ノヴェリズムサイトユーザー様並びに読者の皆様、お初にお目にかかります。作家名 梶 一誠と申します。私の名前をご存じの方もいらっしゃるかと思いますが、これまで『小説家になろう』サイトにて作品を投稿していた者であります。この作品は私自身初挑戦となったオリジナル長編小説です。
なるべく多くの読者様に見て頂ければと、ノヴェリズムサイトに登録させていただいた次第です。この作品は自分のライフワーク的作品であり、それぞれのキャラクターには愛着があります。それが高じて自身でメインキャラ、宇宙軍艦艇まで自分でデザインしてしまいまいた。ユーザー並びに読者の皆様、ご愛顧お願いいたします。
「ダァーイブッ!全員衝撃に備えろ!」ルナン・クレール中尉は咄嗟に装甲宇宙服に装備されている通話用インカムに怒鳴り散らしていた。彼女が乗り組むフリゲート艦『ルカン』にあって唯一、船外の宇宙空間を直視できる展望艦橋を覆い尽くし瞬時に視力を無効化させた、それは小型の太陽が出現したかと見紛う白熱した大火球であった。つい今し方まで『ルカン』と四〇〇メートルという至近距離で併走していた僚艦『ダ・カール』はその閃光を伴う膨大かつ危険なエネルギーの奔流に呑み込まれ、引き千切られ丸ごと消し飛んでしまっていた。
ルナンは艦内の熱源となる原子炉の活動を緊急停止。レーダー、火器管制やセンサー類の活動をも併せて休眠状態へと移行する防御態勢を緊急指示したものの、眩い火球から吐き出された僚艦の残骸を多量に含んだ衝撃波は、ルナン・クレール中尉が所属する神聖ローマ連盟自由フランス共和国海軍にあって標準的な宇宙フリゲート艦の全長一八〇メートル、全幅二五メートルに及ぶ船体を、急流に流される小枝さながら容赦なく振り回す。
『ルカン』の船体装甲をむしり取らんばかりに叩き付ける破砕物の奔流に彼女は担当部署である砲術士官用シートの安全ベルトにしがみつく他なく
「くそっ!これじゃまるで絶叫マシーンじゃねえか!」と喚きたてるしか出来なかった。
目を閉じたまま何回か深呼吸したが早鐘となった鼓動は収まる気配すら無く、装甲宇宙服の内部では荒くなった息遣いだけがやけに耳につく。更には展望艦橋を覆っていた透明キャノピー部が破砕の直撃を受けて風に舞う木っ端が如くにねじ切られ、足下を揺るがす猛烈な振動、破砕音と併せて、艦橋を満たしていた気圧が暴風となって一気に流れ去る感覚を全身で捉えた。
「気密が破られたぞ坂崎兵曹注意を!この区画を放棄する」と、ルナンは目を開き、先ず被害状況を確認せんとしてその場で身を凍らせた。
自分の足下から数メートル先からはあるべき物がすっぽり消え失せ、無情で空虚な宇宙空間が広がっていたのだった。
ほんの数分前までは確かに存在していたはずの、レーダー観測員として当直にあった坂崎一等兵曹の姿がその部署ごとかき消えていた。
しばし呆然となり無意識に安全ベルトを外して立ち上がろうとしたルナン・クレールは、あることに気付き慌てて装甲宇宙服に装備されている靴の仕様を”磁気モード”にセッティングし直した。
現況の『ルカン』はチアリーディングの演技で空中に放り上げられるバトンのように船体中心部を支点に船首区画と船尾エンジン区画を縦方向に目まぐるしく回転させた状態であった。ルナンが立ち上がろうとしている区画には、無情で漆黒と絶対零度のみが支配する宇宙空間に向けて常に遠心力が働いている状態となる。
このまま迂闊にベルトを外せば自分も坂崎一等兵曹の後を追う羽目になる事は必定。彼女は震える手でベルトのバックルを外して、船体から放り出されぬよう慎重に腰を上げた。
眼前に広がる星々で埋め尽くされている空間は絶えず自分の頭上から足下の方向へ流れゆく。これは船体その物が回転している錯覚だと自覚しようとて、己の視覚がそれとは逆の現象を引き起こさせるのだった。
ルナンは船外監視所と言うべき破壊された小区画から船首方向を俯瞰してみた。
「ひでぇな……」彼女の呟き通り、”シュルツェン”と呼ばれる厚さ六〇ミリの右舷側の複合追加装甲板は、支持架ごと失われ、船首ブロックに集中して装備されている一〇.五センチ主砲塔並びにTT魚雷発射管付近からは絶えず船内の空気が白いガス状になって洩れているのが確認できた。
「なるほどね。クソッ……どうするよ?」ルナンの鼓動は被害状況を具に見て取る事によって収まり、彼女の脳裏にはある確信が生まれた。次にこの僚艦の爆沈という最悪の事態以前から、自分の憶測でしかなかった可能性を上官にぶつけるべく
「ムーア艦長。こんな狙撃されたようなスペースデブリとの遭遇事故などありえません。やはり意図あっての攻撃であると小官は考えます」ここまで口にしながら振り返ったルナンはまたしても戦慄し声を失った。
艦橋最奥の指揮官ブースで仏頂面をしていた筈であった最高責任者ムーア少佐の頭部が根こそぎ失われていたのだった。
ムーア艦長と呼ばれていた物言わぬ遺体から目を逸らすことが出来ぬまま、必死に動揺を抑えつつルナンは助けをよこすためにこの区画の階下となる、発令所を呼び出した。
「スナール准尉。保安部隊員二名随伴の上展望艦橋へ。こちらは気密ロスト。シェルスーツ着用せよ。あと宇宙葬パックを用意してくれ。……艦長用だ」とここまで指示を出し、ルナンは艦長の遺体へ敬礼を送り
「ムーア艦長、本航宙は単なる新兵器の運用試験などではないのでしょう?違いますか……小官は今後如何にすべきか。艦と部下の皆を救うにはどうすべきでしょうか」と、疑問を投げかけても、返って来るわけがない。分かりきってはいたが問い質さないと気が済まない。そんな複雑な心境が今の彼女をつき動かしていた。
ほどなくして艦長席のすぐ脇、床面の通用ハッチが開放され、ルナンと同じ仕様の装甲宇宙服を着込んできた三名が展望艦橋へ上がってきた。ルナンが呼び寄せた応援は、もと艦長であった遺体を見ると一旦は後ずさりしたが、すぐに敬礼。その後二名の隊員が回収作業を開始した。あと一人、二人を先導してきた人物が、ルナンにヘルメット内の通話システムを通じて語りかけてきた。
「展望艦橋の半分が根こそぎですか。お怪我はありませんか?艦長は残念であります。あと坂崎は?」こちらも女性の声色である。
「ご苦労スナール准尉。一瞬のことでな……。救助、捜索は無理だろう……」ルナンの言を受けたスナール准尉は”そうですか”の代わりに首を力なく振って見せた。
ルナン・クレール中尉は応援が来たことで安堵したのか、くずれるように座席へと腰を降ろした。眼前に佇むスナールとで保安部員二人の回収作業を見つめていると、スナール准尉が自分の耳辺りで、鍵をひねる様な仕草を繰り返した。今、使っているオープン通話からパーソナル通話に切り替えろという意味だ。
二人が装着している宇宙服のデザインは宇宙進出当初の肉襦袢をまとったような鈍重なスタイルとは一線を画していた。各関節部はアーマーに覆われてはいるが、より装着する者の体にフィットする洗練されたデザインとなっている。
ただ、頭部を保護するヘルメットは胸部辺りまで一体型となり、単眼式センサーを持つ頭部のみがアイスブルーの光を放っていた。日頃ルナンは”サイクロプスの頭”のようで不気味だと溢すのだった。彼女の嗜好はともかく、背中に装備されている酸素ボンベ、生命維持装置、水分濾過機構などのサイズは縮小化され、その容量もその当時の物に比べて十倍以上の船外活動時間を確保できる性能を有しているのは間違いない。
ルナンは彼女のサイン通りに機器を操作した。すると彼女のヘルメット内に慣れ親しんだ歯切れの良い声が響く。
「ルナンよぉおめの憶測が当だっちまったみだいだな」
これに合わせてルナンも同じようにくだけた言葉を使いはじめた。
「アメリアー、まず、見事にやられた!何か手掛かりを聞き出そうにも我らの親父殿は死神にさらわれてしもうたぁ……」と答えた。
「残念ながら『ダ・カール』の生存者も見込めねえ。アレン大尉も不運なお人だよ。向ごうに乗り込んですぐにこの有様とは。こっちは四隻。旧式とはいえ、正規軍フリゲートだべ!それがものの数秒で……クソッ」と、アメリア・スナール准尉はいいように破砕された展望艦橋から僚艦が存在していた空間へと身体を向けた。その空間には僚艦爆沈の残滓が白いガス状の靄になって広がっていく。
「今の段階で攻撃であると断定はできないが、赤外線、光学センサー、レーダーにも全く反応が無かったのは三時間前の『シュルクーフ』と全く同様。あの件もスペースデブリとの遭遇事故じゃない可能性が出てきたわけだ……」ルナンはアメリアの背中を見上げながら腕を組み、ヘルメットの中で大きく溜め息をついて
「半日も経ずして四隻の艦隊の内残ったのは我が『ルカン』と『モンテヴィエ』の二隻になってしまったな……」と後に、話題を変えて
「下の様子は?」と船内中央部に位置する階下の発令所の様子を尋ねた。
「芳しくねぁーな。とにがぐ発令所さ降りれ。それと少し安心したべさ」アメリアは二人の収容班が遺体袋を担いで何とかハッチを潜り抜けて行くのを見ている。
「何でよ?」
「おらはおめが取り乱してるんじゃねえかと思ってな。しかし声も落ち着いてるようだし、状況を的確に掴もうとしているっぺよ」
「そう見えるかい?お前さんにオレの心臓を見せてやりたいよ。勝手に羽が生えて口から飛び出そうだぜ……下で艦長の件も知らせなきゃならんだろうし、気が重い。それに……」
アメリアがルナンのヘルメットに向けて小首を傾げる。
「何年経っても、遺体を見るのは怖いよ。アメリア……怖いんだ」
アメリアは少なからず気落ちしているルナンにはお構いなしにヘルメットを軽く小突いてから
「あど、”おふくろさん”がおめを呼び出してる。至急”コードルーム”に出頭せよどの艦内放送流れでだよ」
この件に関して、ルナンは「そうか」とだけつぶやき、ようやっと座席から腰をあげると
「どこぞの婆様みてぇにのそのそすんじゃねぇの!おめが今やこの艦の最上級士官だでや!」アメリアが勢いよくルナンの尻を平手打ちした時だった。
「おうっルナン、ありゃぁ何だ?」
「さっきまではあんな発光現象は無かったぞ。青一色の虹?」二人の視線の先。先刻まで僚艦の残留エネルギーがガス状に靄っていた空間の中心に青く輝く一筋の線、と言うよりややねじれた横向きに拡がる竜巻のような発光現象が生じていたが、漂流状態にあって爆沈ポイントから遠ざかる『ルカン』からはやがて、その現象も周囲の闇に溶け消えてしまった。
艦長アレクセイ・ムーア少佐の遺体を収容し、急激な減圧によって崩壊、使用不可能となった展望艦橋をルナンは封印した。
発令所―このフリゲート艦『ルカン』の中枢部。そこは航法、火器管制、機関部、レーダーを初め、各センサー類の専門の機器が、ブース事に区分けされており、そこには担当責任者がたった今発生した大惨事による混乱を収拾すべく張り付いていた。
「軌道修正と姿勢制御が最優先だ!急げ」
「現在位置の確認を!何ぃ星座の座標が読み込めない⁈バカ!火星本土を中心座標に据えてやり直せ!」
「油圧ポンプの復旧に時間が掛かるだぁ!もっと人員を回せ!各担当者のシフトをフルにさせるんだ。非常事態だぞ総員起床!」
「怪我人の確保と医療班への移送を!宇宙葬パックなんざ後回しにしろよ。縁起でもない!」
区画に詰めている士官、各班長たちは頭部に装着したインカムを通じて船内各部の担当者と連絡を取り合う声が飛び交う中を、ルナンらは気密ハッチで厳重に区切られた船外予備室で今まで装着していた装甲宇宙服から通常の軍服である、青灰色のダブルタイプのジャケットと同色のパンツルック。ライトグレー色でツナギ式の装備服(宇宙服装着用の準備服、生命維持装置用のシート型センサー、体温調節用の簡易ヒーター等を装備している)、正面に国旗章が縫い付けられているウール製の略帽に着替えてから立ち入った。
降りてきた時はそこは非常用の赤色灯の状態だった。彼女はすぐに通常の白色灯に切り替えさせた。配線がいくつかショートしたらしく、所内の空気はうっすらと白く濁り、あたり一面、ゴムの焼ける臭気が漂っている。
かなりダメージを負ってしまったかと思われたが、彼女の指示した緊急措置“ダイヴ”が功を奏したか艦内重力はまだ生きている。慣性重力補正機能のおかげで、『ルカン』の全乗組員がまともに立っていられるのだ。この機能まで失われていたなら船内は各種の装備品と人間のミキサー状態になって収拾がつかない状態になっていたに相違ない。
発令所に居合わせているほぼ全スタッフの手が止まり、騒がしい会話の喧騒が止まった。全員の視線が一斉にルナンとアメリア、そして艦長の亡骸が納められた宇宙葬パックが運ばれていくのを見つめている。
ルナン・クレール中尉は鮮やかな金髪を耳辺りで切り揃えるミディアムヘア、少し垂れ気味だが碧く、鷹のように鋭い爛々とした目をしていて、眉毛はすっきり細目である。
鼻の周囲にはソバカスが目立つ顔立ち、齢二四の女性としては化粧っ気がなく、小柄の体型も相まってか、その年頃の華やかな女性というより市井のやんちゃな兄ちゃんのような印象を周囲に与えるのが常であった。
それに対してアメリア・スナール准尉は北欧ヨーロッパ系の民族性の特長が顕著に出ている。長身痩躯で銀色の髪をショートカットにまとめ、黒に近いグレーの瞳は野に放たれた狼のような鋭さと輝きを放つ。そして何より彼女の高い鼻梁の上を横一文字に走る大きな刀創が目を引いた。年齢はルナンの一つ上だ。
二人が並ぶとルナンの頭部はアメリアの肩口に届くかどうかである。
スタッフ一同が亡くなった艦長の指揮権を恐らくは引き継ぐであろう、ルナン・クレール中尉から何らかの話があるかと身構えていた。
ルナンは発令所の面々の視線を一斉にあびて息を呑み、指令区画に居合わすクルーの他、フリゲート艦『ルカン』全体で九六名に及ぶ乗組員に対して何を言えばいいのか。彼女には心構えなぞ一つもありもしなかった。
「残念ながら、ムーア艦長はお亡くなりになった。坂崎一等兵曹も放出されて行方知れずだ……。生死不明、捜索は断念せざるを得ないと判断する……。僚艦『ダ・カール』は原因不明の爆発を起こしてロストした。こちらの生存者も見込めない……だろう」とここまで言うのがやっとであった。
後の言葉が続かない。冷たい沈黙が発令所全体を包み込んでいる。この空間を占領していたのは、各種モニター、火器管制、索敵機器などが生み出している単調な機械音だけであった。
「各部、損害報告を為せ」こう声を発したのは、アメリア・スナール准尉。彼女は士官学校当時からの親友に成り代わり、標準語を使って毅然と指令を発した。そしてルナンの緊張を解すかのように肩に手を添えた。
「機関部より。メインエンジンに損傷はありませんが、原子炉冷却機能が低下。現在通常の六割程度です。復旧にはあと数時間かかると、オヤジ……いえ、安井機関長からです」
「死傷者は?」と、ルナン。
「軽傷が数名です。すぐ仕事に戻れると思われます」機関長の代理で発令所に赴いたクルーの報告に、ルナンは安堵の息をついた。
これを皮切りに、甲板部、航法部、整備班からの状況報告が相次いだ。ごく至近での僚艦の大爆発に巻き込まれた割には、この『ルカン』の被害は総員退艦を宣告するほどではなかったものの、未だに予断を許さない。フリゲート艦『ルカン』が測位不明の漂流状態にあることに変わりはなかった。
現在の所、士官の中で最高位にあたるルナン・クレール海軍中尉にとって心強かったのは、各部のクルーらが落ち着いて訓練通り非常事態への対処、ダメージコントロールを的確に行っていた事。怪我人が数名出てはいるが、死亡はアレクセイ・ムーア艦長。行方不明は坂崎兵曹のみに限られた事であった。だが、心安く接していた僚友と何かと口喧しいが頼れるベテラン艦長を失ってしまい、心が晴れるといった心持ちになれる筈もない。しかしルナンはそれを顔には出すまいと
「姿勢制御を最優先事項。この回転を是正せよ。それから艦方位の特定を……‼」艦を立て戻すための指示を下していた最中に
「しっかりした説明をお願いしたいのですが?クレール砲術士官殿」海軍制服と整備用作業服姿の面々の間から耳通りの良い、女性の甲高い尖り声が沸き起こった。さらにその声の主は明け透けに
「この艦隊は何らかの敵対勢力から攻撃を受けていると、ハッキリおっしゃったらいかがでしょうか」
ルナンは一斉に自分に向けられているスタッフの視線に圧倒されそうになった。暗に自らも想定していた事態を見抜かれてしまい、不安と焦燥を表情に出さないように努めるのが精一杯でまともに皆の顔が見られない。
やがて、男性ばかりの人垣がルナンの前で開き、最奥に佇むビジネススーツ姿の女性が姿を現した。
「ケイト・シャンブラー教授……不穏当な発言は控えていただきたい!」ルナンの声には苛立ちが混じり始めていた。
ケイト・シャンブラーと呼ばれた、年の頃ならルナン、アメリアとさほど隔たりは無いと思われるスーツ姿の女性は腕を組んだまま、ゆっくりながらもしっかりした足取りでルナンの方へと歩み寄る。
彼女のヒールの足音に呼応して男性陣が道を開ける中、彼らの視線は両腕の上で存在感を顕わにするたわわなバストに集中していた。
インド系民族特有の褐色の肌に、背中まで伸びた艶やかな黒髪を一本に編み上げたケイトは、ルナンの前まで来ると大きな丸メガネをくいっと上げる仕草のあと
「博士です。何度言わせるつもりなの?あなたはぁ……で、どうなんです?本当の所は」と、ぷっくりした魅惑的な唇からきれいな白い歯を覗かせた。しかし細眉の下の黒い円らな瞳は笑ってはいない。
「敵対勢力とは?全くもっての見当違いと小官は考えます。未確認情報を基に乗員を煽らないでいただきたいのですが」ルナンは自分より頭一つ分上背のあるケイトの広い額を見上げながら答えた。
「“私の子供たち”は、既に数時間前から、この艦隊の周辺宙域から発せられたと思われる不特定電波を拾っているのですよ」
「“子供たち”……あぁ、重戦車級のボディを持ったお化け蟹みたいなドロイドでしたねぇ……小惑星削岩用の土建機械が何を?」ルナンが言い放った“土建機械”に、ケイトは敏感に反応して肩眉を吊り上げては
「アクティヴ……ドローンです、クレール中尉殿。自律型の宇宙戦闘特化型機動兵器。今回の航海は彼らの実用試験が主目的であり、私はその主任オブザーバーとして乗艦している事をお忘れなく」と、言った。
既に喧嘩腰になって、上から圧し掛かるようにして対峙してくるインド系メガネ女史に、ルナンは顎をわざと突き出すようにしてこう言い返した。
「小官にして見れば彼らは少しばかりお喋り上手のAIを搭載した、目端の利く穴掘りマシンにしか思えませんがね」
「その穴掘りマシンを相手にした実戦模擬訓練では手も足も出せずに、やられっぱなしだったのはルナン・クレール砲術士官、あなたご自身ですよねぇ?」
この後二人のうら若き女性は周囲がざわついているのも意に介さず睨み合いを始めてしまった。これにはアメリアもどうしたものかと天井部を仰ぐばかり。
「中尉殿……意見具申であります」と、男性陣の中から声が不意に上がった。二人が同時に声の主である細身で気弱そうな青年士官を睨むと、彼は気押されながらもおずおずと
「シャンブラー博士の言葉にも一理あると思います。……ここは一つ博士のアクティヴ・ドローンの力を借りて周辺宙域を索敵してみてはいかがでしょうか?」こうルナンに提案するも
「クラーク少尉、今は艦を安定させるのが先決である!」と、全く歯牙にもかけないルナンを、クラークなる青年士官は険悪な面持ちで見つめ、周囲の人員には気取られないように
「このままじゃ殺されちまう」と、静かに唇のみをモゴモゴさせた。
「中尉!クレール中尉、戻ったのか。まずはコードルームに行って来い。詳しい話はそれからだ」とこの気まずい空気を払拭してくれたのは機関長の安井技術大尉だった。名前の通りアジア系中年男性は発令所の奥、機関区に通ずる通路から姿を現した。
四角い顔に黒縁メガネの日本人の典型とも言える風体。安井は靴紐がだるだるに緩んだ黒革の安全靴に作業用のダークグレーのツナギ服でルナンの前まで来ると
「艦長の件は聞いたよ。でもお前さんが無傷でなにより。気持ちの整理がつかんのだろうが、まずは管制業務保全AIの所で指揮権移譲の手続きを済ませろ。艦長がどんな情報に接していたのか、それが分からんと今後の対処のしようがない」と言うが早いか、ルナンの後ろに回りこんで機関部に通ずる気密扉のほうへ背中を押した。
それを合図に、アメリア・スナール准尉が被害状況を再度確認の上、対処法と進捗状況を提示するように指示をだした。
安井技術大尉は発令所の中央、床面からせり上がるビリヤード台半分ほどの大きさのテーブル型液晶ディスプレイに『ルカン』の設計図を表示させて、自分が伴ってきた機関員数名と対策を協議し始めた。腕を組んだまましきりに首を回している。
ケイト・シャンブラーはルナンから離れ際に
「私はあなと心中するつもりはありませんからね!」と、言ってから聞こえよがしに”手癖の悪い男女!”と呟き、ルナンも負けじと喧嘩を売るように睨み返してから体を返す。
ルナンは発令所を後にして、反応炉区画手前にある、ショッピングモールに設けられているATMコーナーほどのボックス『コードルーム』に足を踏み入れた。
それからきっかり二〇分後のこと。
管制業務保全AIⅩⅩ-〇八九通称”おふくろさん”から正式に神聖ローマ連盟、自由フランス共和国海軍、西部宙域方面軍管区、第四制宙艦隊所属フリゲート艦『ルカン』の艦長職を後継する事となったルナン・クレール中尉は、悄然とした面持ちでそのボックス前で佇んでいた。
呆然と艦内通路の天井を見上げて、そこに走るむき出しのパイプ群、束ねられた大小様々なコード類がこの艦の神経組織の様に配置されている様を眺めながら、彼女は大声を上げて悪態をついた。
「クソッ!上の連中はオレ達に『死ね!』って言うのかよぉ」
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