乙女白球

~超乙女級の1番センターと女流ライアン~
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1年目5月編~大西野球部の幕開け~

プロローグⅠ「練習試合1週間前~佐世保天翔高校にて~」

公開日時: 2020年12月28日(月) 11:00
文字数:2,194

 夕暮れ時。

 部員数約60人ほどの所帯を構える佐世保天翔させぼてんしょう高校女子野球部の練習が丁度今終わったところである。

 長崎県の県北地区にある佐世保市、その中でも市街地から離れた町の高台に位置しているのが佐世保天翔高校。通称、天翔。


「集合!」


 キャプテンである3年生の浅瀬みこの一声で、部員全員が監督の前に集まる。天翔野球部監督の栗山葉月くりやまはづきは部員の集合を確認し、キャプテンを一瞥。


「気をつけ! 礼!」


「よろしくお願いします!」という部員全員の声が揃う。しっかりとしたチームだ。葉月は「はい、お疲れさま」と前置きをすると、


「えー、来週の土曜日、大村西との練習試合があるわけですけれども」


「監督、すみません」


 部員の一人、2年生レギュラーの久目岬くめみさきが手を挙げる。


「ん? 岬、どうしました?」


「いえ、練習試合があるのはいいのですが、なんでまた大村西なんでしょうか? あそこ、そこまで強い高校ではないはずですが」


 岬の言うとおりだ。

 確かに、天翔の野球部と比べたら、大村西は練習試合の相手としてはあまり相応しくない。正直なところをいうと数段格下の相手だ。五月下旬に開催されるNHK杯を前に、まとまって練習が行えるゴールデンウィークの期間に行う試合相手としてはなんとも言えない。

 それともあれだろうか? あえて格下を相手にすることで、自信をつけさせたり、細かい連携部分の確認をさせるのが目的なのだろうか?

 葉月はちょっと困った顔をすると、


「確かにそうなんですよね。私も驚いたのですが、丁度3月の終わり頃でしたね。いきなり電話が来まして」


 葉月曰く、自分宛に電話が来たので取り次いだところ、大村西高校の女子野球部の監督である明石静香と名乗る人物から連絡が来た。静香のことは大学野球のスター選手だったので、小耳には挟んだことはあったのだが、野球部の監督になっていたことは知らなかった。

 そして、電話では練習試合をしたいということ。

 はじめは力量差もあるし、どうしたものかと考えていたのだが、


「そしたら、向こうの監督が『こっちには超乙女級がいますよ』なんて言ってきて……」


「超乙女級……!?」


 岬は目を見開く。

 超乙女級といえば全国のすべての女子高校生の中でも選ばれた選手のみに与えられる称号だ。ずば抜けた才能や実力を持った選手が公式に認められる。もちろん、岬はそこまでのレベルではない。

 だが、そんな選手がなぜ無名校であるところの大西に?


「私もそこは疑問に思ったのですが、とにかく、『この時期に超乙女級と試合ができるのはそちらにとってもメリットがあるのでは?』なんて言われて」


「それで練習試合を受けた、と?」


 みこの確認に葉月はうなずいた。


「そういうことですね。というわけで、どうやら向こうは超乙女級の選手を用意しているらしいです。とはいえ全書を見ると長崎県の高校に超乙女級は一人もいないのですが……」


 全書の選手のランク番付のページにはどこの高校の選手なのかが書いてある。残念ながら、現状、長崎県の選手は一人も超乙女級には選ばれていない。

 ただ、みこが読んで驚いたのはこの春の時点ですでに4人の1年生が超乙女級として選ばれていることだ。しかもそのうち2人は攻撃・守備両方で選出されている。

 一人は新潟の越後学院の上杉。そして、もう一人が確か……。


「渡辺友梨香……あれ? そういえば彼女だけ高校名が書かれていなかったような……」


 1年生が春で選ばれる場合、その多くは彼女たちが中学三年生の頃から、スカウトや推薦なのですでに進路が確定しているタイミングでその時の高校名が記載される。超乙女級に選ばれるぐらいの選手だ。大体夏の大会が終わったあたりにはすでに決まっているらしい。

 らしいというのはそういう噂を耳にしたからである。

 そもそも、1年生で選ばれるということ自体がほとんど前例がないというのに、今年に限ってはすでに4人選ばれている時点で異常なのだから。

 その中で異彩を放っていたのが渡辺友梨香だ。打ってよし、走ってよし、守ってよしの天才プレイヤーだと聞いている。


「え……ちょっと待ってください? もしかして、その超乙女級選手というのは……」


 みこは声色を震わせる。


「おそらくですが、渡辺友梨香さんかと思います」


「なっ……! あの超乙女級の一番センター!? どうして大村西に?」


 彼女ぐらいの実力なら大阪だけではなく全国の名門校からお呼びがかかるレベルだ。それがなぜ、どうして?


「そこは全くわからないのですが、向こうの監督さんが超乙女級がいるというので……」


 だが、これはまたとないチャンスだ。県予選大会を前に、超乙女級と試合ができる。


「というわけで、本当に渡辺友梨香さんが大村西にいるかどうかはわかりませんが、超乙女級と試合ができるまたとない機会です。なので、次の練習試合は全国区の学校が相手だと思って挑んでください。特に、岬。あなたはウチのエースです。ここであの渡辺友梨香と勝負ができれば、今年の夏へ繋がります」


「はい!」


 そう。岬の背番号は1。2年生レギュラーであり、天翔のエースだ。

 岬は堅く拳を握るとわくわくを抑えきれなくなり、顔がにやける。


「あの超乙女級と試合……! 絶対に抑えてみせる!」


 超乙女級という言葉でざわついた部員たちに葉月がパンパンと手を叩き、制する。


「はい、静かに。ここでしっかりと経験を得て、今年の夏こそ、ベスト4以上、それこそ優勝を目指しますよ!」


「はいっ!!」

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