リンナの眉がぴくっと動いた。友梨香に質問したい気持ちをぐっと抑えて、彼女の続きを待つ。
「ウチらは必ず全国に行く。なんなら、九州地区大会も常連組になるで。そうなったら絶対どこかで島津学園と当たる。そうなったら絶好の敵討ちのチャンスやろ?」
「……そこまで言うということはわかっておりますのね?」
友梨香はのびをする。
「まあな。大変やったで何せ身辺を調べても出てくるのは立花のおっさんに養子に入ったってことだけ。過去のあれそれなんてどこにもなかったんやから」
「それでよくわかりましたのね?」
「リンナちゃんの親父さんの生前の試合とかインタビューからようやく見つけたって感じや。ぶっちゃけ偶然よ偶然。ただなあ……」
ここまで言って言葉に詰まる。
果たしてこの先まで言ってしまっていいのだろうか……。
「まさか、母親まで後追いで死ぬとは、ですわよね?」
代わりに答えたリンナを驚愕の表情で見る。ここまで飄々としてきた友梨香がおそらく初めて見せた表情だ。
立花リンナには両親がいない。二人は、彼女が幼い頃に亡くなった。
彼女の父――高橋紹運は才能と実力に秀でたプロ野球選手であった。ガッツあふれるプレイに常にフェアプレイの精神を忘れないそんな野球にひたすらに真摯な姿。そして、逆境の時ほど燃え、幾多の大逆転の一打を魅せてきた。その姿から敵味方問わず『戦神』と呼ばれる人気選手であった。
そして、彼女の母はアメリカの女子野球選手であった。結婚を機に引退はしたものの、彼女もまた優秀な選手であった。リンナはアメリカ人と日本人のハーフだ。
3人はどこからみても幸せな家族であり、リンナも両親の影響で野球を始める。
血筋なのだろう。めきめきとその才能を開花し始め、両親もそんなリンナの将来を楽しみにしていた。
だが、それも長くは続かなかった。
リンナが小学校3年生の頃だ。
紹運が試合中の事故により死亡したのだ。頭部へのデッドボール。当たった後は平気な顔をしていた彼だったが、その夜遠征先の鹿児島のホテルで倒れ緊急搬送。
リンナと母が東京から駆けつけた時にはすでに帰らぬ人だった。
「その時の対戦相手が島津四姉妹の父親だったわけやな?」
「ええ。その通りですわ。そのことは後日TVの報道で知りましたわ。それから数日後でしたわね。私が学校から帰ってきたら……」
「お袋さんが死んでいたんやろ?」
「ええ。『パパのところへ行ってきます。あなたと一緒じゃなくてごめんなさい』ってメモ書き1枚残して逝ってしまいましたわ。正直、その後は本当に記憶が曖昧ですわ。気がつけばわたくしは大分の道雪おじさまのところにいましたわ。
後から知ったのですが、父の遺言だったみたいですわね。『もしもの時は娘を頼みます』ですって」
球界屈指の名バッター『雷神・立花道雪』のところに養子と入り、名字も高橋から立花へと変わった。道雪はリンナを実の娘のように可愛がってくれたらしく。何不自由なく生活できたらしい。
ただ、中学卒業を目処にリンナから彼に対して、独り暮らしをお願いした。
そして、長崎にはるばるやって来た――そういうことだった。
「……ふう。で、ぶっちゃけどうなん?」
「どうとは?」
「島津に対してや」
リンナは思慮を巡らせる。気がつけば握っていた空き缶が潰れていた。
「許せませんわよ。いくらあの後正式に謝罪に来たからといって、母親も亡くしたばかりの小学生の元にずらずらと大人が来たんですわよ! 謝罪の言葉よりもあの奇異の目で見られている恐怖の方が大きいに決まっていますわ!」
「ほな、やろか? 敵討ち。娘どもに対して見せつけてやろうや。戦神、高橋紹運の娘の存在を」
「正直復讐心で野球をやりたくありませんわ」
「ほなら、別にそれはええわ置いておいて。どーせ一日二日で決着がつくわけやないやろうし。
ただ、ウチのチームにリンナちゃんが必要なのは嘘やない。本当のことや」
先ほどまでのふざけた友梨香ではない。真っ直ぐ見据えた視線は揺らぐことなくリンナの瞳を捉え続ける。
リンナは呆気に取られた様子で、やがて観念したのか今日一番の大きなため息を吐くと
「わかりましたわ。今までもこうやって誘ってきた人はいましたがあなたみたいなめちゃくちゃな人は初めてですわ。
興味本位で協力してさしあげますわ」
「ああ、協力してくれ」
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