もののふの星

火星のジャンヌ・ダルク ルナン・クレール伝 Vol.1
梶 一誠
梶 一誠

第十四話 我ら降伏するを由(よし)とせず

公開日時: 2021年10月31日(日) 08:06
文字数:10,192

 十四話では情報開示を受けた、各担当クルーがルナンの下に様々な情報とアドヴァイスをもたらしてくれます。本来ならモブキャラの面々がここぞとばかりに、自分の経験やら趣味の分野での知識を披露。それにルナンとのわだかまりを解いたケイトも科学者としての治験から解説。徐々に猟犬と呼ばれる謎の艦艇の正体が明らかにされます。

 「わっからん!多重連鎖式超電導メガスパイラルスーパーコンタクティビティによる複合磁界集束波ツインマグネライフリングとはなんぞやぁ?」 ルナンは発令所中央のテーブル型液晶パネルを挟んで、クラークの代理を担う甲板員ロイド上等兵曹と相対していた。が、人に意見を求めておきながら彼女は、さも当然であるかのようにふんぞり返っている。

 意見具申におもむいたロイドは縮れた髪を掻きむしりシルバーフレームメガネの奥に潜む細い目を一層細くさせ肩を落とした。

「じゃあ、レールキャノンの技術的見地からの説明は、ひとまず置くとして。お聞きになりたいことは?とは言えこの画像から割り出せる予想でしかありませんが……」と、報告を終えればルナンは身を乗り出して

「射程距離と射出速度は?弾丸の大きさはどれくらいだ?その破壊力は?」矢継ぎ早に質問を浴びせてロイドに詰め寄った。そして最後に

「猟犬が次に射撃体勢に入るのはあとどれくらいかかるか?」一番の関心事について訊ねた。

 ロイドはマニアックな嗜好しこうを基に射程距離は約一〇キロメートルから三〇キロメートルの範囲。理論的には千キロメートルでも可能であると。さらに射出速度は炸薬式火砲による限界速度が秒速二千メートルに対して、約二〇倍の四万メートルであろうと推察してみせた。

「弾丸はゴルフボール大で球体形状をしているかもしれませんね。空気抵抗は考えなくていいのですから」

「威力は?」

「戦艦の大口径砲の直撃に匹敵します。恐らく」これには聞き手の方が目をひん剥き睨みつける。ロイドも眉間に皺を寄せ、その表情はあたかも“そんなの私の所為じゃない”と言いたげに口元をひくひくさせた。次に彼が難解な専門知識を繰り出し始めると、ルナンは目だけを上に向ける。そこに

 「要するに強力な電磁パルスと射出磁界を放出後、次の攻撃に必要な磁界集束と周辺機器の冷却、調整に三時間ほどの猶予が必要ってことですよね?」

 ロイドは思わぬ助け舟の声に笑顔で頷き返した。

「あと、撃沈された二隻の静止画像に映りこんでいた碧い雷光は、光速の五パーセント程に加速された砲弾を取巻く強力な電磁パルスが周囲に漂う星間物質と反応、瞬時にイオン化した発光現象と思われる。これでいいかしら? ロイドさん?」

 ルナンのすぐ隣で、この理解力の乏しい女性指揮官に補足説明してくれたのは、褐色の才女ケイト・シャンブラーであった。

 ケイトの説明に胸の前で小さな拍手を送るロイド。

 彼女は気分が大分落ち着いたらしく、別に頼みもしないのに、ルナンの左隣に陣取って解説役を買って出てくれているのだった。

「ありがとう……先生」とルナンは顔をケイトにむけた。

 その途端にケイトは吹き出すと、液晶パネル面に広いオデコをつけて笑い出した。合わせて今度はロイドも袖口を口元に宛がって、天井に向かって声を殺して笑い出した。

 両人の反応は無理もなかった。報告を受けるルナンといえば、ティッシュを両の鼻の穴に突っ込んだまま、威厳を保とうとしているのだから。

「ありがとう。ロイド上等兵曹。次は……」

 鼻づまり気味に声を上ずらせる所に安井技術大尉が彼女の前へ出た。

 安井は艦長の顔を見やっていたが

「クレール中尉、いや艦長。せめて鼻血が止まってから始めたらどうかと思うが?」と提案してみたのだが、

「お気遣い無く!時間がもったいない。さあ、そちらの意見を聞かせてください」逆に急かされてしまった。

 安井は少し肩をすくめて見せてから報告を始めた。

「では、機関部の意見としてはだ。猟犬の正体について意見の一致を見たのは『ベーオウルフ』だけだ」と、断言すると安井は自分とルナンの間を隔てているテーブル型パネルに情報部が入手した船渠ドック入りしている三枚の静止画像を表示させた。

「いいかね?『ケーニヒ』『モルトケ』他の二隻は原子炉の火入れが済んでいると思われる。お解りか?」

「火入れ。原子炉が稼動状態にあるって事でいいのだな?」これに機関長は肯き、二隻の画像の船腹部を指さすと

「艦内から灯りが漏れている。内部工事の電源を自らまかなっている証拠だ」と、言った。次に彼は『ベーオウルフ』の画像を人差し指で突くと

「もし仮にレールキャノンなる兵器を最大限に稼動させるなら、必要とされる膨大な電力は原子炉からの直接流用させる方が妥当だろう。その改造を開始するには、一度火入れした原子炉を完全に停止させる。これが我々機関屋の常識。それだけデリケートな扱いが必要となる」

「……そうですね。危険な放射性物質を含有する冷却水を潤滑させながら原子炉付近での改造工事などまずあり得ない。事故にでもなれば、船渠そのものに立ち入りが出来なくなる恐れがありますからね」

 さっきまでルナンの滑稽な出で立ちに笑い転げていた筈のケイトがいつの間にか割って入ってきた。

「これが猟犬は『ベーオウルフ』以外にないという根拠だ。これは未確認だが、この船は他の二隻の静止画像が撮られたとほぼ同時期に、未完のまま何処かへ曳航されてしまったらしい」

「情報部すらつかんでいない情報をなぜ、機関長が持っている?どこへ曳航された?噂でもいい。聞かせて欲しい」とルナン。

「まぁ、わたしらは軍属だが、こうした船渠内の仕事に携わっていると、自然一般の船員や、作業員との横の繋がりが増えるのさ。そこからいろいろと伝わってくるって訳。大方は怪しい噂話だがね。それでね、この『ベーオウルフ』は竣工されたドイツ皇帝派の軌道要塞『プロイセン』内のキールラント造船所から北極冠方面へ引っ張られたって話だ」

「アトランティア・ネイションズ!海軍力の低いドイツ陣営の積み重なる借款返済として接収された?」

 ルナンの見解に同意を示した安井がこれで報告を締めくくろうとした際ルナンは更に

「最終的に何処で完成されたのだろうか?これだけの船だ。どこかの軌道要塞に入れば目立つだろうに。このあたりの噂を聞いてはいないか?」

 安井は返答に窮した。このルナンの問いに代わりに答えたのは、未だ特殊装甲服を装着したままのアメリア・スナールだった。

「恐らく、アトランティア子飼いの私掠船集団、奴ら言うところの“外注業者”のアジトで極秘裏に完成されたんだろう。そして、さっきの同業者連中が乗り組んでいる。厄介だぜ」

「巡洋戦艦クラスを。海賊船団用の浮きドック?」

「かなり大規模な施設だろうな。スポンサーは言わずもがなだ」

「アメリア、実際『ベーオウルフ』の突入部隊と交戦した場合、勝てるか?」

 ルナンが覗き込むようにしてアメリアの表情を窺った。アメリアもルナンから視線を外さずに

「難しいな!数が違いすぎる。こちらは専門部隊でやっと二個小隊。向こうは一個大隊の五〇人規模だろう。乗り込まれる前に向こうの出鼻を挫くしかないな」とこれからの戦闘方針を彼女なりに具申したのだった。

 二人の間にしばしの沈黙。

「……ステルスシールドか……猟犬の位置さえつかめれば」とルナンが忌々しげに呟いた。

 アメリアは親友の呟きに“はっ”として後ろで控えていた黒人の青年を見据え

「そうだった! ジョンスン二等兵曹があの小難しい学術論文を読み解いたらしい。こっちに来てステルスシールドの原理を説明してくれ」と、二メートル近い長身の黒人青年を手招き。

 ジョンスンがルナンの前に引き出されたものの彼はクルーの視線を一斉に浴び、目を泳がせて額から汗を吹き出させる始末。どうやらこういう場での発言に慣れていないらしく、論点をまとめられず四苦八苦していた。

 これを見かねて、ここでもケイト・シャンブラーが屈強な体格の割にノミの心臓の持主に助け舟を出してきた。彼女は黒人青年の手にあるタブレット端末を受け取り一瞥いちべつすると

「そうねぇ、先ず“位相差視覚空間”について説明してみましょう。皆さんは、私たちが物を見るということは光を反射した色や形を目がその波長を捉えて像を結んでいる事はお解りですね?」とケイトが周囲を見渡す。ルナンを初めクルーの皆が頷いた。

「OK。じゃあ次に、この原理を音に置き換えて考えるの。私たちが暮らしている軌道要塞内には港湾施設やら工場区画があるけど、近くの居住区画では騒音は全く気にならない。何故かしら?」

 ケイトは手馴れた感じで自分のメガネを外してレンズをハンカチで拭きながら皆の反応を待った。日頃から大学での講義やポンサー獲得のためプレゼンで場数をこなしているのか落ち着いて余裕があった。

「聞いたことがある。なんでも工場区画を取巻く高い塀の上には、一定間隔で音波を発生させる機械が組み込まれていて、そこから常に工場が生み出す騒音とは逆波長の音波を流して相殺そうさいしているから、騒音を感じることは無いんだそうだ」声を上げてきたのは整備班長のヤンセン技術中尉。彼はその発言の後に

「クレール艦長。大方の修理完了です。それとあの二人が設置したリキッドケースも発見しました」と、敬礼しながら付け加えてからこの座に加わった。

「おう!ご苦労ひゃまぁ!」と鼻ティッシュのままルナンは彼をねぎらった。

 労ってもらった方は、これまたこみ上げてくる笑いを抑えるのに後ろ向きに背を丸めている。

 ルナンはそんな部下の様子などお構い無し、なおもふん反りかえっている。だがそうすればするほど滑稽なのだが、本人はいたって真剣に取組もうとするから余計に可笑しい。

 ケイトはこみ上げてくる失笑を抑えんと、何度か咳払いしてから

「そう。音波の逆波長で騒音を相殺する現象を『位相差音響効果』といいます。そして今度は騒音を生み出す工場を『ベーオウルフ』に置き換えるの。敵艦の装甲は恐らく太陽光の反射を一定に保つため、白で統一されて、レーダー波吸収塗料を使っているわね」

 ケイトが自分の意見を述べると、周囲からどよめきが沸き起こり、一同はなるほどと頷いた。ケイトが更に続けようとすると

「はぁい先生。何で白ってわかるんですか?」とルナンが学童のように手を上げるつつも、鷹の様なまなこをケイトに向け始めていた。

「光の逆波長を発生させるには船自体が放つ反射の光源が必要不可欠。シールドでごまかすなら明るいほどやり易い。白なら反射率が高いからうってつけよ」と、言うと更に

「ただし、これだけでは完璧とは言えないの。猟犬が放つ光の波長と逆位相波レーザー等を当てて船体その物を宇宙に溶け込ませるには、まだ工夫の必要があるって言いたいんでしょう?ジョンスンさんは」とケイトはここで話の鉾先ほこさきをジョンスン二等兵曹に向けた。

「そうなんです。それを上手く説明できなくって、ありがとうございます博士。それでその透過率を補完する役目をになっているのが、自分が観測した正確な五角形を維持し続けている未確認物体にあると確信しました。言わばそれらが『ベーオウルフ』の船体を透明に見せる電子の壁、位相波スクリーンを形成しているんです」一気にまくし立てたジョンスンはここで大きく息を付いた。

「位相波スクリーンか……猟犬はその中から艦体の動向を探っていたわけですな」安井がうなれば

「タネを明かせば手品と同じってみたいな感じだな。てっきり私は亜空間転移でも可能にしたのかと思っていましたよ」ロイドが腕組みしてニヤニヤしている。

「それが可能なら、とっくに人類は火星域に留まることなく、太陽系の外へ旅立つ算段ができるでしょうにね……」ケイトは頭を振りながらどこか残念そうに呟いた。そんな彼女を尻目にルナンは微かに小首を傾げたが、いきなり両手を鳴らして話を軌道修正。ジョンスンに報告の続きを促した。

「そこで自分は『ダ・カール』が撃破された所から『モンテヴィエ』爆沈時点までの観測結果を解析。移動経路を割り出すことに成功しました。問題の五角形は全部で三セット。高さ約一〇〇メートル、長さ八〇〇メートルの五角柱形状を維持しながら移動し続けています。自分はこれを“ペンタゴンフィールド”と名付けました。……これがそのトレース図です」

 ジョンスンは皆の前のテーブル型液晶パネルの画面上に、時系列で自艦『ルカン』と今は無き『ダ・カール』の位置と問題の五角柱エリアを映しだした。

 現時刻から約六時間前の位置関係では、ほぼ同位置に重なって二隻のフリゲート艦が表示され、そのポイントに向って楕円軌道を描きつつ接近してくるペンタゴンフィールドの動きが再現されていた。そして、二隻とそのエリアが直交した位置関係になった時点で『ダ・カール』を示す光点のみふっとかき消えた。

 その再現記録を見つめる全員から一斉に驚愕のざわめきが沸き起こった。

「猟犬が攻撃兵器を放ったポイントは約五キロメートル付近。ごく至近距離からの攻撃であったと推察できます。そこまで接近されてもこちらは敵の存在に気付くこともできなかった訳です」報告を完了したジョンスンは安堵からか大きく深呼吸した。

「良くやった!ジョンスン。猟犬の具体的な動向をつかんだ貴重な情報だ。ただの天体観測マニアじゃなかったみたいだな」と、未だ汗だくで表情の硬い黒人青年をめたルナン。

「自分も坂崎先輩の仇を取りたくって。仕事には厳しい人でしたけど、先輩はぁ……要領の悪い自分に親切にしてくれていたんです」そう言うなり彼は俯いたまま周囲をはばからず泣きだしてしまった。

 彼の嗚咽する声のみが発令所内の空気を支配して、そこに居合わす全員が図らずも鬼籍に入ってしまった仲間の記憶を辿り、神妙な面持ちとなった。ルナンもその場で目を伏せるとそっとティッシュを取り去り、背後を振り返った。

 ルナンの碧眼は今や主の代わった艦長席に向けられた。その黒革シートのしわとくぼみが故人となってしまった前艦長ムーア少佐の残影を思い起こさせた。

 ルナン自身彼の生前は席に近づくのも嫌がり、影では“むっつり親父”と綽名あだなをつけては兵卒たち、同僚相手に軽口を平気で叩いていた。

 一介の中尉でしかなかった自分が今や艦長として、艦隊司令の任まで担うようになって初めて、ムーア艦長も今の自分同様、判断に迷い苦しみながらも懸命にたった一人でこの『ルカン』に乗り組む全クルーを守ろうと奮闘していたことに改めて気付かされたのだった。

 そして艦長を引き継いだものの、重責に耐え切れずに不遜な態度を部下の前で晒し不安に陥れた。その挙句、パニックとなりアメリアに宥めてもらうというお粗末さではなかったのか。更にはクラーク少尉を凶行に走らせたのも突き詰めれば自分の不甲斐なさに全ての原因があったとの思いに到るのだった。

 黒革の艦長席が静かに自分にこう語りかけてきているようにルナンは感じていた。

“常に問え!何を為すべきか。おのれが何者であるかを”と。

 ルナン・クレールはその場できれいな回れ右。艦長席を自分の正面に向かえ、背筋を伸ばして制服の縫い目に指先を添え、腰を深々と折る最敬礼を上官の英霊に捧げた。その姿に促されるように発令所の全員がその場で起立。艦長席に向って海軍規範に則った敬礼を。ケイトは丁寧なお辞儀をして皆にならった。

 今まで喧騒としていた発令所をおごそかな静寂が満たしたのだった。

 ルナンは身を起こし、ジョンスンに向って

「ジョンスン二等兵曹。この艦の乗員を代表して改めて礼を言わせてもらう。君の涙を見て、私が事態の対処ばかりにかまけて、亡くなってしまった人たちへの礼儀と感謝を忘れてしまっていた事に気付かされた……。ありがとう!」

 ジョンスンは大いに恐縮して何度もかぶりを振った。それから申し訳無さそうに

「一度は捉えたペンタゴンフィールドの動きなんですが、『モンテヴィエ』の時は距離が離れすぎて、背景の星影に紛れてしまい……残念ながらロストしてしまいました」

「そうか。どうしたものかな、それは……」今度はルナンの方が腕を組んで考えこんでしまった。

せっかく捉えた猟犬の足取りが、深い森の暗がりに溶けていくかのようで自然と周囲の面々の顔にも落胆の色が浮かんでいる。

「大丈夫!追えるわ」声を上げたのはまたしてもケイトだった。彼女はルナンを見据えてから

「報告が遅れてしまったけど、ジャンにライオンハートへアクセスさせ、発信されている不特定通信の形跡を追わせていたの。……すみません」

 ルナンはこれに笑顔で応え了承。

 ケイトはルナンの傍らでディスプレイをタッチして待機中の一機、電探専用仕様のジャンを呼び出した。

「ジャン、聞こえているわね。宿題はどう?終わっているかしら」と問いかけると格納庫で待機中のジャンの声だけが船内スピーカーを通して答える。

「遅かじゃらせんか。何しよったんさぁ?」

「こっちもいろいろ大変やったと。よか?今から言うとおりにしやんせ。先ず、こっちのディスプレイん情報をメモリーに取り込んで、観測結果をリンク。あてらが解る様に表示させやんせ。よかな?」

「うん!これやなあ。解るじゃ。こん位置情報とボクの通信記録をリンクさせて見すればよかどなあ?おしっ!結果を再表示すっでぇ」

 言うが早いか、発令所中央のディスプレイ上に表示されている五角柱の頂点である合計十五箇所から、赤色で通信の授受、時間、方向が表示され始め、それらは見る見るうちに五角形の柱状を覆いつくすほどに埋め尽くしていく。赤い光点群が画面の中を時系列に沿って軌道を描きながら移動を続けていくのが手に取るように解った。

「すげぇ、ビンゴ!」とロイドが喜びの感嘆を上げた。

 それは完璧にジョンスンが観測したエリアと重なり、この現象が人為的な意図ある行動であることが証明されたことになる。

 その光点群はジョンスンが見失ってしまった後の航跡にも存在を示し『モンテヴィエ』が撃沈されたポイントでは一層活発な活動記録が行われていることを表示させていた。

「凄いな。これは」ディスプレイにかじりつくようにして動きを追う安井機関長が呟く。

「で、この通信を行っているのはやはり?」とルナンがケイトに問う。

「ドローンよ。それもリモート式の。ああして絶えず交互に位置情報を交換してはステルスシールドを維持し続けているのよ」

「それとこいつは我々と接触を開始してからは目立った加速を行ってはいないようですね。エンジンをフル稼働させると微妙なバランスのフィールドを維持できなくなる恐れがあるのでしょう。このため方向転換は補助ロケットか姿勢制御用スラスターのみで行われているようです」と、周りの男たちを掻き分けるようにして前に出てきたのは航法士官のジュディ・ベルトラン少尉だった。

「ありがとう。ジュディママ」とルナンがテーブルディスプレイの端に顎を乗せている、この船では一番背の低い彼女に微笑んだ。これでも彼女は立派な二児の母親だ。

「奴は今、何処に潜んでいるのか?」とルナンがディスプレイの位置情報を目で追いながら呟いた。

 これを受けたケイトが最新の猟犬の位置情報を割り出すべくジャンに指示。

表示されたトレース時間のカウントが0を打った。それを取り囲むメンバーの視線が最終的な“ペンタゴンフィールド”の位置に釘付けとなった。

 それは自分たちの『ルカン』の真後ろ五〇キロにピタリとつけていた。

「いよいよか」ルナンがディスプレイを睨みながら小声で唸る。

「もう時間としては四回目の攻撃があって然るべき状態ですが動きがありませんね?」こう発言したのはロイド。

「ケイト・シャンブラー博士の存在を知ったことが大きいのではありませんか?こちらを手負いに追い込んだ上に、有名なAI開発者を人質にできれば大収穫ですから」これはベルトラン。

「クレール艦長通信有り。例のフィールド内からです」と、ふいに現場に復帰した天田通信士が報告を入れて来た。全員の視線が通信ブースへと集中した。

「読め」

「『首尾は如何なるや?返答されたし。突入準備完了セリ』であります」淡々と読み上げるアマダの背に

「構わねぇ『バカ野郎マッド!』って返してやれ!」こう叫ぶアメリアにルナンは人差し指を口にあててから

「天田こう打て。『共にあがりの美酒を挙げん』とな」指示を受けた天田がタッチパネルを操作する背後で、ルナンは不敵な笑みを浮かべていた。

「ケイトの身柄を確保するつもりか。奴らは次の手を選びたい放題!ルナンいやっ、クレール艦長、どうやって逃げ切る?」アメリアがルナンの右隣に移動してから、顔を覗き込んできた。

「イヤだね!」とルナンは凜とした表情をアメリアに向け

「ただ尻尾を巻いて逃げるのはゴメンだ!」鷹の様に鋭く光る眼差しに、アメリアは思わず息を呑んだ。

「まだ負けたわけじゃない!奴を沈めるぞ!足掻あがくだけ足掻いてやるのさ」

 ルナンは一旦、発令所をぐるりと見まわした。居合わす全員の視線を浴びた彼女。先刻までは誰とも視線を合わせられなかった小柄な女性は、今や一人一人の表情をしっかり見据えていた。

「我らはバラック小屋みたいな軌道要塞にしがみ付いて生きてきた人間達の末裔。地球の海も空も水平線から昇る朝日、真っ赤な夕暮れも拝んだ事とて無い『宇宙の鬼子』だ!それでも我らにはここしかない。このいびつな世界が全てだ」この言葉に誰もが口を噤み、ある者は大きく頷いている。

「無様であろうがお構いなし。我ら降伏するをよしとせず!全員で必ず生きて帰る!いいな、生きて大事な人の下に帰るんだ。オレに任せてくれるか?」と、ルナンは発令所全体に響き渡る朗々たる声で自分の決意の程を示すや否や

「サー!イエッサー」一斉に気勢が上がった。

 誰もが不動の姿勢を執り “さぁ、ご命令をどうぞ!”と言わんばかりに笑顔で返してくれていた。

 ルナンはたった今、気持ちを一つにして共に困難に立ち向かってくれようとしている部下であり更にそれを越えた仲間を見渡し、深々と頭を垂れたのだった。次に自分の左隣にいるケイト・シャンブラーに向き直り、彼女の両手を己が両手で包み込むようにして取った。

「ケイト・シャンブラー博士、これまでの私の非礼の数々をお詫びいたします。本当に申し訳ありませんでした」

 ルナンはお辞儀するようにしてケイトの手に額を付け、まるで守護天使に祈りを捧げるように

「どうか、私と我が『ルカン』に乗り組む者全てに手を貸して頂きたいのです。私はクルー全員を家族の下へ帰してやりたい。お亡くなりになったムーア艦長のご遺体をご家族の下へお連れしたいのです。それまではどうか、お力添えをいただけないでしょうか」彼女は目を閉じ更に

「もし、博士が協力を拒まれるなら構いません。お好きにしてくださって結構です。三機のドローンと脱出されるおつもりなら、私はお引止めいたしません」ここまで告げた時だった。

「あんたは、また引っぱたかれたいの!」ケイトの大声が響くと同時に彼女は手を振り上げた。 

「もう!ひどくない?ここまで私とあの子達を巻き込んでおいて『好きにしろ』ですって」と、その手をそっと添えルナンのほっぺを軽くつねった。

 ケイトは身構えたままのルナンを抱き寄せて、豊満なバストに顔を埋めさせると

「最初からそう言うてくれれば良かとじゃ!もうとっくん昔に決めちょった。手伝うちゃるぅ!」と言った後にルナンの顔を上げさせてから、徐に唇を重ね合わせた。

「‼」ルナンがケイトからのいきなりの接吻に身を硬直させる。周囲のクルー達も二人の姿に声を失ってしまった。

 一旦、唇を離したケイトはそのまま紅潮した顔に目をとろんと潤ませて

「おまじないじゃ。きっと上手くいくでね。……ホント、不思議な顔だことぉ、つぃさっきまでは憎たらしかて思うちょったんに。今はね、無性にあたん笑顔が見とうてたまらんの。そうさせったぁ一体なんじゃろう?」

 ケイトはルナンから体を離して少し後ろに下がると、気を付けの姿勢を取り、今まで誰にも見せたことの無い見事な敬礼を決め

「ルナン・クレール艦長に申告します。私、ケイト・シャンブラー客員技官中尉と我が配下アクティヴ・ドローン全機命に服します。何なりとご命令を」と胸を張った。

 ケイト・シャンブラーのこの行動に併せるように発令所の全員がルナンに対して一斉に敬礼、直立不動の姿勢を取った。

 ルナンはケイトのそしてクルー達の意気込みを受け、胸にこみ上げてくるものがあったが、それが両目から溢れ出ないようにしながら

「よし!これより反撃を開始する。総員配置につけ。シャンブラー技官中尉、ドローン隊を率いて奴のステルスシールドを破れ!」と声高らかに下令。その号令一過各員が持ち場に走り始めた。

「拝命します。アクティヴ・ドローン全機出撃します。彼ら“文明を担う者”の真価をお見せしましょう」ケイトが敬礼を解いた後に、目の前の指揮官が不敵な笑みを浮かべ自分を手招きするを見て

「なんねぇ?」と、近づけば

「ヤンセン!発見したリキッド型発信機はまだ動いているのか?」発令所を後にしようとした整備班長を呼び止めた。

「ええっ!大丈夫です。その、奴らに感づかれたらマズいと思いまして」

「いい判断だ!」ヤンセンに親指を立てたルナン。今度はケイトに

「おいどん、良かぁこつ思いつきましてん」と、愛嬌たっぷりに耳打ちしたが

「判りもした。じゃっどん……発音が少しちごっ!」ケイトはルナンの尻を思いっきり平手で引っ叩き

「ヤンセンさんと格納庫に行きます」くるりと身を翻らせると、ヤンセンと共に発令所を後にしたのだった。

「ほれっ!オレらも行ぐべぇよぉ」今度はアメリアに尻を叩かれたルナンは眉間に皺を寄せ何事かを呟きながら艦長席に向かった。

いよいよ反撃への足掛かりを得たルナンとクルー達。次回からは一丸となった『ルカン』が全力を挙げて“猟犬”に挑みます。果たして如何なる艦艇が姿を現すのか?ダメージを受け万全とはいかないフリゲート艦に果たして勝ち目はあるのか?ステルスシールドを破り、レールキャノンなる必殺の武器を如何に封じ込めるのか?アクティブドローンたちの活躍は如何に?戦闘シーン満載でお送りいたします。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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