乙女白球。
正式には、「全国高等学校女子野球選手権大会」である。ようするに、女子高生野球の全国大会のことである。
日本の野球人気、というよりも、女子スポーツに対する世間の関心が集まったことにより、これまで男子中心の部活動にも、女子専用の部が創設され始めた。
女子野球部もその一つである。
男子高校生野球の全国大会は甲子園。ならば、女子高校生野球も同じような通称名の大会を設立しようとなったのが、先述した「乙女白球」である。
大会の会場は福岡県のpaypayドーム。ネーミングライツの都合上ころころと変わるため基本的には「福岡ドーム」と皆呼んでいる。時期も甲子園の時期と同じである。
そして、乙女白球の効果もあり、日本の野球の女子選手は集まり始め、今や女子プロ野球というのは、スポーツ少女の憧れの職業の一つとなった。
特に乙女白球に出場するほどの活躍を見せれば、秋頃の行われるドラフト会議でも注目の的になるため、本気でプロを目指す選手は必死になる。
当然プロを目指すのならば、名門リトルリーグから名門高校へ進学するのが、乙女白球出場への近道なのは言うまでもない。
ただ、この少女、渡辺友梨香は違っていた――
長崎県の中央部に位置する大村市。陸上自衛隊の駐屯地から少し歩いた所にそこはある。
県立大村西高等学校。
どこにでもある普通の県立高校である。通称、大西。
本日は大西の入学式である。桜並木の道を袖を通したばかりの新入生が歩いて行く。
みな保護者と共に歩いているのだが、彼女は違っていた。
太陽の光を吸収してしまいそうなほどに真っ黒な黒髪は、癖っげ一つもない綺麗なキューティクルを保って、彼女の背中まで伸びている。
しかし、適度に梳いているからか、重苦しい印象はなくシャンプーのCMに出てきそうなぐらいに軽やかだ。
大阪から父親と二人で長崎へ引っ越し、この学校に通うことになった。
残念ながら父は本日初出勤ということで、入学式には来られない。
まあ少し寂しさは感じるが、高校生にもなって親が来ないから泣いてしまうほどではない。
それよりもわざわざ両親に無理を言って大阪から来たのにはわけがある。とりあえず今はさっさと入学式を終え、やることをやらねばならない。
目星は入学前につけている。あとは探すだけ。ついでにこの学校の事情も存じている。
とはいえ何かの間違いがあるといけないので、名簿を確認し自分のクラスを確認する。友梨香はB組だ。
地元の公立高校ということで、同じ中学校出身なのだろう。すでにいくつかのグループが作られていた。彼女たちは同じクラスになれたことを喜んだり、クラスが離れたけど、お昼は一緒に食べようとか話したりワイワイしている。
大阪の中学校からやってきた友梨香には、当然知り合いはいないため一人で廊下を歩く。誤解がないようにしておくが、友梨香は中学時代は中心人物であった。常に気の知れた友人がおり、それは男女問わずであった。
身長167センチメートルのわりかし長身の身長でありながら、顔が非常に小さいため、モデルか何かかと勘違いしてしまう。事実、大阪では街を歩いていると、ナンパだとかどこぞの芸能事務所の人間を名乗る人からスカウトされたこともある。
いわゆる美少女にカテゴライズされる友梨香は、早速道行く男子生徒の眼差しを奪っていく。
「今のやつ、めっちゃ可愛かったな」
「どこ中ね? おまえんとこ?」
「いや、俺んとこじゃなかばい」
そんな会話が聞こえてくるが気にしない。
しかし、よく見ると友梨香同様に一人でいる生徒もいなくはないようだ。
特に目立ったのは友梨香よりも、さらに長身の女子生徒だ。というよりもそこら辺の男子よりも高い。そりゃそうだ。彼女の身長は驚異の187センチメートル。今時そんな高校一年生いるもんかよと思うだろうが、現実にいるのだ。
青みがかった黒髪のショートボブ。そして、グラビアモデル顔負けのグラマラスボディ。友梨香とは方向性の違う女性の魅力が詰まっている。
「早速見つけた」
ちょっとしたきっかけでたまたま入手した大西の入学者の詳細データ。
中学時代の部活動履歴や受験成績、内申書の内容までずらりと書かれていた。
まさかその中に彼女がいるとは思わなかった。どういう事情でこんなところに来たのかは知らないが、そんなことはこの後どうせ語られるし問題ない。
幸いにも彼女とクラスは同じ。
ならば好感度は高く、さくっと友達にでもなって仲間にしてしまおう。
長身グラマラスボディの後をつけるようにして教室へ入る。黒板を見ると席は自由とのこと。ならば……。
長身グラマラスボディが席に着くのを確認すると、さりげなく隣へ座る。
「よろしくな!」
大阪訛りの言葉で隣の彼女へ挨拶する。彼女もはじめは驚いていたがすぐさま冷静になると、
「あ、ああこちらこそ」
少し低めだが、怖いわけではない声で答える。
本当はここから会話を広げるつもりだったのだが……。
「?」
長身少女は怪訝な顔で友梨香を見ていた。なんたって、友梨香の顔がめちゃくちゃ赤かったからだ。
(待て待て待て待て……)
いくらなんでも美人すぎやしないか?
一目惚れであった。
渡辺友梨香、おそらく、生まれて初めての一目惚れであろう。普段の彼女らしからぬ表情をしている。それは恋する乙女そのものだった。
「だ、大丈夫か?」
「ひゃっ!」
ひゃっと言ってしまった。ひゃっと言ってしまった。ひゃっと言ってしまった。
「いや……その……あの~……。そ、そう! うちは渡辺友梨香! よろしく!」
とりあえず自己紹介。ついでに右手を差し出す。
「ああ。私は松浦怜だ。よろしく」
すっと伸ばした長い腕、その先の綺麗な右手が友梨香の右手をギュッと握る。
恋に落ちる音がした――
というわけで久しぶりのtotokoとしての新作小説乙女白球をよろしくお願いします。
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