もののふの星

火星のジャンヌ・ダルク ルナン・クレール伝 Vol.1
梶 一誠
梶 一誠

第十五話 反撃のルカン

公開日時: 2021年10月31日(日) 09:42
文字数:8,357

表題にもありますが、いよいよ反撃に出るルナン。フリゲート艦『ルカン』VS猟犬こと『ベーオウルフ』との死闘を中心にお送りいたします。

 火星統合暦MD:〇一〇四年三月二七日。

 太陽と火星の相互作用が生み出した重力が均衡する宙域にあって小惑星や隕石が滞積する空間はトロヤ群と命名されている。

トロヤ群は二つ存在し常に太陽系第四惑星と等速で、公転軌道上を先行する側を前方トロヤ群。火星を後追いする方を後方トロヤ群と呼ばれる。

 この日、前方トロヤ群周辺宙域を発信源とした一文の通信が暗号を付帯しない所謂いわゆる平文で大々的に発信された。それを傍受した艦艇並びに多くの一般船舶の通信担当者はその内容に我が目を疑った。

 それは、“宣戦布告”に似て、また“果たし状”とも取れる内容であったからだ。一連の報告中でそれを垣間見た人間が驚きを隠せなかったのは以下のような文面が含まれた事にあった。


 我『ルカン』これより“猟犬ハウンド”との雌雄を決さんとス。我らは栄光ある自由フランス海軍の軍属である前に全て“もののふ”なり。故に退しりぞくを由とせず、一矢報いっしむくわんとス。なお、この突貫には同艦に乗船せりケイト・シャンブラー博士の了承と助力を得たり。

 結びに、親愛なる我が海軍の諸兄しょけいにおかれては、一層の国家国民への忠誠と健闘を祈るものである。          以上


 「これでよろしかったでしょうか?」通信担当の天田二等兵曹がルナン・クレール艦長に確認を得ようと振り向いた。

 艦長席に体を預けた小柄な女性はさも楽しげに何度も頷く。

「これで、猟犬に乗り組んでいる外注業者の諸君は大慌て。拿捕するなら今をおいて他にない。それに、この通信を受けた司令部は血相変えてケイト救出のために友軍を差し向けざるを得ない」と、更に小刻みに体を揺らしてはほくそ笑む。

「ケイトを餌に、味方と敵艦の両方をおびき寄せるとは……何てあくどい奴だべさ!」

 アメリアはおもむろに艦長席の傍らまで来ると、顔をぐっとルナンに寄せ

「おめ、どんな絵を描いたんだ?聞かせれやぁ」と、彼女自身もほくそ笑んだ時であった。

えじ怖いよぉ!ないでぇおいがこげん危険な目に会わんといけんのじゃかぁ!おいの被弾率は六割越えちょるんどぉ」いきなり発令所内のスピーカーから若い男性の悲痛な訴えが響き渡った。

「オスカー!あんたシャンとしやんせな。さっきは『おいがぁ先陣じゃぁ!』ってゆちょったじゃなかとぉ!」入れ替わりに今度はケイトのがなり声が狭い部署内に反響する。

「ああしてオスカーを先行させたのは判る。んだがぁあいつに通信を中継させて囮さ使って何するつもりかや?」

「猟犬は必ず、オスカーが曳航しているあの発信機を正確に狙撃する」ルナンは座席の上で足を組めないので体育座りしながら親友を仰ぎ見て、大型中央モニターを指さした。

 そこには、先発として出撃したアクティヴドローンのオスカーとその一〇〇メートル後方に賊徒が仕込んだ例の発信機を曳航している姿が二つの光点として表示されていた。その文字盤には、彼の位置はフリゲート艦の前方約五キロメートルとあった。 

「海軍が海賊を掃討する時には、先ず兵装類を攻撃するよな。それと同じさアメリア。猟犬はこちらの船首部にまだあると思っている発信機を撃ち抜き、そこに集中している火器区画を使用不能にしてから乗り込む手順を選択する。考えはオレらと一緒さね」

 まだアメリアは要領を得ずに渋い顔をしている。

「こちらにも有利な点はある。『ルカン』は未だ漂流状態から復帰していない。原子炉熱源は探知されていないはず。それにステルスシールド内からの有視界航行はかなり制限を受けるという話だ。となれば猟犬はこちらの位置を発信機のみで探るしかない。これまで奴は『ルカン』を基点に僚艦の正確な位置を割り出していた」

「艦長へ。ご指示通り方位スラスターのみで遷移中であります」航法士官ベルトランからの報告にルナンは親指を立てて返した。

「まるで潜望鏡みたいだ。そんな制限まであるとはなぁ」

「無敵の新兵器なぞ在り得ない!猟犬にもそれなりのリスクはある。それはそうとアメリア観測班は?」

「手すきのクルー総出で、ありとあらゆる舷窓げんそうに張り付いているよ」これにも満足げに頷いたルナンは

「ペンタゴンフィールドはつかんだ。後はそこから発せられるレーザー測距光そっきょこうあるいはあの碧い雷光現象を捕まえれば猟犬の向きが判る!」と、言った。

「奴の背後へ回り込むつもりか⁈」

「それに無駄弾も撃たせる。安井とロイドの見解では奴が一度に撃てる回数は二回。しかも前方への射撃しかできないらしい。なら背後からの接近戦を挑む。次の射撃体勢に入られる前にね」

「しかし、実包は限られているし、それだけで奴を沈黙させ⁈」

 呼び出し音のためにルナンが彼女を片手で制して、艦長席備え付けのインカムを装着。

「ヤンセンか。ご苦労。それで良い、レーザーブレードも起動せよ。用意出来しだいその区画は封鎖しろ」

「おめぇー!まさかアサルトボートまで使うつもりなんけぇ?」レーザーブレードと言う言葉に敏感に反応を見せたアメリアがルナンの顔を覗き込めば

「ハイーッ。使える物はみぃんな使いますのぉー」とまぁこれまた嬉々として彼女に応えるルナン。

 アサルトボートとは敵対勢力の大型艦艇に乗り組み乱戦を仕掛ける強襲艇の事で、フリゲート艦クラスの船底部に設けられた専用区画に一艇搭載されている。通常はAIによる無人航行で海兵が十数人乗り組み、艇首に装備されたレーザーブレードで敵艦の船腹に穴を穿うがつ。そこから敵艦への艦艇制圧戦を仕掛けるのである。

 「おおっやだぁ!おめとは喧嘩したくねぇなぁ」アメリアは呆れたように頭を振る。

「ルナーン!ごめんなせね。あん子普段は物分かりが良かとどん、いざちゅう時意気地が無うってぇ」格納庫脇にある艦載機用カタパルト管制室からケイトが割って入り、オスカーの醜態に詫びを入れてきたが、ルナンは笑顔のまま。

「シャンブラー博士、そちらの状況は?後の二人はもう出撃させたのか?」

「たった今、三人目のマークスを送り出した所じゃ。ケイトで構わんとじゃ。もう…友達じゃろ?それと二人って言うた?土建屋ん重機共って言わんのね」即応するケイトの声色の雰囲気もどこか明るい。

「そうか、ありがとうケイト。君のドローン隊が反撃の要。頼む!」

 ここで音声通話を切ったルナンは腕組しながら静かな落ち着いた声色で

「アメリア、暗号通信を艦政本部宛に打て。『シュルクーフ』に臨検の要有りとな」と、言えばアメリアがニヤリ。

「『シュルクーフ』にはあの二人を雇った幹部クラスが潜り込んでいる。監視役か、あるいは味方にスパイがいる?」

「ご明察の通り。最初はオレも初攻撃で慣れていないのかと考えたが、後の二隻への狙撃は正確その物。わざと艦隊から離脱するように仕組まれていたと考えた方が妥当。それに……」

 アメリアはわざと口を噤み視線のみで先を促した。

「おそらくケイト・シャンブラーはめられたんだよ。あわよくば実験航海中不慮の事態で船ごと沈められるか、拿捕だほされて行方不明となる企みに巻き込まれた。黒幕は……」

「ああいう新兵器の登場を快く思ってない海軍に巣食う保守派の策謀」

 ルナンはこれにも頷いた。

「だが、それもケイト自身勘づいていたかも知れない。やろうと思えばいつでもこの船を脱出できた筈。しかし単独で脱出しても、戦わずして味方を放棄したとがで評判はガタ落ち、予算は大幅に削減される。どちらにしても保守派の腹は痛まない」

「……だから、協力を選んで見せた」

「彼女もここで踏ん張るしかないってこと!来期の予算獲得と強力なスポンサーをつけるためにも勝って見せにゃあならんのよ。でも、そんな事はどうでもいい」

「……?」

「オレが勝たせるからだ。猟犬から逃げ切って、その立役者があのアクティヴ・ドローンだとはなをもたせてやる」

「そう、上手くいくと良いがなぁ」

「いかせるのさ。なにせ、オレは彼女が欲しい!」

 ルナンはアメリアに目を大きく見開き、白い歯を見せて何か企むような悪辣な笑顔を向けた。

「嬉しそうにまぁ。ぶん殴ってやりたくなりそうなつらしてやがる。なぁ、お前はさっきまで抱っこしてもらってたルナンなんか?」とアメリアは怪訝な表情を親友に見せた。

 ルナンはこれに目を細めて

「アメリア……ありがとう……な」そっと左に立つアメリアの手を取った。するとアメリアもギュと力強く握り返して

「縁起でもねぇ!そんな礼は帰ってからにしろやい。ほれっ」

 アメリアは素早くルナンの左頬にキス。そして頬を染めながら

「ちくしょう。ケイトのまじないの追加だぁ。勝つぞ!ルナン」去り際に友の頭を軽く引っ叩いて観測班ブースへ。

 ルナンは照れ隠しからか一度咳払いして 

「猟犬の状況は?」観測員のジョンスンに報告を求めた。

「現在、ペンタゴンフィールドは本艦の左舷側。直線距離で二千メートル。徐々に本艦を追い越しつつあります」

「かかったな!ジュディママ、進路そのまま千まで詰めろ」

「全ては、自分の観測結果を基にした予想経路に過ぎません。よろしいんですか?」と不安そうに訊ねるジョンスン。

「…信じるよ」こうルナンは静かに言うと、自分の体には大きすぎるサイズの艦長席でさして長くも無い足で今度は胡坐あぐらをかき、深々と体を預ける中、観測員からの報告も上がる。

「ドローン隊のマークス、ジャンは漂流を装いつつ展開中。予定空域に遷移完了は五分後」

「メインモニターに例のフィールドを映せ。ステルスシールドとやらを拝んでみようじゃないか。これが見納めになるだろう」

 指示を受けたジョンスンがこれまで観測し続けてきたペンタゴン・エリアを大型液晶モニター上に赤い点として表示させた。

 それは見事な擬装だった。色付けされた五角柱の一五ヶ所が無ければ、周囲の星々に溶け込んでしまい判別は困難であったであろう。『位相差視覚空間』の効果は光学迷彩として類を見ないものであることは確実であった。

「ジュディママ、艦首七上げ艦尾三下げ。ゆっくり奴の背後へ……慎重に」思わず声を潜めるルナンに

「了解。三番、一六番スラスター推力一五%……宜路ようそろ」ベルトランも囁くように応えた。

 ライヴ映像内のステルスシールドのエリアが偶然、野球のボールほどの大きさで映りこんでいた火星本土と重なった。すると、球形として映っていた惑星が楕円形の平面状に歪み始めた。加え周辺にごく微細な雷光がひらめいたと見るや、すぐに元通りの画像に修正された。

「なるほど。ああしてドローン同士が連携しあって……あの時も。クソッ!」ルナンは咄嗟にその席上から仁王立ちになったが最後の舌打ちは周囲に気取られないよう声を殺した。昨晩、休憩室内でモニターに映し出されていた軌道要塞の映像が一瞬、歪んで見えたのをルナンは思い出し、あの時から艦隊は監視され、追跡されていたことに気付かされたのだった。

 ルナンは唇を咬み心の中で沸き起こる憤怒を押さえ込んで席に体を収めようとした時だった。

「こちら艦首観測班、フィールド中央よりレーザー測距光を認む!」との報告がもたらされた直後に今度はオスカーから

「ほ、ほんのこつ来たぁ!こればぁ切り離してんよかろうかぁ?」もう泣き叫ぶような声がまた発令所内に届けられた。

「ご苦労!発信機のみ切り離して他の二人と合流せよ」ルナンは彼を労いインカムを切ると、艦長席の肘掛の脇にずっと放置されていた白線の入った艦長帽を自分の中尉用略帽と取り替えて初めてそれを被った。

 その時、もう一つの大型モニター内の赤光点で囲われたフィールドから稲妻に似た蒼白い光が生まれ発令所が照らし出されるや否や、艦首方向の彼方で発信機が撃ち落された閃光が恒星の如くに輝いたのだった。

 これを目の当たりにしたクルー達が息を呑む中、一人ルナンは落ち着いた声で

「本艦の現在位置は?」と。

「こちらはフィールド後方、一五〇〇につけました」ベルトランが即応。 

「安井技術大尉、メインエンジンの全力噴射は三〇秒だったな?」と次に機関長に問うた。

「一分いけます。保たせます。艦長」その答えに満足気に頷くと次に

「では、始めるぞ!ベルトラン准尉、漂流状態を解除。メインエンジン以外の全スラスター及び補助エンジン稼動!ステルスシールドを蹴散らすぞ。前進!」

「了解!」

 フリゲート艦『ルカン』は数時間ぶりに、仮死状態からの復帰を果たし固形燃料を燃焼させたエネルギーを補助エンジンと姿勢制御用の噴射孔から白炎の高圧ガスとして噴射させた。

 発令所の中に微細な振動が伝わる。それに併せて船体がきしむ音も。この老朽艦ならではの振動をルナンは心地よく感じていた。

砲雷撃戦ほうらいげきせん用意!各砲座七〇〇で砲撃開始。実包礫散弾じっぽうれきさんだん装填。爆散ポイント〇・二まる・ふた。TT魚雷、雷数ふた!前部発射管一番、三番開け」

 ルナンの下令に復唱する応答の音声のみが即座に伝わる。そして最後に「全砲座よろし!」との報告がなされた。

「目標エリア外周敵ドローン! “猟犬”きさまの牙が勝つか、それとも“鮫(ルカンの意)”のあごが勝つかだ!用意」ルナンは一泊つくと攻撃開始を発令した。

ッ‼」


 「遅かじゃらせんか。反撃が始まっちまったじゃ!」

 漆黒の空間内に溶け込むようにしていたアクティ・ドローンのジャンが、今し方合流を果たしたオスカーに不満を漏らした。

「せからしか!こっちはえずかったんじゃぞ!わいら二人して高みの見物しちょった訳じゃなかよな」

「よくやった兄弟。ステルスシールドを維持していたドローンは、ベクターインダストリアル社製の『ファントムⅡb』型だ。やはりアトランティア連邦の肝いりだ」一番兄貴分のマークスがオスカーの問いに答え

「いいか二人とも、オレ達は『ルカン』援護のためファントムを叩く。一度散らばった奴らにシールドを形成させるな。撃墜しろ。あとフリゲート艦の射線上に入るなよ!」そう言うなりマークスは六基の脚部にあるスラスターを全開にさせ、『ルカン』の天頂方向から一気に急降下し始めた。

「方言はもういい!標準語を使え。判るな?」

「僕らが使う方言は防諜と攪乱かくらんのためだもんね。あいつらんAIはマヌケじゃっで、認識しづれぇわいらの方言は雑音として削除してしまうで」ジャンが嬉々として応え、兄貴分の後を追った。

「アナログですが、これが意外と効きますからねぇ」オスカーもダイブを開始。

「その通りだ。だが今度はファントムと猟犬にこちらの存在をアピールしてやれ!慌てた所でもう遅いが。雄叫びを挙げて突貫ぞ。行っぞぉ!」

 

 ステルスシールドを展開していたファントム型ドローンの内、五角形の頂点に位置していた三機が瞬時に火球と化した。不意打ちを喰った残りの一二機は『ルカン』からの攻撃に即応。フォーメーションを解き天頂方向へと急上昇、迎撃態勢を取らんとした。

「構うな!各砲座、猟犬への攻撃に集中せよ。ドローン迎撃はあの三人に任せる」ルナンの目が発令所内のモニターに映る味方ドローンの動きを追い始めた。 

 漆黒の空間にきらめく星々に紛れ、光学迷彩を維持することだけにプログラムされたファントムの群は、己がセンサーに急接近する物体があることを感知。次の瞬間に確認した物、それは鋼鉄製のアームであった。

 ジャンはアームで敵ドローンの蜘蛛ヒトデに似たボディを掴むと、そのままフルパワーを爪に掛けて圧壊あっかいさせた。

「さっきんお返しじゃで!」オスカーは自身のボディを駒のように回転させつつ、一機のファントムを攻撃の要でホームランバッターのバットさながらにそれを打ち抜き、虚空の彼方へ葬り去る。

 マークスはそのスピードを一秒たりとも失わずに鋼鉄の手刀を見舞い一刀両断。火球に変えてしまった。三機のアクティヴ・ドローンは各々おのおの確実に戦果を挙げていく。

 

「艦長、画像に乱れが……ステルスシールドが破れます!」と、ロイドの声がその場を支配して皆の視線がモニターに集中する。

 その中では漆黒の中に星々の輝きしか認められなかった空間に、何条かの雷光が走る。空間そのものが歪み、均衡が崩れて位相差視認空間から遂に“猟犬”と称されてきた『ベーオウルフ』がその姿を現した。

 それは白亜に染め抜かれ全長は予想された通り優に六〇〇メートルを越える巨艦にふさわしい威容を誇っていた。

「猟犬と言うより白鯨だな。艤装のほとんどを撤去して、大昔の原子力潜水艦タイフーン級に似ている。両舷にある孔がレールキャノンの砲口か?」とルナンは艦長席から思わず立ち上がり、その艦影に興奮して驚愕の感嘆を漏らした。

「容積はこちらの一〇倍はありそうです!」

「全体がのっぺりしていてジンベイザメみたい……」

「空母クラスだぜ!こんな相手に勝てるのか?」クルーらの声が発令所内で震えるように反響した。

 ルナンは目前に迫る巨艦の姿に臆する様子も無く

「主砲を右舷へ。短距離砲座に通達!二〇ミリヴァルカン砲をお見舞いしろ!撃ちぃ方始め!」

フリゲート艦『ルカン』の単装砲一〇センチ砲三門及び右舷側にある一〇基の銃座が至近距離三〇〇メートルで一斉に火を噴き、曳光弾を伴いながら『ベーオウルフ』左舷側に着弾していく。ただそれだけでは船体は微動だにしない。

「TT魚雷を奴の鼻先で爆散させろ!雷撃用意」

「何をするつもりだ。模擬戦用のペイント弾頭だぞ」アメリアが自分の部署から声を上げるが、ソバカス顔の艦長はそのまま

「一番、三番発射!」

 艦全体がその反動で僅かに揺れ、二発の魚雷は猟犬の前方の数百メートル付近で自爆し微細なペイントの粒をばら撒き役目を終えた。

「進路そのまま。三千まで離れたら旋回せよ。奴とチキンレースだ!」とルナンは矢継ぎ早に下令。

「勝算あっての行動かね?」と機関長の安井技術大尉が不安げに苦言を呈するもルナンは

「もちろん。土産がある。そいつで奴の肉を引きちぎってやる!」 

 軽装な『ルカン』は鈍重なベーオウルフを尻目に追い越しみるみる距離を開けた。敵艦の左舷からはうっすらと白煙がたなびく。

「間もなく三千です。艦長」

「面舵一杯!旋回開始」

「おもーかーじ、宜路!」

 『ルカン』は『ベーオウルフ』の鼻先、僅か三千メートルで大胆な進路転換に出た。その時が一番、反撃を受ける危険性があったが、三機のドローンが周囲を飛び回り反撃の隙を与えない。

 だが『ベーオウルフ』も押されっぱなしではなかった。方向転換を終えた『ルカン』が正面位置に付きかけた時、射出された短距離ミサイル二発の白煙が艦上から上がり、こちらに向かってくる。ヴァルカン砲が自動迎撃して撃ち果たすも、強力なエネルギーを含んだ火球がフリゲート艦を舐める。衝撃が艦全体を揺さぶり、発令所の電源が落ちると同時に配線がショートして火花と白煙が上がる。

「クソッたれ!この距離でミサイル撃つか!非常電源急げ!」

 電源は直ぐに復旧した。各部センサー、モニターの映像も再び像を結びはじめてから、そこに映し出された映像に発令所内の一同が息を呑んだ。

『ベーオウルフ』がその主要兵器であるレールキャノンの砲口を『ルカン』に向けんとしていた。その砲口から例の青白い破壊の光芒が拡がり始めていたのだった。

「二発目か⁈これを待っていたぁ!」ルナンが咄嗟に叫んだ。

「見える!碧い光の渦が。これがレール・キャノンじかの弾筋です!」ジョンスンがモニターを指さす。そこには青い一筋の光線を取り巻くように同系色の雲が渦巻いている。言わば竜巻を上空から俯瞰ふかんしているようでもあった。

「これがレールキャノンの狙撃性を高める磁場フレア現象です」これは発令所内に飛び込んできたケイトの第一声。

「集束されたフレアによって実体弾は亜光速に近いスピードに加速されます。言わば宇宙空間のライフリングの役目を担っているのね……」

「ルナン。魚雷を自爆させたのは、これを狙っていたのか?」ルナンはケイトとアメリアに白い歯を見せると、ケイトが納得したように肯き

「ペイント顔料に含まれる微細な金属粉を高周波の電磁パルスにさらしてイオン化。その発光現象で可視化させるなんて……やるじゃないの!」と、言った。

「弾筋が見えればこちらの物。ヤンセン、準備はいいか?」インカムを通じて整備班長を呼び出す中でも、『ベーオウルフ』の碧く輝く狙撃線は『ルカン』を砲軸線上に捉えんと集束を縮めていく。

「いつでもどうぞ!射出キーはそちらに。区画閉鎖完了。どうなっても知りませんよ」

「OK!頂いた」ルナンは艦長席備え付けのモニター上で輝くエンターキーの側に親指を添えた。

「『ベーオウルフ』との距離八〇〇!」

「磁場フレア集束中。狙撃線と重なる。来るぞぉ!」ベルトランとアメリアからの矢継ぎ早の報告にもルナンはモニターから目を離さない。そして『ルカン』の舳先へさきに碧い軸線が一直線に差し込んできた。

「オレ達はここまで来たぞ!さぁ猟犬よ。決着けりをつけようぜ!」

 ルナンは迷わず点滅するアサルトボート射出キー親指でぐいっと押した。

反撃のルカンでした。が、まだ戦闘は半分、次回でいよいよ決着がつきます。敵の出鼻を挫き優位に立った『ルカン』ですが、冒頭でのダメージにより迎撃の策は限られ、これに対し『ベーオウルフ』は次々と新たな手を撃ってきます。立ち向かうルナンに勝利の女神は微笑むのか?次回もよろしくお願いいたします。

さて、話の中盤でのルナンの攻撃開始の号令ですが、彼女はフランス系なので本来なら撃ては“フー!”とすべき所を日本人には馴染みが無いなと思い、自衛隊式の“テッ”とルビを振ってみたのです。それに各クルーの受け答えにも“宜し”や“宜路ようそろ”を多用したのもそのためです。こちらの方が船を操船している感があっていいのではないかと。あくまで私の好みなんですけどね。

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