前回で遂に明かされたルナンの衝撃の過去。これに初めて接した親友アメリアも困惑してしまいます。今回は主にアメリアの視点で描かれます。取り乱して子供の様に泣き伏すルナンをアメリアはどう接し、果たして立ち直らせることが出来るのか?
「もういい……ルナン」アメリアは子供のように泣きじゃくるルナンを抱きしめながら
「それで……昨夜、ケイトにつかみかかったんだな?」と、耳元で囁いた。
ルナンは目と鼻頭を赤く染めたまま、親友に食い入るようにして
「あの時、アンナの変わり果てた姿をふいに思い出しちまった!後は自制が効かなくなった。全部オレの所為なのに……」と、言った後ルナンは更に
「オレは卑怯者で弱虫なんだ!あの時自分が助かる事だけを考えた。アンナは……あいつは命がけでオレを庇ってくれたのに。なのにオレはぁー」自責の念を腹の底から搾り出すかのように呻き続けた。
アメリアとて親友とは言え相手の過去に踏み入るのは、いささか不躾であろうと深く立ち入らないようにはしていた。以前、何かの折に彼女の妹と母は、不運にも致死性ウィルス『本土病』にかかって亡くなっているとしか聞いていなかったのだ。本人の告白で明らかになった事実にアメリアは戸惑いながらも、抱きしめる力を緩めず懐深く包み込んだ。
「だからオレは鏡が嫌いなんだ!オレの目鼻立ちは親父そっくり。分かるか?自分の顔を見るたびにクソッたれの面影が現れる!あの時の……家族を捨てた親父の顔がぁ」ルナンはまた激しく取り乱し始めた。
狭い完全防音のコードルーム内で、外にまで洩れ伝わってしまう程の大声で喚き散らす親友の姿に思わず、アメリアも涙ぐみ
「そうが……。うん、辛がったよな」と声を震わせ、自分の胸で思いっきり親友を泣かせてやることにした。ルナンを抱きながら彼女は天井を仰いで
「ルナンよぉ……おめの好ぎにしていいんだでの。最悪、この船さなげでよぉ全員で脱出しても構わねぇさ。ここまで追い込まれだならな、仕方あんめぇ」と、大きく深呼吸してからゆっくりと諭すように
「連絡艇と脱出ポッドありったけ使って隊列組んでよ、ケイトさ頼んでアクティヴ・ドローンさ引っ張ってもらうべぇ」と、言って彼女はルナンの耳元で
「それどな……ありがとうって言わせでぐれやぁ」こう付け加えるや照れくさそうに頬をピンクに染める。
「……何で?」ルナンは涙と鼻水だらけの顔でアメリアを仰ぎ見た。
「なんて顔しとるだよ」アメリアはハンカチを取り出してルナンの涙を拭ってやった。真っ赤になった両目を代わる代わる優しく押さえながら
「よぉぐこれまで一人で良ぐ頑張ったもんさぁ!」とお国訛りでルナンの辛苦を労うアメリア。親友の頬に両手をそっと添えてその目をじっと見据えてから更にこう告げる。
「諦めずに生きてぐれたおがげでおらはおめと会えたんだがらな。そんだがら礼を言わせでもらうんよ。士官学校時代におらがこの顔の怪我と指一本失った時さ、おめは毎日ぃ病室さ通ってぐれで、よーう世話してぐれだべ…。あん時、ほんとに心細がったがらよぉ……嬉しかったぁー」
ルナンは無言でアメリアを見つめて勢いよく鼻水をすすりあげた。
「覚えでるが?一年半遅れの初任官で、おらがこの『ルカン』に赴任してきた時の事を。おめはおらにいぎなり抱きついで『よく来た。やっぱりオレの親友はお前しかおらん!もう離さねえぞぉー』っ言ってぐれだよな」両手で親友の金髪をくしゃくしゃにするアメリア。
「その時のおめの笑顔が忘れられんのよ。おら、そごで決めたでの。ルナン・クレールの盾と剣になっぺどなぁ!決して見放したりはしねぇって誓っただぁ」
アメリアはその鼻梁の上に走る真一文字の傷が隠れてしまうほどの相好を崩すや、今度はルナンの頬をつねる様にして
「ルナン、おめはおらの”夢”だ。そんだがら死なれぢゃ困るんさぁ!妹さんは気の毒だったが、もしその時おめまで殺されてたら、おらとも会えず仕舞いだったっぺ。そしたらおらは誰さ夢を託せばいいんだよ?おらはおめ以外の奴に仕えるづもりは無え!」と、アメリアは笑顔から急に真剣な眼差しをルナンに向け、標準語で
「昔のハンナ・ブッセルは確かに臆病だったかも知れない。でも子供の力じゃどうにもできなかった事でもある。お前と妹さんは被害者なんだ。決してお前の責任なんかじゃない。そして、もうここにはいないぞ!ここにいるのはルナン・クレール、お前自身しかいない!ルナンよ、おらの”夢”になってくれるのか?おらと一緒にこれからも歩いてくれるんけ?」
アメリアは再び親友を抱き寄せて、自分の頬をそっと寄せた。互いの頬を通じて二人の間に温もりが伝わっていく。
ルナンはすでに泣き止んでいた。アメリアの胸に抱かれながらも、もう体を預けることなく己が足でしっかと立った。しばし目を閉じたまま
「”夢”か。アメリアの夢、そしてオレの夢……」
「そうだ!ルナン。お前の夢はなんだ?お前の目指すものがおらの夢でもある。言ってみろ!」
「あるよ!アンナみたいな不憫な娘が出ない世の中を作るんだ!日々をマジメに暮らす人間が泣く理不尽を見過ごすなんてできない。もうオレのように後悔する人間は一人で充分だ。そうだよな!アメリア」
ルナンはかっと目を見開いてアメリアを見据えた。今のルナンは先刻まで、怖い、できないと子供のように泣きじゃくる駄々っ子ではなく荒野に佇み凜として地平線を睨む孤高な虎の眼差しとなっていた。
「それにはどうしたらいい?先ずは力をつけにゃならん。実力でかかる火の粉を振り払えなきゃ話にならない。アメリア、オレは分裂して内戦状態の神聖ローマ連盟を一つにする!そして他の列強が口出しできんような強い共同体に生まれ変わらせる。それしかないってずっと考えていたんだよ!だから一六才になった時に義勇兵に志願して、チャンスを得て士官学校に入ったんだ。自分を変えたかった!もう逃げるのは……イヤだ!」
アメリアはこのルナンの話を聞き及んで満足そうに頷き
「よっしゃ!それが聞きたかった。付きあってやるわい!もう一人じゃねえぞ。それに……今のお前はええ顔しとる。抗い決して諦めねぇ人間の顔。そうだ“もののふ”の面構えだ」と言ってはまたルナンの頬を両手でしっかと掴んで嬉しそうに笑みを浮かべた。
「もののふ?」
「そうだ!“もののふ”だ!うんと前に亡くなってしまったが、おらのじい様の口癖だったよ。この世界に住む人間は皆もののふだぞってな。じい様曰く、もののふとは諦めねぇ人間の事だそうな。男も女も老いも若きも関係ねぇ。火星から追い出されても、地球に帰れなくても、ここで踏ん張って暮らしを少しでも良くしようと『軌道要塞』を造り続けて頑張ってきたご先祖全てがもののふなんだってよ。だからその末裔たる我ら皆、もののふなんだ」
「オレもアメリアも、この火星世界に生きる人々全てが“もののふ”!」
「そうだぁ!そしてここ火星は『もののふの星』だでのぉ!」
暫しの間、二人は見つめあい、やがてルナンは平手で顔をくしゃくしゃに撫で
「ようっし!じゃあ”もののふ”らしく足掻いてやろうか!やられっ放しは返上!この船を捨てて逃げるのもゴメンだ。どんな戦闘行為だってルールはある。何の警告も無しにいきなり攻撃してきた外道に目にもの見せてやる」と、大きく胸を張った。
「それでいい!やっといつもの不敵な目になってきたなぁ。……しっかし、見れば見るほど不思議な顔しとるぅ」
アメリアはルナンからやっと体を離してから感慨深く、友の顔をしげしげと眺め
「いつも仏頂面で目付きも悪い、まるで喧嘩を売られているみたいだが。一度笑いかけられるともう忘れられん!どうしても“何とかしてやらにゃ”っていう気にさせられる」
アメリアはここでふぅっと一つ息を付き
「それで?何からおっ始める?敵をぶっ飛ばしたいんだろう」と問うた。
「上の連中は“猟犬”と名付けている。特殊装備を兼ね備えたドイツ皇帝派の新鋭艦らしい。この情報を開示して皆の意見を聞きたいのだが」ここまで言うとルナンはまた表情を曇らせた。
「ほら……またそんな暗い顔をする。全部話せよ。先ずはそこから!ほれっ」と、アメリアに促されたルナンは秘匿権限”AA”扱いの内容に触れたクルーらに不利益が及ぶ危険性がある旨を告げた。
それを聞いたアメリアも
「そいつは厄介だな。これじゃ敵と殴りあう前に軍規に縛られて手足が利かないのと同じ……おかしくねえか?」と不満をぶちまけ、嘆息を洩らすと再びコードルームの天井を仰いだ。
二人して打開策は無いものかと思案に暮れているところに、この区画の主であるAIがアラーム音の後に、クレール艦長への出頭要請を艦内通話に流した。
「何だよぉ!さっきからお前に艦隊司令の引継ぎ云々うるさいんじゃ!早いところ済ませちまえ」
アメリアはルナンの背中を押して、モニター前の座席に彼女の体を押し込むように座らせ、彼女は後ろの壁に腕組みした格好で寄りかかった。
アメリアは相棒の後ろ姿を見て思わず吹き出しそうになった。
小柄な割に頭でっかちで首の短いルナンが席に収まり、モニター周辺の機器を操作する姿は、軍服を着込んだクマのぬいぐるみが丸い体と短い両手で奮闘しているように見えて仕方がなかったからだ。また、この小さな体に艦長の重責を全うしようとし、部下達に累が及ばぬよう一人で耐えていたのかと気付かされ、たまらなく愛おしく感じられたのだった。
「アメリア、こ、これ見てくれ。こっち来て!」と手招きする。
「何だね?」アメリアはルナンのすぐ脇でしゃがみ込んで一緒にモニター画面に表示されている文面に目を通した。
『秘匿レベルAA‐この情報の取り扱い、転載、複写を禁ず。艦隊司令及び副官、麾下艦隊各指揮官までの視認のみ(アイズ・オンリー)
〇艦隊司令及び副官クラスによる情報開示権限は海軍規定第七条第三項による(要確認)』
「ここ、(要確認)ってあるだろう。オレがムーア艦長から任を引き継いだ時にはここが(参照不可)だった。ここを開くと……ここ読んでみてくれ」
「ええーっと、海軍規定七条…ああこれか。ああー『第七条、三項に関する付帯事項:艦隊司令官による麾下各艦艇に対する情報開示の場合、軍令部査察部による捜査対象とされるは各艦艇上長までとス。士官、兵卒はその適用外となす。なお、艦隊司令官否認の際も上記と同様の扱いとス』って何だこりゃ!お手盛もいい所だよ。結局、艦隊司令が自分の判断で情報を開示した後に“知らない”と白を切れば”沙汰無し”でこの船で言えば艦長だけが処罰の対象にされるってことだよなぁ?もう、機密管理システムの理不尽ここに極まれりだな」とアメリアは気勢を上げた。
彼女の隣でルナンは対照的に落ち着いた様子で、画面に見入ってから
「いや、これは使える。聞いてくれアメリア。現時点でのここの艦長はオレ。と言うことはだ、オレが”おふくろさん”の指示通り司令官代行を引き継げば……」
「チョイ待ち。何でお前が艦隊司令を引き継げるんだ?もうここには『ルカン』しか残っていないはずだぜ」と、アメリアは抱いて当然の疑問をぶつけてみた。
「まだ『シュルクーフ』が残っているよ。数時間前に離脱したが健在。まだ寄港地に到着して艦隊を解散していない。二隻になってしまったがそれでも艦隊さ。それにこの表示を見てみな」ルナンはモニターをタッチして、一つ前の画面に戻した。
そこには『特務訓練編制艦隊司令 旗艦『ルカン』艦長兼務 アレクセイ・ムーア少佐よりの後継艦長ルナン・クレール少佐(仮)を当該艦隊の代行指揮官とす』の文面が見て取れた。
「なるほどね!艦隊の名目を保つためには”おふくろさん”はなんでもありって訳かよ」と不承不承ながら納得のアメリア。ルナンは更に興奮して捲くし立てた。
「この条項を逆手にとって、オレの権限で情報をオープンにしても艦隊司令であるオレ本人がやったと認めれば、他の士官、安井、ベルトラン、クラーク達が責任を追及されることは無いはず!帰港後に査察部に身柄を拘束されるのはオレだけって事になる。そうすれば全員の知恵を存分に借りる事ができるんだよぉ、アメリアー」ルナンはぱっと表情を明るくさせた。
言うが早いか、彼女はそそくさと手続きを済ませると
「管制AIに指示する。秘匿命令『K―Ⅳ』を開示。船内各端末からのアクセスをオープンにせよ」と下令。
ルナンの目の前の液晶画面に”エラー”の赤文字表示が点滅して
「副官の承認がありません。開示には艦隊司令及び副官の同意が必要です。副官を選んで下さい」と物腰柔らかだが冷徹な擬似音声がルナンの指令を撥ねつけた。
ルナンはこの返答を聞くと、がっくりと落胆した。硬く握った自分の拳を忌々しげに睨んでいる。そこへアメリアが
「自分が副官を拝命したく存じます」と声をあげた。驚きの表情でこちらを仰ぎ見るルナン。
「付きあうって言うたべよぉ!」とアメリアがウィンクして、自分の官姓名と認識ナンバーを告げた。
「承認されました。アメリア・スナール准尉を副官権限有りの中尉(仮)として登録しました。秘匿命令『K―Ⅳ』を開示。随時アクセス可能となっております。お二人が恙なく任務を遂行されますことをお祈り申し上げます」“おふくろさん”は常套句で手続きの全てが終了したことを告げるとモニター画面の電源が落ちた。
「アメリアいいのか?済まない。でもこの際だ、ご好意に甘えさせてもらうよ」とルナン。これにアメリアは
「気にすんな!まぁ、銃殺刑ってことは無さそうだぁ。最悪二人して仲良く軍刑務所で服役作業で汗をかくのもよかっぺ!」そう言いながら床に転がしておいたヘルメットと手甲を装着し始めた。
「さぁ、行こうか!情報はオープンになった。全員で対抗策を講じよう。なんだか気持ちが上向いてきたよ!」
「あぁ大分時間をかけちまった。あとルナン、妹さんの件は誰にも言わんぞ!おらが墓場まで持っていくからな」
真顔のアメリアにルナンはまたしても泣きそうになりながらも感謝の意で大きく何度も頷いた。
装備を装着し終えると、アメリアはヘルメットのヴァイザー部に“緊急連絡”の表示が点滅しているのに気付き、彼女はインカムを通して記録音声の再生を指示した。
「……クソッ!バッカ野郎がぁ!」
アメリアはこの言葉を後に、コードルームを脱兎の如く駆け出した。慌ててルナンも走り出して、いきなりの親友の行動に戸惑いつつ何事かと訊ねた。
「クラークの奴が問題を起こした!銃でケイトの身柄を拘束しているらしい」完全武装で戦闘モードのアメリアが狼の様に船内通路を疾駆する後ろを、イノシシの子供、ウリ坊みたいにたどたどしい足取りで後を追うルナン。
「もう…何でこうなるぅ?」ルナンの悲痛な声とアメリアの足音が通路に響きわたっていった。
第十二話でございました。今回ではこの小説の重要なテーマを中心に盛り込んで進めてみたつもりでおります。それは諦めない人間、その不屈の魂です。無様にも親友の胸に抱かれ泣き伏すルナン。いくら泣いてもみっともなくふさぎ込んでも構わないのです。要はそこから如何に立ち上がるかです。話の中でルナンは親友アメリアに諭されて、問題の打開策をつかむことが可能なまでに立ち直りましたが、主人公一人の力で解決できなくても、いつも誰かが頑張る人間を見ている。そして手を差し伸べてくれたら、素直に甘えてもいいのです。
アメリアというサブキャラを律義で人情味ある人物として、主人公を見守ってくれる頼もしい姐さんとして、そしてこの小説『もののふの星』が新たな人類の版図である火星とそこに挑む諦めない人間の物語だと読者の皆さんに印象づけられたら最高なのですが。
次回もアメリア姉さんが優しいだけではなく剛健な戦士として活躍します。乞うご期待。
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