「私にはそこまでの情熱はなかったのよ」
いまいちつかめていないのか怪訝な顔をする友梨香。
「プロになるってことは、すべてを賭して野球に捧げることよ。もちろん、そういう世界が好きって人もいるだろうけど、私にはそこまでできる姿がイメージできなかったのよ。なんて言えばいいかしらね? 選手の能力としてはプロに向いていても資質が不合格って感じかしらね?」
「あーなんとなーくわからんでもない」
静香の言っていることは完全に理解できているわけではないが、それとなく言わんとすることはわかる。実際、今のプロ野球もそう人は少なくない。高校時代や大学時代に大活躍して、ドラフト上位で指名されたにも関わらず、プロ入り後はいまいちパッとせず数年後に戦力外通告を受けて引退なんてのは珍しい話じゃない。
逆にドラフト下位だったり、それこそ育成枠での指名だったが、球界を代表する選手にまで大成した人もいる。
もちろん、上位ほど学生時代の怪我が残っていたりとか色々と理由はあるのだろうが、そういう部分も含めて、資質と彼女は言っているのだろう。
「そっ、だから私は先生になったのよ。まあ、学生の時からどちらかというと教えたりするのが好きだったし。あと公務員だし」
「でもなんで最初は断ったん?」
2週間前、実は友梨香は静香に会っていたのだ。大西の女子野球部の顧問兼監督が彼女だということは割と簡単にわかった。あとは部員0で自然消滅になっていた野球部に再び戻ってきてもらえるように取り計らえばいいだけの話。
「そりゃそうでしょ? まだ入学してもいない中学三年生のがきんちょから『4月から野球部頼むわ』なんて言われたら。普通、断るどころか恐怖するわよ」
「あれ? そんな感じやったけ?」
「そんな感じだったわよ。で、まあそしたら入学式であんなこと……よく学校側を抑えたわね?」
「そっちも、入学前に校長や関係各位にご相談をしたからな」
クケカッカ! と笑う友梨香から察するにろくでもない相談(というかおそらく脅迫だろう)を持ちかけたのだろうな。人間誰しも知られたくない弱みの一つや二つあるものだ。
それよりもそういうものを見つけ出した彼女の観察眼に敬服する。野球選手よりも探偵にでもなったほうがいいのでは?
「それ以上は聞かないでおくわ。で? どうしてほしいの? 正直、試合における監督業なんてあなたがやろうと思えばできるでしょ?」
「そらな。せやから、静香ちゃんには別のお願いがあんねん」
「何かしら?」
「大学野球無敗の投手『静御前』サマには、怜ちゃんの次のピッチャーを育てて欲しい」
その二つ名は久しぶりに聞いた。
大学時代、チームの打撃力にも助けられて公式戦無敗というとんでもない記録をたたき出した。それで、名前の静香から、静御前なんて名前がつけられた。正直、静御前に野球要素もなければなんか強そうな要素もないのだが……。
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