もののふの星

火星のジャンヌ・ダルク ルナン・クレール伝 Vol.1
梶 一誠
梶 一誠

第十三話 アメリア跳ぶ

公開日時: 2021年10月31日(日) 08:01
文字数:9,892

一難去ってまた一難。情報開示出来る事となった矢先に、発令所において反乱が起きてしまう。首謀者はクラーク少尉ですが、協力者までも。その協力者の正体は何と!今回はアメリア・スナールの活躍をメインにしていきます。前回は優しい姉のように。今回は一転、頑強な戦士として描きます。

 発令所は『ルカン』のほぼ中央に位置している。二交代勤務制で、各部署の士官、下士官と担当クルーらが十四、五名詰め、電子機器と情報端末が集中する正に中枢部となっていた。

 ルナンとアメリアが到着した時、その部署と船内通路とを隔てる気密扉の周囲には機関長を務める安井技術大尉をはじめ六、七名のクルーが中の様子をうかがっていた。

 こちらは船尾側、発令所を挟んで反対側の船首側にも数名のクルーが心配そうに取りすがっているのが見て取れた。安井機関長が二人の姿を認めると

「君らがここを出てからすぐに、シャンブラー博士からの報告がありました。いいですか?」少し上ずった声のまま唇を震わせる彼にルナンは黙って頷いた。

「博士によると、このルカンから不特定通信が発せられていると言うのです」

「どこからだ?艦内センサーでは異常は感知されていなかったぞ」

「そこまではまだ……博士のドローンが管制サーヴァーにアクセスした結果、感知した所までで」彼はルナンに顎を向けて発令所内をさして

「それからすぐにクラーク少尉が、いきなり周りの連中に銃を向けて『降伏しよう!全員殺されちまうぞ!ぼくはそうする。生きて帰ってやる』って叫んだんだ。彼はシャンブラー博士を拘束して『交渉材料ならある!この人は有名人だ。博士の身柄とあのドローンを引き渡すと言えば、向こうは乗ってくるはずだ!帰りたい奴は手を貸せ』って言ったらあいつらが……」と、ここまでの経緯いきさつをざっと説明し、中を覗くようにと二人を促した。

 ルナンとアメリアはぶ厚いハンドル式ロック機構が付いた楕円型扉の影から、そおっと中の様子を垣間見てみた。

 発令所の中央部にはビリヤード台半分程度のテーブル型液晶パネルが腰の辺りまでせり上がっている。その真上には吊り下げ型大型液晶パネルが二基。これらは絶えず艦内各部の情報を表示し続けていた。

 反乱行動を起こしたクラーク少尉とその協力者、そして人質はそれら機器を挟んで一番奥まった船内隔壁側、通信士官用ブースを占拠していた。ルナンたちから見るとそこには現在五人の人物が確認できた。

 人質となったケイト・シャンブラー博士はルナン達の方へ体を向ける状態で座らされていた。手足を縛られていない気丈なメガネ娘は両手を膝の上で揃え背筋を伸ばし、顔を上げてクラークたちを睨み返していた。

 そんなケイトとは対照的にクラーク少尉は常に肩で息をして檻に取り込まれた小動物のように落ち着きが無い。ルナンより年嵩だが見るからに小心者の青年は銃を持つ手を絶えず変えては手の汗を拭い、周りをうろうろするばかり。

 それより二人が目を見張ったのは、クラークの誘いに乗った協力者のほうだった。

「あいつらぁ⁈ 信用してこの場を任せたのに」ルナンのすぐ脇でアメリアが怒りと驚愕に震える声を上げている。それもそのはず、協力者と言うのが、この場を中座した際に警備を委ねた自分の部下、マシンガンをたずさえた二人の保安隊員であったからだ。

「うん⁈あの二人は」ルナンはその隊員たちに見覚えがあった。艦内シフト上の昨晩、整備班の手伝いと称してあるパーツを運んでいた、のっぽと中年の二人だった。彼らはもう勝ったつもりでいるのか、ヘルメットを外し素顔をさらけ出している。

 のっぽは通信機器がひしめく壁際に寄りかかって自分の銃の点検に余念がない。もう一人の中年、こいつはこの中で一番落ち着き払い一仕事終えたような余裕の態。背を見せたままテーブル型液晶パネルに腰を下ろし、銃をその上に置きケイトをまるで値踏みするかのように眺めている。後一人のっぽのすぐ隣、通信ブース内の別席にインカムを装着したままで俯いている女性クルーがあった。彼女も背を向けているので表情は判らないが、震えているようだ。

「あれは?」とルナンが機関長に問うた。

「通信担当の天田二等兵曹だ。逃げ損なってあいつらに捕まった!少し前、誰宛ともつかない通信を行うよう強要されていた」と安井は悔しげに唇を咬む。

「結局、人質は二人か」と、ルナンは思案げに腕を組んで考え込んだ。そこにアメリアが

「スマン!自分の人選ミスだ。あの二人は、母港の人事局が艦隊編成時に急募で雇い入れた。……経歴は問題無かったはずだったが」と申し訳なさそうに彼女の耳元で呟いた。ルナンは“気にするな”と首を振った。

 「どんな通信を送ったか、わかるか?」ルナンの問いに、居合わせた女性クルーの一人が自分のタブレット端末に記録されていた、監視カメラ映像を再生してくれた。このクルーは端末を操作しながら

「全方向で、周波数はランダム。平文で呼びかけていました。あと暗号みたいな言葉を使ってました」と、ルナンにそれを手渡した。

 再生された映像の中では、通信ブースで人質になっている天田女史を介して何者かに向けての降伏を呼びかける、おどおどしたクラークの姿があった。が、慣れない事で要領を得ない若造にごうを煮やした中年男のほうが銃把じゅうはで背中を乱暴に押しのけると

「そうじゃねえ!おい、姉ちゃんこう通信文を打て」と、彼女の背後に立った。

「沿岸の同胞たちへ。こちらは勘定かんじょうをあげた。水揚げ有り。河岸かしを変えたし。こう送れ。二回繰り返せ!そして最後にこう付け加えろ!勘定はビート・ペイン一家だ」

 ルナンのタブレットを持つ手が微かに震えた。中年の暗号めいた言葉に聞き覚えがあったからだ。それは全て、海賊共が使ういわば隠語いんごであった。

 “勘定をあげた”とは仕事が完了の意。 “水揚げ”は収穫、主に高額な身代金を要求可能な人質を得た時に使われる。“河岸を変える”は船を替わりたいと言う意味。そして最後のビート・ペインとは二週間程前、自由フランス領宙内で捕縛、即決裁判によって処刑された悪名高い海賊船団の長であった。最後に、海賊連中は同業者の間では互いを“沿岸の同胞”と呼び合っている。

 この後、クラークは中年の言われるままにこの船の現在位置の座標を天田に連絡させた。再生映像はここで終わっていて、この端末を渡した女性クルーは

「このすぐ後で、返答があったみたいであの二人は『これで上がりの美酒ワインだ』と言って喜んでいましたよ。シャンブラー博士が人質ってことも伝えたようです」と、ルナンへ報告を入れた。

「海賊の残党。しかもペインの手下が乗り組んでいたとは!人事局の監査はざるか!だが、元はと言えばここまでクラークを追い込んでしまったのはオレの所為せいだ。すべてオレの責任だ」ルナンは二人を見てから

「もう、あまり時間が無い。ここはオレに任せてくれんか?」と言ってから女性クルーから装着していたインカムを渡してもらい、更にタブレット端末から話す内容が艦内放送で流れるように設定してもらった。

 その間アメリアは安井技術大尉に耳打ちしてから

「ライオンハートを少しいじるぞ。自分に決着をつけさせてくれ!」 

「いいぜ!好きにやれ」ルナンはアメリアにウィンク。

 アメリアは口の端に笑みを浮かべるや、安井を引き連れ艦内通路の奥、機関区の方へと消えた。

「クラーク!ジョナサン・クラーク少尉。こちらは艦長ルナン・クレールだ。話がしたい。そっちへ行っていいか?安心しろ。オレ一人だ」と、発令所内で立てこもる面々に呼びかけた。

 五人の顔が一斉にルナンの方に向けられた。彼女の位置から表情を伺い知れるのは三人。元海賊と思しき保安隊員の二人は冷酷な眼差しを向けて来ていた。

 呼びかけられたクラークはルナンから発せられた声にびくついて、テーブル型パネルに腰掛けている中年の反応を気にしている様子だった。そいつはぞんざいに頭を振るのみ。

「今さら、何ですか?艦長。アンタと話す事なんて無い!我々は“向こうの連中”に拾ってもらうことにした。アンタと心中はゴメンなんだよ」かく言うクラークの声はかすれてやっと聞き取れるほどの声量しか出せないほどに追い込まれた様子だった。

 ルナンは反乱組の上下関係がこの短い間に発起人ほっきにんのクラークから中年の元海賊の方に移ってしまっていると見て

「よく聞け。穏便おんびんに済まそうって話さ。これでも艦長だ。オレが好きにできる専用金庫には臨時用の歳出予算が納められている。事の次第によってはこれを全額譲渡してもいい。どうする?」交渉を若干変更して暗に金を用意できることを匂わせてみた。

 これに中年のほうが食いついて来た。クラークに来させるよう顎を使って指示するのが見えた。

「変なことはするな!一人だぞ」クラークは言った後にこれでいいのかと、お伺いを立てているのもルナンは見て取った。

 ルナンはタブレットとインカム装着のまま、ゆっくりと中へ歩を進めた。テーブル型ディスプレイの縁に沿うようにクラークと銃を突き付けられているケイトの方へ逆時計回りで向う。ルナンの注意は今やここのリーダー格になっている賊徒の動きのみに振り向けられていた。

 その男は腰掛けたまま不敵な笑みを浮かべルナンを見るや

「誰かと思えば、昨夜のTシャツ短パン姉ちゃんじゃねえか」と、下卑げびた哄笑を上げた。

 のっぽは相変わらず自分のマシンガンをいじっている。時折り彼のすぐ脇で身を屈めている、天田のウェーブヘアーに手を伸ばす。触られた彼女は一層身を固くして耐えている。

 ルナンはケイトが拘束されている座席の前で歩みを止め目を合わせた。今まで気丈きじょうに構えていたがルナンを認めると目に涙を溜めたまま必死に笑顔を作ろうとしていた。ケイトを安心させようと頬に手を差し伸べようとした時

「そこまでだ!色気の無い中尉、いや艦長…どの」ルナンの斜め左後ろで、野太い濁声だみごえが彼女の動きを制した。ルナンは野卑で慈悲のかけらもない声音に酷く不快感を覚えた。

 ルナンは振り返り声の主を睨みつけ

「まずは、クラークと話をさせろ。金ならくれてやる!しばらく黙っていろ」とすごんで見せた。相手は無言のまま目を細めニヤついている。

 ルナンは賊を無視したままクラークを視線に捉えた。眼前のクラーク少尉は青ざめて目は血走り、肩を小刻みに震わせていた。

 地道な青年士官が銃を構えるのは規定訓練の時だけ。ましてや実際に人に銃口を向ける事なぞ遂にめぐって来なかったに違いない。そんな彼はルナンを眼前にしても目を合わせようとしない。ようやく自分の迂闊うかつさに後悔し怯えているようにも見えた。

 ルナンは憔悴しょうすいしきった彼に物腰柔らかに語りかけた。

「クラーク君、先ずは最初に申し訳なかったと言わせてくれ」と、次に彼に対して深々と頭を垂れた。

 クラークはその姿が信じられないと言った風に首を振った。彼にしてみれば艦長権限を盾にして投降を強要されるのかとばかり思っていたのだろう。

 そんなクラークを前にルナンは体を起こしてから、発令所全体を見渡すように両手を広げて

「この放送を皆聞いているな。各部署のモニターでこの状況を見ていると思う。そんな全クルーに対して、私ルナン・クレールは心よりの陳謝を申し述べたい」ルナンはその場で不動の姿勢を執り

「実直で勤勉なクラーク少尉をここまで追い込み、この暴挙に向わせたものは私の煮え切らない態度に危惧を感じ、皆を助けたいとの一心から出たものであると私は認識する」と息を整え、天井部の監視カメラに視線を向けてから

「全ての責はこの私にある!よって私は艦長として彼の反乱行動を不問とする」と宣言した。

 この発言を受けて発令所の両側で開いている扉の向こう側から喝采に似たどよめきが上がった。

「総員に告ぐ。手持ちの端末で『秘匿命令K―Ⅳ』を検索せよ。そこに今回の実験航海と称した極秘の索敵指令の内容が記載されている。私はこれを艦隊司令の権限で開示することとした。これこそが私と前任ムーア少佐を悩ませ判断を誤らせた元凶だったのだ」

 ルナンはここで一旦、話を区切ってから、一度大きく深呼吸してから

「敵は存在する!我が軍の上層部はこれを猟犬ハウンドと名付けた。ステルス・シールドと呼ばれる光学式迷彩を駆使して、姿をくらませている厄介な相手だ。総員で情報を精査して銘々の知識と経験を基にあらゆる可能性を考慮せよ。そして私に知恵を貸して欲しい」

 ルナンの視線の端で若手のっぽは新手の女の動きに集中し始めていた。即座に撃てるよう徐々に体の位置をずらしていく。

親玉の中年はテーブルパネルに放置していた自分の銃を手繰たぐり寄せようと手を伸ばし始めていた。

「秘匿レベルAAのるいが君たちに及ぶことはない!処断されるのは私だけだ!君らは遠慮なく議論してくれて構わない。早速取り掛かってくれ」こう結んだ後、ルナンは自分が携帯してきたタブレット端末に探索対象と予想される艦艇が船渠ドック内で工事中の画像を表示させてクラークの前に差し出した。

「何か分かるものがあれば、この場で教えて欲しい。そうすれば艦長への情報協力に免じて、これまでの行動は無かったことにしてもいい」と、ルナン。

 クラークはその画像を食い入るように覗き込んだ。自分の指で画像を何枚かスライドさせて、ある一枚の画像を凝視し始めて

「……これは? この艤装中の『ベーオウルフ』の画像にあるサイド部の長い溝は、あくまで自分の予想ですが『レールキャノン』用の磁界集束装置の可能性があります」

 クラーク少尉は少し落ち着きを取り戻したのか、しきりに画像を拡大させたりして観察している。そして彼なりの確証を得たのかルナンとここで初めて視線を合わせ

「なるほど、敵の主砲が『レールキャノン』なら合点がいきます。こいつは一度専用砲弾を撃ち出してしまうと、次弾用の磁場集束をはかるため相当な時間を要するはずです。なぜなら……」と更なる自分の見識を披露しようとした時だった。

「このクソガキ!うるせぇんだよぉー」と親玉の野卑やひな怒声がクラークを遮り、拳銃を奪い銃把でいきなり青年の顔面を殴打した。

 苦悶の声を上げた彼の口元からおびただしい血が吹き出ている。彼は痛打された顔面を両手で覆いながらケイトが座らされている正面でうずくまった。

「クラークッ!き、貴様ぁー!」ルナンが眼前で起きた凶行に毅然きぜんとして中年を睨み返した。その惨状に耐え切れなくなったケイトが発令所内に響き渡る悲鳴を上げた。

 賊徒はこういった状況にいかにも場慣れしている様子で、そのまま銃口をルナンに向けて

「まったく、お前さんのくそ長い演説が終わったと思ったら、今度はこのマヌケの講義が始まりやがった。邪魔くせえんだよ!」

「兄貴よぉ、面倒だぜ。構わねえから始末しちまおう」ここで、のっぽの方が初めて口を開き、こいつも銃口をルナンに向けた。

「慌てるな“向こうの連中”とは話がついてんだ。頂けるものはしっかり頂こうじゃねえか」弟分をなだめた後、中年はせせら笑いながらクラークの横腹を蹴り上げ、発令所の中央へと転がすと

「こっちは協力しろって言うから乗ってやったんだぜ。それをてめぇの方から裏切るようなマネは”すじ”が通らねえんじゃねえかってことさ」と言った。

「海賊か…ペイン一家と言ったな?」

「ああ、元ね。でも“あちらさん”に拾ってもらったらすぐに復帰の予定ですぜ…艦長どのぉ。」

「一つ、聞かせろ。昨晩貴様らが仕掛けたリキッドが発信機なのか?」この問いに中年はおどけて上半身をダンスさせるようにしていると、のっぽが声に凄みを効かせて

「話してやる義理なんざねえな!俺らも実際のところは判らねえ。雇い主の指示通りしただけだ。が、さっきは焦ったぜ。この姉ちゃんが仕掛けをバラしちまった」と、冷酷な視線をケイトに向ける。

「ルナン、ジャンが突き止めたのよ!ここからの通信の位置情報を基に猟犬は正確に他の艦を狙撃したんだわ」

「当たりぃ!あんたはオレの好みだな。頭も良いしおっぱいもでかい。それにいい金蔓かねづるだ。運が向いてきたって感じだ」と、中年は次に銃口をケイトに向け

「ペインの親方は縛り首。組は解散。食い扶持ぶちのためにこの仕事を受けた。雇い主から渡された偽装IDカードを使ってコイツと潜り込んだのさ」中年の親玉は尊大に振舞っている。

「この艦をどうする?」ルナンは相手を睨みつけながらもゆっくりと体を賊徒の二人とケイトの間に立ちはだかる位置に移動させた。クラークは少し離れた所で未だにうずくまっている。

「あと二時間もすりゃあ“沿岸の同胞たち”が乗り込んでくる。そしたら巨乳姉ちゃんとあんたは俺らの“ゲスト”だぁ。あとの女どもは戦利品としてもてあそんだら売り飛ばす。男どもは…この艦と一緒に沈めればいい」

「話がちがう!この艦ごと全員、正式な降伏として受け入れる話じゃ……うぐっ!」中年はゆっくり彼に歩み寄り、割って入った青年士官の脇腹を今一度軍靴で蹴り上げ

「首尾よくいけば、俺たちはたった二人で海軍艦艇を乗っ取った猛者もさとして名が売れる!次に乗り組む船に破格で雇ってもらうも良し。多額の身代金を元手にオレ様自身の組を立ち上げようって算段なんだよぉ」と、吐き捨てるように言うや目の前のクラークにもぎ取った拳銃を向け

「もうこのマヌケは用済みだぁ」さらりと言った後、銃声が発令所内で響き、青年の背中からは一条の煙がたなびいた。周囲に火薬独特の鼻の奥にツンとする刺激臭が漂う。

 人一人が実際に目の前で撃たれるという事態にケイトは声を挙げることも叶わず、両手で顔を覆って震えているしか術が無かった。

ルナンは倒れこんだままのクラークに向けて

「しっかりしろ。眠るな!」と声を掛けた。顔面蒼白になった彼は荒い息遣い、脂汗あぶらあせを額に浮かべながら微かに頷いた。ルナンは彼がかろうじて生を繋ぎ留めているのを確かめてから、仲間を撃った親玉に憤怒の形相で睨みつけ大きく肩で息を吐く。

「よぉく判った!頭目一人吊るしたって何もならないって事が。お前ら下っ端まで根絶やしにしないとなぁ!」

 まなじりを決したルナンの脳裏に卑劣な罪業の犠牲となったアンナの姿が甦ってきた。これを想起させたのは、賊が言い放った『戦利品』『弄ぶ』という弱いものを踏みにじっても構わないという身勝手かつ無慈悲な言葉であった。

 そこへ彼女が装着したインカムから三連の単信音がもたらされ、ルナンは僅かに頷いた。

「いいだろう。慈悲は無い!撃ったな?オレの目の前で人を撃ったなぁ!」と、これまでに無く語気を荒げ、この小柄な女性の何処からこんな力強い声量が出るのかと思えるぐらいの迫力で

「アメリィーアァァァーッ!!」腹の奥底からあらん限りの力でえた。その咆哮は全てを巻き込み薙ぎ払う雪崩の様に周囲の空気を振動させ、賊徒のみならず、ことの経緯を見守るクルーの心胆をも寒からしめた。

 「了解。状況開始」ルナンの耳にだけもたらされるアメリアの冷静な応えは一閃の光芒と共に空気を切り裂く矢の如く。

 次にルナンはタブレットを賊徒二人に投げつけ、自らの体を盾として人質のケイトの体に覆いかぶさるようにして

「ゴメン!また、待たせたね」とケイトの耳元で囁いた。一瞬、ケイトの身体が反応したが確かめる間なぞ無かった。二人の体がふいに宙に浮き始めたからだ。

 艦内の人工重力場が切られたのだ。アメリアの合図で安井技術大尉が電源をカットさせたのだ。その間隙かんげきを縫って彼女が駆ける。目指すは賊徒が内懐うちふところの間合いのみ。発令所とその周囲の人間及び、磁石で押さえられていない事務用の小物などが空中を舞いはじめていた。

 アメリアは自由落下状態を好機にグライア装備で疾風しっぷうの如くに身をひるがえして宙を舞う。ケイトと抱き合ったまま座席から浮き上がったルナンの背中を蹴り天井部に向けてジャンプした。その際アメリアは

「すまんっ!」と、侘びを入れたものの、背中を踏みつけられたルナンは目を丸くさせたまま反動でくるりと体が勝手に回転。ケイトの体重を抱えたままで、後頭部を床に叩きつけた。それだけでは終わらない。変な悲鳴を上げつつ次に彼女の体は反動で天井に向って漂い始めたのだ。

 その衝撃を見計らったケイトはルナンから体を離し、上手に床面を捉えて蹴り、泳ぐようにして安井機関長らが控えている気密扉の向こうへ退避した。彼女は振り向き様に

「あんた、こっちに来やんせ!」と呼びかけるも、ルナンの方はあたふたする内に勝手に体が仰向けとなり天井に向って流れていく。結局、無様にもそこに走る頑丈なはりに顔面から突っ込んだ。

「ぶっひゃぁ!」哀れな運動音痴は鼻血を吹き出しながら無様に叫んだ。そんなルナンを見たケイトはこう呟いた。

「とろかぁおなごじゃっで」


 一方、親友の背を蹴って天井へ向けて跳んだアメリアは対照的に無駄な動き一つ無く、高難度の技を披露する体操選手のように体躯を捻り、天井部に着くと更に蹴って、賊徒めがけて跳んだ。

 二人の賊徒は不意な重力ロストで何事か把握できず、体を支えるのが精一杯だった。そこへ頭上から黒い旋風が迫る。ただ、のっぽはすぐに態勢を立て直し

「見えてるぜぇ!」と携行マシンガンをアメリアに向けたその刹那、彼は膝裏に受けた衝撃でバランスを崩してしまった。何と、賊の傍らで身をこごめていた天田は重力が切れたとみるや、すぐさま座席の下に退避。その場で思いっきりのっぽの膝の裏を蹴り上げたのだった。

 アメリアは体の回転を止めずに自分の左脚を『踵落とし』の要領で斧が如くのっぽの持つマシンガンに叩き付けた。

 のっぽは我が目を疑い、手元にあったはずのマシンガンの行方を追った。彼の視線の先にはこちらに背を向けて体を低く着地しているアメリアの姿。その足下にマシンガンは踏みつけられていた。次に目に入ったのは彼女の腰にある刃渡り四〇センチほどの脇差。ゆっくりとアメリアの右手が逆手にその柄を握るのを見た。

 一閃いっせんの光が何かをなぎ払い、一瞬その場に“ごうっ”と風を感じた後彼は自分の喉元に冷たい物が刺し貫かれているのを察した。痛みなど感じる間もなく、薄れ行く意識の中で彼が最後に垣間見た物はヘルメットヴァイザーの中で、爛々らんらんと光る猛獣のようなアメリアの二つの眼であった。


 アメリアが奴に放った攻撃は彼女の左腕に装着されている“ベイル・ソード”という小盾の仕込み武器。近接戦闘用特殊装備で左肘からすっぽりと腕全体を覆う盾の内側には槍の穂先が装着されており、引き金を引くと弾丸の代わりに鋭い切先が標的目がけて飛び出す仕組みとなっている。彼女はそれを賊の首鎧くびよろいと胸部アーマーの隙間を狙いすましての一撃を放ったのだった。

 もはやむくろと化したのっぽは力なく首と胸の間から血飛沫ちしぶきを上げ始めた。アメリアは素早く引き金を解くと、槍の穂先は自動的に小盾から外れた。使い捨てのやいばなのだ。 

 アメリアは次の獲物、海賊としての正体を明かしたかつての部下に狙いを合わせ、ゆっくりと体を向けていく。

 ただ一人残った中年の親玉は相棒がいとも簡単に討ち取られた事に驚愕しながらも反撃せんと右手にある拳銃で彼女の頭部を狙い定めようとしたが……無い!無いのだ! 右手首が。

 事態が飲み込めずにいる賊にアメリアは血糊ちのりのついた脇差の匕首あいくちを示し、顎で上を見るよう促した。彼が視線を泳がせると頭上に、回転しながら昇っていく拳銃を握りしめたままの自分の右手が映った。

「アァァーッ!」と情けない声を上げ、右手を庇うようにして逃げ出そうとする賊をアメリアは逃さなかった。そいつの膝裏を狙い済まし一閃、深々と切り裂いた。

 こうなると中年親玉は身動きとれず、今まで啖呵たんかを切っていた威勢の良さは何処へやら。空間を漂いながらわめきもがく。アメリアはやおらにその背中ごと床目がけて勢いよく踏み降ろした。蜘蛛かゴキブリのように彼女に踏みつけられて逃げ場を失った賊徒。今度は泣き声を上げて許しを請うた。

 アメリアは冷たく

「泣き言は地獄で待ってるペイン親分にでもほざけ!」と、ヘルメットと背中の間、ぼんくぼ辺りにベイルソードを向けると迷い無く二度目の引き金を引いた。鈍い音が発令所内で響くと同時に最後の賊徒の動きも永遠に止まった。

 全てを終えたアメリアは上半身を真っ赤に染めたクラークの傍に駆け寄り

「終わったぞ!何も言うな。軍医を呼ぶ」と瀕死の彼に告げた。

 アメリアは彼を艦長席に固定すると、安井に艦内重力の復帰を指示。それを合図に既に待機していた軍医が彼の下に駆け寄る。すぐにのっぽに痛撃を喰らわせた天田が軍医を手伝い始めていた。

 周囲に漂っていたファイルの束などが降ってきた。それとほぼ同時に彼女のすぐ後ろでどさっと大きな音がしたかと思うと

「おわぁぁー」素っ頓狂な悲鳴が聞こえて、振り返るとそこには床面に突っ伏したままのルナンが。

「何しとるぅ?お前はぁ」と半ば呆れたように首を振るアメリアに鼻血だらけの顔を上げたルナンが 

「あ、あねさんお見事!」親指を立て、白い歯を見せた。

今回は前半部をルナンの視点。後半の一部を賊の、そしてアメリアの視点と三段階に場面ごと区別して描いてみました。三人称多視点の小説ですのでこういった技法を用いてみました。読者の皆様が混乱せずにスッキリと場面を想像できたと、ルナンの最後の台詞のように『姐さんお見事!』とキレイに決まったと思いたいのですが……ね。

さて次回は情報開示の結果、ルナンの下に様々な見解が寄せられ、ケイトも全面協力。科学者としての見地からアドヴァイスを受ける事となります。猟犬のステルス・シールドとは?奴はどこに潜んでいるのか?主砲のレールキャノンの原理とは?果たして彼女らは反撃に撃って出られるのか?SFギミック満載でお送りいたします。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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