怜は目を見開いた。
一体どうしたんだ!?
ついに教師陣のざわめきがとてつもないほどになる。ざわざわからどよどよだ。
そんな異様な雰囲気など知らぬ存ぜぬ。友梨香は口を開く。
「あーなんや? 高校に入ったらあれをやりたい、これをやりたいとかまあ色々あるんやろうけど……」
丁寧な言葉使いから遠く離れた彼女の関西弁。
「まあ、せっかくやし、うちの目標でも言っておくか。うちは中学まで野球をやってた。ぶっちゃけ全国じゃあトップレベルの選手やった。夏の大会の予選の時から大阪を中心に全国の名門校からアホみたいにスカウトが来たんや」
やはりか。友梨香ほどの実力者ならどの学校も喉から手が出るほどにほしいはずだ。
「そうやな~。高校野球あんま詳しくない連中にもわかるところやと……。大阪の日輪学園とか聞いたことあるやろ? あとそこと対をなす大阪桜陽とか」
日輪学園、大阪桜陽、どちらも大阪府の女子高校野球では名門中の名門だ。毎年乙女白球にはこのどちらかが出場している。
「まあ、ほかにも東京や神奈川の関東の高校からもお呼ばれがかかったんよ。せやけどそこらへんぜーんぶ蹴った。ぜーんぶよぜーんぶ。何でやと思う?」
なぜだ? スカウトに答えていれば特待生待遇の何不自由ない高校生活を送れるはずだ。当然練習のレベルも違うだろうし……。何よりもプロへの道はそっちの方が近道だ。
「まあわからんやろうな~。とりあえず地元のガッコ選んでとりあえず地元に根を生やすような生き方していたおまえらには」
挑発的な目で目の前にいる新入生たちに告げる。その中には当然、怜も含まれているだろう……。いや、自分は地元ではないが逃げてきたような人間だからだ。
「そっちの方が面白いからや! だって考えてみい。うちが日輪行っても何があんねん? せいぜい乙女白球春2連覇、夏3連覇ぐらいやで」
いや、そっちの方が十分恐ろしいのだが……。
長い乙女白球の歴史において未だに春夏の連覇も、同大会の連続優勝も発生していない。学生スポーツにおいては連覇というのは難しいものだからだ。
「でもそれやとなんも楽しくない。せやからうちはここに来たんや!」
一呼吸おき、友梨香は続ける。
「まあ、ここはスポーツ名門校ってわけやない。ふっつーの公立高校や。やからこそや。
おまえら、全国優勝ってやってみたくないか?」
「お、おい。まさか……」
「三年目の夏までにうちはここ、大村西高校で乙女白球を制覇してみせる。というかするわ。全国大会出場ってのはええぞ~。まず内申点にいい感じのポイントがつく。大学受験でも有利なはずや」
友梨香の言っていることはあながち間違いではない。野球に限らず、部活動で優秀な成績、全国大会出場、それこそ友梨香の言っているような乙女白球優勝なんてのは、非常に大きな評価を得られるはずだ。
だが、友梨香は「せやけど」と目を光らせる。
「面白半分で入部しようってやつはいらん」
そう言って友梨香は制服の裏ポケットから一枚の紙を取り出す。
先ほどの挨拶の原稿用紙とはまた別。どちらかというとノートの1ページのようだ。
「今から言う奴。放課後、女子野球部の部室に来い。来ないからうちらから連れてくる」
おいおいおい、さっきから何言っているんだ?
これは入学式の挨拶じゃないのか? 何がどうしてこんなことになってる?
というか教師陣は止めないのか? 今一度教師席を見る。
明らかな体育教師的な体躯のいい男が、教頭に問い詰めている。
「止めなくていいのですか!?」
「いや、私もそうしたいのですが、校長や来賓の方々が『何があっても新入生代表挨拶は止めるな』と言っていてですね……」
教頭も何が何やらわからぬ様子で。ハンカチで額の冷や汗を拭くばかりだ。
校長や来賓?
怜は視線を再び壇上の友梨香に戻す。
「君は一体何をしたというのだ……?」
「それじゃあ……はっぴょーします!!」
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