「え? 示現流?」
目を丸くする由貴に対して、したり顔でリンナへ目をやる。もはや驚かなくなったのかわざとらしくため息を吐くと、友梨香からバットを受け取ると、バッターボックスへと入る。
「どこで存じたのか知りませんがまあいいですわ。わたくしの真のバッティングを目に焼き付けてくださいまし」
島津示現流打法は部室で友梨香が話したように、島津家に伝わる打法である。その打法の神髄は一振一殺。二の振り不要をモットーに一打席に一回だけのスイングに全身全霊をこめるものとなっている。もちろん、空振りだったり、当たりが悪くファウルとかになってしまうと、その打席はおしまい。見逃し三振となる。
なので、示現流打法はそのスイングだけではなく、好球必打をするための選球眼と思い切りの良さも求められる。肉体だけではなく心、精神面も重要とされている打法だ。
島津の人間ではないはずのリンナがいかにして、その打法を会得したのかは定かではないが、否定しないということはできるということなのだろう。
ならば是非とも見てみたい。
超乙女級の五番バッターである、島津弘美とはいつか必ず戦うことにはなる。そうなったとき、彼女の示現流打法に勝たねばならない。ならば、リンナのそれは貴重な参考資料となる。
「言っておきますが、示現流ですから、一回振ったら終わりですわよ」
「わーってるわーってる!」
ひらひらと右手を振ってリンナに答えると友梨香はさっさとしろと目配せをする。
リンナは左足で数回足場をならし、どっしりと構える。先ほど友梨香と違い地に足をつけた安定感のある構えだ。身長は友梨香よりも高く、170前後だろうか。そして、ふくよかな胸も合わさって非常に体躯が立派だ。
まるで助っ人外国人選手のような「一発当てるぞ」と言わんとしている。プレッシャーがすごいな。もし彼女と対峙していたら、少し足がすくんでしまいそうだ。怜は苦笑しながらそう思う。
由貴はあの噂の示現流を見られると聞いて子供のように目を輝かせている。
友梨香は腕を組んでお手並み拝見といったところだ。
足を肩幅以上に開く。リンナも友梨香と同じく左バッターだ。
「そういえば、示現流打法ってどういうものなの? 一振りでおしまいってのはさっき聞いたけど」
「もっと具体ってことよな? 示現流打法ってのは要するにノーステップ打法や。これだと思った球を絶対に飛ばすために身体の軸や目線が安定するノーステップ打法でやるんや。あとは体重移動を起用にしてぶん回すというわりとめちゃくちゃな打法や」
野球のスイングで理想と言われてるのが、身体の軸がブレない・目線がブレないことだ。これが出来ることで、反対方向にも強い打球が打てる、変化球にも対応が出来るようになる。それができるといいバッターと評価される。
ノーステップ打法は足を上げずにそのままの体勢からスイングするため、当然ながら軸も目線もブレない。なので、一振りで決める必要がある示現流打法には必要ということだ。
「あとは……ほれ」
友梨香の人差し指の先にはリンナがいるが、ピッチングマシンのモニターに映るピッチャーが振りかぶると、リンナの構えが少し変わった。上半身を左方向へひねっている。右腕を大きく引き上腕が顎につくぐらいだ。
見ているこっちが不安になるほどだ。このまま身体が引きちぎれてしまうのでは……。
「あんなフォーム……」
「完全に上半身の力だけで持って行くんだね」
「まあ、あとはそれを安定させるための体重移動もあるから、全身の筋肉をバネにして打ち込む感じよ」
そして、時速123キロのストレートがマシンから放たれる。
「チェストオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
バッティングセンター内に響き渡る大きな雄叫びが轟く。あまりの声量に怜は耳を塞いだため、しっかりとは聞こえなかったのだが、友梨香にははっきりと聞こえた。
金属バットで当てたとは考えられないような爆発のような音と共に白球はバッティングセンターの最奥へと一瞬で消えていった。
実際の試合ならば文句なしのバックスクリーン直撃ホームランだ。
「す……すごい……」
「おーおーやるやんやるやん」
友梨香は、拍手しながらはやし立てるが、リンナは全身から汗を吹き出しながらゆっくりとブースから出てくる。先ほどまで汗一つかいていなかったのにまるでフルマラソンを走った後のような疲弊ぶりだ。
「はぁ……はぁ……ひさし……ぶりに……やると……普通に死ねますわね」
そしてふらふらとベンチに座り込む。うなだれる頭に向かって友梨香がタオルを投げ込む。
「せやな。まずはそのスイングを試合中やってもそのあと守備できるようになまった身体を戻すところからやな」
読み終わったら、ポイントを付けましょう!