もののふの星

火星のジャンヌ・ダルク ルナン・クレール伝 Vol.1
梶 一誠
梶 一誠

第十話 ロンリーフリート

公開日時: 2021年10月24日(日) 10:36
文字数:4,250

前回のラストで遂に三隻目の犠牲が出てしまい、ルカン艦内ではいよいよパニックに陥り、甲板長クラークは明らかに反意を強めてしまう。ルナンはそれを収拾せんと、そこに居合わせたケイトにアクティブドローンの出撃を命じるのですが……。

 まばゆい閃光が薄暗い発令所内を真昼の如く照らし出した。僚艦の爆沈を目の当たりにした誰もが驚愕と戦慄で口を開くことが出来ずにいた中

「『モンテヴィエ』ロ、ロスト。連絡艇、脱出ポッドの発進認められず。生存者……無し」と、観測班の震える声だけが空しく反響した。その声を合図にその場に居合わす全員の視線が一斉に、ルナン・クレール艦長に注がれた。

 三時間前の『ダ・カール』轟沈ごうちんを目の当たりにしたのは、展望艦橋にいたルナンと今は亡きムーア艦長、坂崎一等兵曹の三人のみであったが今回は違う。衆人監視の状態で三度目の惨劇が繰り広げられたのだ。

「我々は、何に狙われているのですか?」誰かがこの場に漂う懸念をズバリと言ってのけた。

 ルナンは声の主が、先刻に自分の前を不満げに退しりぞいたクラーク少尉であるとすぐに気付いたが、発令所全体に視線を向けることすら叶わなかった。

 沈黙を守ったまま、不安を押し殺して泰然たいぜんとする姿勢を堅持しようとするルナンであったが

「現状を維持せよ」というのが精一杯。

「クレール艦長! ご存じなのでしょう? 情報を下さい!」あからさまに反駁はんばくしたクラークは艦長を遠巻きにする同輩たちを押し退け、昂然こうぜんと詰め寄ろうとした。部下の反動に思わずその場で身を硬直させ、腰のホルスターに手を掛けたルナンとクラークの間にいきなり黒い警棒が割って入ってきた。

 その先端は正確にクラークの喉下でピタリと止まり

「そこまで!下がってください。クラーク少尉」と、低いトーンで歯切れの良い女性の声色が周囲を慄然りつぜんとさせた。アメリア・スナール准尉が艦内制圧部隊専用の装備となる特殊強化装甲服グライアを全身に纏い立っていた。

 アメリアの声を皮切りに二名の同じ装いの保安部員が発令所に突入。部署を瞬時に制圧できるポイントに各々が短銃身タイプのマシンガンで周囲を威圧する。

「非常処置だ!各員艦長の命あるまで状況を維持せよ!落ち着け」

 アメリアがルナンに背を向け盾となって立ちはだかり、何人たりと近寄らせない威勢で声を張り上げた。

 アメリアたち保安部員の着用している特殊強化装甲服は列強と称される各連邦海軍が海賊掃討あるいは敵艦への突入、艦艇制圧専用を目的とした近接戦闘特化の装備である。無敵のパワードスーツではない。が、軍関係者らは皆等しく『動甲冑どうかっちゅう』と呼称していた。俗称ではあるがそれは実に正鵠せいこくを得ていると言えた。

 ダークグレーに統一された身体の各所を保護するアーマーは軽量かつシンプル。硬質プラスティックとセラミックの複合構造で耐弾性が高く、長時間での作戦でも苦にならない軽量化にも成功していた。

 厳ついヘルメットにモノアイ型暗視ゴーグルと顔下半分を覆うガスマスクのため、顔の判別はできない。只一人、アメリアのみがゴーグルとマスクをずらして素顔をさらしていた。虎狼が獲物を見据えるような眼光を放つグレーの瞳、口を真一文字に結び、なおかつ鼻梁の上に深い刀疵を持つ容貌には何人もあらがえぬ迫力を帯びていた。

「万が一のこともある。保安部員の全員に『突入装備』で各部に配置したぞ。いいな?」アメリアは背を向けたまま、横顔のみルナンに向けて言った。

「済まない、スナール准尉。許可する」とルナンはシートに崩れ落ちるように身を沈みこませ、慣れない腰のホルスターを外し卓上へ置いた。自分の喉下を指でなぞり、にじむ不快な脂汗を拭うも呼吸が中々整わない。そんな中盾となって立ちはだかってくれる親友の背中がいつになく頼もしく思えた。

 グライアの背部にはまるで傷一つ無かったが、その反対側は弾痕、刀疵、深浅しんせん様々な傷跡が刻まれていた。任官して一年と少しであったが、これまで海賊掃討に宙境ライン近辺における敵艦艇との遭遇戦。その際に頻発する敵艦への突入と制圧戦闘を連戦してきた猛者の証でもあった。

「これ以上、許可無く艦長に近づけばこれを排除する!」アメリアは自分の左腕に装着している小盾を頭上から勢いよく振るとその先端から、刃渡り三〇センチメートル程の槍の穂先ほさきが飛び出した。これはベイルソードと呼ばれる格闘近接戦闘用の装備。

 本格的な実戦時には刃渡り四〇センチメートルに渡る脇差型の小刀と左腕のベイルソードを駆使して、実戦を生き抜いてきた人間の持つ剛健さが辺りの不穏な空気を振り払う雰囲気を醸し出している。

 警棒の先端を喉下に宛がわれているクラークはそれでもひるまずに

「私たちは……私は何を探索すればいいのですか? 敵艦はドイツ皇帝派ですか? アトランティアあるいはロシア騎士団帝国? それとも謎の異星人ですか? よせっ!」と、アメリアに突きつけられた警棒を振り払ってから半歩下がり

「クレール艦長!私は年下のあんたが艦長に選ばれた事に異存はない!が、指示をくれ。明確な命令を。あやふやな事に振り回されるのはゴメンだ!」と一気に捲くし立てる。上気して肩で息をしている彼を周囲は遠巻きに見ているのみ。

 クラークは再度、アメリアの繰り出す警棒が喉下に食い込むのも意に介さず憤然とした面持ちで前へ詰め寄った。

「艦長せめて情報を。何でもいい、断片的な物でも構わない。このままではこの『ルカン』もいずれは…」と、次にクラークの言動に触発されたのか、安井技術大尉が彼の横に並んだ。

「いずれは? 沈むと言うのか! 技術大尉と少尉は? クルーをあおらないで欲しいものだ。貴官らは士官であろうがぁ」ルナンは艦長席から立ち上がり声を荒げながら視線の端に、コンソール卓に放り出されている護身用拳銃が収められた革製のホルダーを捉えていた。

 張り詰めた空気の中クルー達は誰もが口をつぐみ、己が手元や計器パネルをただただ見つめているしかなかった。ある者は首をうな垂れて溜め息をつき、またある者はキーボードを操作する手の震えを抑えようと胸に抱え込んだ。

 そこへ重量のある気密扉を押し開いて発令所に飛び込んできたのはケイト・シャンブラーだった。彼女は扉をくぐるようにして所内に足を踏み入れたとたん、緊迫したその場の空気に気圧けおされ固まった。

 無言の人々の視線を一気に浴びてしまったケイトは、少し場違いなビジネススーツでおろおろし

「あ、あの……お邪魔でした?」と、入ってきた扉からその場を立去ろうとしたが

「シャンブラー技官中尉、待て」居丈高に向けられたルナンの言葉にやや気分を害したのか、ケイトは憤然と胸を張って声の主を睨み返した。

 ルナンはゆっくりと艦長席から降り、歩みを進めて彼女の目の前まで来ると

「シャンブラー技官中尉、状況はわかっているな!」と言った。

「『モンテヴィエ』の件ならたった今知ったところです。先刻、格納庫でアクティヴ・ドローンの索敵担当のジャンが…その、襲撃の可能性を危惧していまして、この船のライオンハートへのアクセスの許可を頂きにきたのですが……遺憾に感じております」と目をらさずにルナンと相対した。

 ルナンは彼女の前で腕組みをしながら、階下で起きた一件を想起して

「あの白ラインの奴か。まあいい、挽回の機会をやろう。三機のドローンに出撃を命じる。この『ルカン』の周辺を遊弋して強行偵察を敢行せよ! 実戦だ。やってもらうぞ、異論はナシだ」にじり寄るようにして迫った。

「お断りします」ケイトはルナンに対して一歩も引くことなく、ゆっくりとしかし決然と言い放ったのだった。

 ルナンは怪訝そうにに首を傾げつつ、余裕を見せようとしてか、少し口の端に笑みを浮かべ

「もう一度だけ言う。強行偵察に出ろ。三機のドローンのバッテリーが切れるまで飛び続けろ。判るな?」こう再度ケイトに命じるも、ケイトの方はまたしても

「何度言われてもお断りします。クレール艦長、不確定要素が多い対象を索敵せよとおっしゃられても徒労とろうに終わるだけですから」ときっぱりと命令を拒否したのだった。

 格納庫での悶着の時とは打って変わって今度は引き下がらずに頑強に抵抗を見せたケイト。その表情は凜として揺るぎなくルナンを見つめ返す。

「どういう事か?」

「命令を出す側の具体性を持たない情報を基に、私のアクティブ・ドローンを出撃させても効果が無いと言っているのです。指揮官であるあなたが、苦し紛れで行き当たりばったりの命令を下したところで、かえって状況を不利に導くだけだわ!私やここのクルーもいい迷惑! 脅威の存在をはっきり示さない限り確実にこの『ルカン』が…いいえ、ルナン・クレール!あなたが沈むのよ」と最後は逆にルナンにきつく詰め寄り、ソバカス面に噛みつくように意見するケイトだった。

 ルナンはしばし無言でケイト対峙していたが

「鳴り物入りで、我が軍の予算を食いつぶしておきながら、いざ実戦となるとこの様か!全くの役立たず共だな。君の叔母様マリア・シャンブラー博士もとんだ”ガラクタ”に入れ込んだもの…!」ルナンの言い終わらぬうちに乾いた音が発令所内の空気中に響き渡った。

 ケイトの平手がルナンの頬を打った。これを見た周囲の面々は驚愕して色を失い、呆然となった。

「叔母様の悪口は許さない!」と、ケイト。

 いきなりの事で身体のバランスを崩し艦長席に取りすがって何とか倒れこむのを防いだルナンの視線に卓上のホルスターが飛び込んできた。

「き、貴様ぁー!」ルナンはその小柄な体躯から周りを圧するほどの怒声を上げ、皮製ホルスターから拳銃を引っつかみケイトに銃口を向けんとした。

「止せぇ! ルナン!」常軌を逸し、銃を取ってしまった友をアメリアが瞬時に得意な関節技で締め上げ、銃を振り落とさせた。安全装置がかかったままのそれは、金属的な甲高い音と共に発令所の床に転がった。

「止めるなぁーアメリア!ちくしょう。どいつもこいつも!」身動きままならずとも無様に暴れるルナン。これまで何とか保とうとしていた艦長の威厳も規律の風紀も消し飛んでしまう勢いだった。

「こっちへ来い!機関長少しの間頼む。このバカを落ち着かせる!」

 安井技術大尉はこれには止む無しと肯いた。

 ケイトはルナンの凶行に身を屈めて床にへたり込み、近くに居たクルーが心配そうに近寄っている。

 アメリアは未だに興奮冷めやらずに暴れている相棒を連れて発令所を後にした。何とか二人きりで落ち着かせる適当な場所を探していた彼女に、またしても管制AIがルナンを呼び出している事を聞きつけた。

 意を決したアメリアはルナンの首根っこを押さえながらその部署へ引っ張っていった。


 二人が去った後、発令所の床からルナンが取りこぼした拳銃を拾い、黙って尻のポケットにねじ込んだ人物がいた。

甲板長のクラーク少尉だった。

艦内の規律を維持するに躍起となり、遂にはケイトに銃口を向けんとしたルナン。次回はアメリアとルナン二人の間に交わされる過去の物語。ルナンのトラウマであり忌まわしい妹アンナとの別れの再現ドラマを中心にストーリーは続きます。いったい何があったのかは次回にて。

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