2020年9月4日(金) 12:00
文字数:1,387

 それは友梨香が新入生代表挨拶をする少し前、校長挨拶の辺りまで遡る。

 怜は悩んでいた。

 おそらくだが友梨香はここで野球部に入り乙女白球を目指すのだろう。そうなると当然自分にも話が来るはずだ。

 怜としても野球部に入りたい気持ちはある。

 だが、果たして今の自分でいいのだろうか? 大体、野球を続けるのならば何も逃げるように長崎まで行く必要はなかったのだ。

 都内、または首都圏の名門校にでも入って野球をすればいいだけの話だ。

 実際、中学三年生の秋頃にはいくつかの高校から話は来ていた。東京都予選準優勝ではあったものの、この体躯を買われ誘われていた。

 自分でもそれは感じている。

 女子高生でこの身長に腕と脚の長さ、そして柔軟性のある身体。おかげで中学時代怪我知らずだった。

 でも怜が選んだのは長崎のただの公立高校だった。

 結局彼女はそっちを選んだのだ。

 自分のせいでチームの皆の全国の夢を潰してしまった。そんな自分がチームメイトを差し置いて、強豪校に進んでいいわけがない。仮に彼女らが気にしないと言っても、怜自身が気にしてしまい多分まともにプレイできないはずだ。

 だから――逃げたのだろう。

 それも東京から遠く離れたここまで。

 もちろん両親は反対した。無論、理由は話したが、それはそれこれはこれだと一蹴された。

 幸いにも長崎の親戚の家に住むことになったので独り暮らしではないということでようやく許しを得た。

 自分はこのまま普通に3年間を過ごし卒業するのだ。

 普通に友達を作り、放課後にはどこかに寄り道をし、想像つかないが誰かと恋愛をしてみたり、時には喧嘩をしてみたり。夏休みには東京の両親の元へ帰り近況を話し……。

 いや、今もそれでいいんだ。

 それが自分のやらかした責任の埋め合わせだ。

 友梨香とは普通に友人としてでいいではないか。彼女が試合に出る時にはスタンドから応援する。それもいい青春だ。なんならマネージャーもありかもしれないな。

 ともかく、もう自分が選手として場に立つことは誰でもない自分自身が許してくれないだろう。

「続いて、新入生代表挨拶。新入生代表は、B組の渡辺友梨香さんです」

 司会の教師の言葉に友梨香がそういえばそうだったと緊張感を感じさせない顔で立ち上がる。

 驚いた。新入生代表挨拶といえば入試成績がトップの生徒が行うと聞いていたがまさか彼女とは……。

 野球も天才的でおまけに頭もいいとは……。月並みだが、天は二物を与えずというのは真っ赤な嘘ではないか。

 このときばかりは神様恨むぞ。

 友梨香は雰囲気だけは真面目に壇上へと進む。そして、こちらに向かって一礼。制服のポケットから三つ折りにした原稿用紙を取り出すとパラパラと広げる。

 ざっと端から端まで目を走らせ、少し顔をしかめる。

 はぁ、と小さくため息を吐くと、


「あー新入生代表挨拶」


 そのやる気を感じさせない口調に周囲がざわつく。


「あの子が本当にトップ合格者なの?」


 なんて声がどこからか聞こえてくる。


「えー本日は私たち新入生のために……」


 ここで彼女の挨拶が止まった。先ほど以上にざわつく場内。周囲の教師も互いの顔を見合わせている。

 一体どうしたんだ?

 怜も不安になる。友梨香の胆力ならばこれぐらいどうってことはないはずだが……。直接の付き合いはないにしてもそれぐらいは怜にもわかる。


「なあ? こんなふっつーの挨拶全然面白くないわな」


 そう言って友梨香は持っていた原稿を縦に引き裂いた。

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