もののふの星

火星のジャンヌ・ダルク ルナン・クレール伝 Vol.1
梶 一誠
梶 一誠

第十六話 脱出 虚空への跳躍

公開日時: 2021年11月3日(水) 11:08
文字数:7,469

前回に引き続きルカンの反撃は続きますが、敵艦も更なる対抗策を繰り出します。さぁルナンは、ケイトはこれにどう立ち向かうのか?深いダメージを負ったフリゲート艦と新鋭艦との決着や如何に

 「転舵ぁ!回避ぃ!」ルナンが叫ぶ中、艦艇突入用舟艇アサルトボートは、今まさに必殺の主砲を撃ち出そうとしている『ベーオウルフ』の左舷側砲口に向け突進を開始した。

「了解!奴の脇をすり抜けます。これしか手がありません!」このベルトランの言を受けたルナンは即座に

「全員衝撃に備えろ!」と下令。

 ほぼ同時に『ベーオウルフ』もレールキャノンを発射。それはアサルトボートの先端で赤熱するレーザーブレードを直撃し、猛烈な火の玉と化した舟艇が『ベーオウルフ』の左舷側発射孔に飛び込んだのだった。

 直視も叶わぬまばゆい閃光が発令所内を染め抜き、ミサイル迎撃時とは比べ物にならない強い衝撃が艦を襲った。天地お構いなしの大揺れにルナンらクルーは自分の席から振り落とされないように必死に耐えた。

「被害状況知らせ!」ルナンは周囲に漂う焦げ臭い臭気と煙にむせ返りそうになるのを堪えた。

 発令所に、小規模な火災が発生しスタッフが懸命に消火作業に没頭する中、モニター内の『ベーオウルフ』は発射孔とキャノン本体が装備された左舷全体から爆炎と残骸を吹き上げながら離れていく。それを垣間見たルナンは

「取り舵いっぱぁい!至近距離を保て。まだ一基残っている…。撃たせる隙を与えるな」と指示を発した。

「クレール艦長、左舷側第三区画損傷!周辺各ブロックの気密は確保。被害甚大ひがいじんだい!左舷中央部の外部追加装甲はほぼ喪失」とロイドが被害状況をまとめて報告した。

「兵装区画がダメージを受けた模様。前部発射管は全基損傷。第三、第一砲塔も使用不可につき閉鎖したとの報告あり」と、告げに来たのはアメリア・スナール准尉。ルナンは傍らに立つ親友に  

「人的被害は…?」声を抑えながら問う。

「死者、行方不明併せて一四名。その内三名は一〇代の義勇兵だ……」

 これを聞いたルナンは拳を艦長席のコンソールに叩きつけた。

「これ以上はやらせん!止めを刺す!奴の残った牙も抜いてくれる」ルナンは歯がみしながらアメリアに決意を表してから

「ケイト!ドローン隊に敵艦本体に取り付き、レールキャノンを封じ込めるよう指示してくれ。方法は任せる」と、言った。

 これにケイトが肯きかけた時

「猟犬が対艦ミサイルを発射……いえ、これは⁈」観測員の一人が奇声を上げると同時に全員の視線がモニターに集まった。

 『ベーオウルフ』の真っ平らな船体前半部が潜水艦の弾道ミサイル発射時のように横二列、縦三列合計六基分の発射口が開き、奥から白煙が間欠泉の如く吹き上がっている。そして、オレンジの眩い閃光と同時にデルタ型の飛翔体が飛び出した。

「『スティングレー』!艦上雷撃機まで積んでいるのかよぉ!」アメリアが忌々いまいまし気に怒声を上げる中、ルナンは

「次から次へと……贅沢だな」うっすら口の端を上げて見せた。


 「救援要請だと?」やや怒気を含んだ声色こわねが戦艦『ハンニバル』中央に位置する司令塔最上階の艦橋に響き渡った。

その言を受けた紺色を基調とした詰襟型軍服の女性士官はその声に身動みじろぎ一つせず、メガネの真ん中を指で押し上げつつ

「はい。試験艦艇『モヴィディック』よりのダイレクト通信どした。何でも逆撃を受けて損傷したとの事どすなぁ。どういたしますのん? ゲルダ様」

 ゲルダと呼ばれた指揮官は多くのクルーがひしめく艦橋の前列に居並ぶ監視窓の向こう闇のとばりを彩る星々を眺めつつ

「あの首領は『護衛艦隊なぞ目立ちすぎる。要らぬ世話だ』と息巻いていたが……もう泣きを入れて来たか。海賊上がりのやからが」と、これ見よがしに鼻を鳴らしては、優雅な女性らしい仕草で滑らかに足を組んでみせた。

「小一時間前には『豪勢な土産がある』て大威張りどしたのに、情けない限り。あと一応社長とお呼び下されませ。あれでも我が軍の“外注業者”でっさかいに」黒髪おかっぱ頭の副官は笑みを湛えながら、司令官席に身を委ねる同性の指揮官に寄りそうように歩み寄った。

「距離は?」

「直線距離にて七万キロほど。巡航速度でも二時間弱はかかりますやろう」

「間に合うかな?」女性指揮官は佐官用制帽を脱ぎ、褐色の面持ちを副官に向けた。ウェーブの掛かったダークブラウンの髪が背中まで垂れた。前髪をかき上げながら微笑むと血色の良い唇の端から大きすぎる犬歯が牙のごとくのぞく。

「連中はどうなろうとかましまへんけんど、同乗しているドローン集中制御をつかさどる士官はブライトマン機関直属でおます。あの魔女の身柄は確保しませんと、後でなにかと……」副官はゲルダににじり寄るようにして耳元で囁いた。

「確かに。エルザ・シュペングラーの身柄が自由フランス側に落ちるは少々厄介だな」

 ゲルダは膝上にある制帽のひさしを手でなぞっていたが、やおら顔を上げそれを被り直し

「それに我が養父ちちうえの面子をつぶす訳にも行くまいよ。相分かった。カナン・東雲中尉、全艦緊急発進!」と、落雷のような声量で傍らの日本系女史に下令した。

 副官カナン東雲が伝達するまでも無く、艦橋に詰めるクルーの動きが一斉に慌ただしくなった。

「はっ!第五〇二独立遊撃艦隊出撃いたします。ゲルダ・ウル・ヴァルデス大佐殿、つきましては駿足で名高い麾下きかラングレー艦隊を先行させるがよろしいかと」この助言を受けたゲルダは

「任せる」と、その場で立ち上がった。

 身の丈二メートルに及ばんとする勇壮な体躯。されど四肢は流麗にして優雅。加え女性であっても『雄々おおしい』という言葉に相応しい出で立ちに傍らに佇むカナンは頬を染めた。

 副官の熱い眼差しを受けつつゲルダは朗々たる声量をもって

「戦艦『ハンニバル』発進。全艦我に続け」との号令を発した。


 『ルカン』は傷ついた船体を引き摺るようにして『ベーオウルフ』に肉迫するも、直上からは母艦から発艦した六機の攻撃機が迫って来ていた。

 『スティングレー』アトランティア連邦に正規配備されるデルタ型無尾翼雷撃機。複座型コクピットを持つシャープな機体は遠目に見ればブーメランに見える。その編隊は一度二隻から離れ、攻撃態勢を整え腹に抱えている対艦魚雷を『ルカン』に見舞うべく真上からのダイブを開始した。

「根性見せろよ!ポンコツ」とルナンは愛する艦を激励した。

「アクティヴドローンの三機は今何処にいる?ケイト」アメリアは自分のブースから声を上げるが、ケイトはルナンの側で落ち着いた風情で佇むのみ。やがて彼女はインカムを通して

「マークス。どげんなぁ?」と、ドローン隊リーダーを呼び出した。

「ファントムは撃破した。残った機体は退避軌道に乗って姿を消したよ。問題無い」

「状況、判っちょっんな?」

「すぐ行く。『スティングレー』の六機編隊を撃破しろだろ?少し物足りないがな」

 通信が切れると、ケイトはルナンに微笑み

「有人機なぞ敵じゃなかって事ば見せちゃっで。それとレールキャノン封じるんも彼らに任せちょけばよかとじゃ」

「敵雷撃機接近!ロックされました」悲鳴に近いクルーからの報告が上がる中、ケイトは黙したままモニターを注視している。ルナンもそれに倣って状況を見守った。

 一機の『スティングレー』が機首をこちらに向け、雷撃態勢に入り抱えていた魚雷を放った瞬間だった。目にも止まらぬ速さで黒い塊がその真下を往き過ぎると魚雷はその場で誘爆を起こした。真っ白な閃光に包まれた雷撃機は跡形無く吹き飛んでしまった。

 それを機に、残り五機は編隊を解き散開し始めた。軽くするため魚雷を打ち捨てて回避行動に移るも、一機また一機と高機動、加速度を誇るアクティブドローンに取り付かれては、翼を折られるなどダメージを受け、コクピットその物を脱出艇として打ち出していった。

 発令所内では声を上げる者無く、有人型戦闘艇では実現不可能な俊敏な運動性能を持って次々と敵機を撃破する、カニ型マシーンの猛威に呆然と息を呑んでいた。

「これが……アクティヴ……ドローン」アメリアが呟けば

「博士が味方で良かったよ」と、安井機関長が頭を振った。

「どげんな?こいが次期決戦兵器ん実力じゃ」

「判った。あとは彼らに任せよう。ルカンは猟犬への攻撃に集中!」と、ルナンは言った。

 『ルカン』は敵艦と同航位置に付き左舷側の短距離砲と艦尾側主砲を駆使して、未だ無傷である『ベーオウルフ』右舷側に攻撃を集中させた。負けじと、ベーオウルフ側も応射してくる。

 互いに短距離砲の撃ち合いとなったが、この応戦はルカン側が優位に進めやがて敵艦右舷を沈黙させた。

「頃合いだ。猟犬ならぬ白鯨にもりを打ち込むとしよう。かのエイハヴ船長のように!ベルトラン『ルカン』旋回九〇。奴にこっちの魅惑的な“ケツ”を拝ませてやれ」とルナンは只でさえ意地の悪そうな目付きを一層錐のように研ぎ澄ませる。

「旋回九〇宜路ようそろ。四番、九番スラスター噴射開始!敵艦との相対速度シンクロ率九五」復唱が上がる。

「船尾側係留アンカーを奴に打ち込め!二本ともだぞ。さぁそろそろ仕上げといこうかぁ」ルナンはその場で腕を組み、ギロリと敵艦を睨みつける。

「アンカー射出完了!『ベーオウルフ』の右舷中央に係留成功」と安井技術大尉の報告が上がる。

「ケイト!首尾はどうだ?」

「いま少し……。今、最後ん一機を撃ち落したわ。うちん子たちがよか策を思いつきもした」

「任せるよ。こっちが“ジャンプ”したらついて来いと連絡してくれ」

「……ジャンプ?」ケイトが首を傾げているのを尻目にルナンは次に安井機関長に

「メインエンジンの全力噴射はできるな?」と問うた。

「いつでも。この状態で?まさか!おいおい」と不安げな機関長を無視してルナンは艦内放送用にインカムを操作して

「達すーる!総員耐G姿勢をなせぇ!」と、通達したが、只一人ケイトだけは三機のアクティヴドローンと交信中であったために、それを聞き逃してしまった。

「安井技術大尉、二分後にメインエンジン稼働!カウントダウン開始!」とだけ告げるとまたルナンはシートに体を預けた。


 「さて、『スティングレー』は全機撃墜。しかし、オレは最初の一機だけ。後はお前らの戦果になっちまった……クソッ」

 『ルカン』と『ベーオウルフ』が接近戦を繰り広げる中、ドローン隊のリーダーであるマークスは二隻の直上数キロの宇宙空間にあって、ぶつくさとぼやいていると

「マークス、どうしました? いつもより重そうでしたが?」オスカーが彼のすぐ脇で尋ねた。

「実は、出撃前に整備班長が『これも持っていけ』って腹の中にチャフ弾(電波攪乱弾かくらんだん)を積んでくれたが、収まりが悪い。で?例の物は」

あにょ兄ちゃん、あったぞ!未使用ん魚雷じゃ」ここで三人目のジャンが割って入って来た。彼は雷撃機が散開する時に放棄した魚雷一発を六脚で抱えて来ていた。その姿は海中で運よくボンレスハムの餌に取り付くカニの様であった。

「よかぁ!ならお前はそいつの信管を起動して、あいつの残った砲口にぶっ放せ!」

「ええっ!ボクがやっんぉ?」

「今度は君の番だ。さっきは怖かったんだからな!」オスカーは先刻の発信機曳航を引き合いに出してジャンを急かすも

「あにょ~」彼はぐずり始めた。

「はよせー!安心せぇ。オレとオスカーが奴に取り付き援護すっ!ケイトを守ろごたっじゃろう守りたいんだろう?」長兄に諭されれば弟分もしぶしぶ承諾せざるを得ない。

 マークス、オスカーの二人がロケットを全力噴射させ、『ベーオウルフ』に向けて急降下を開始。その後にジャンが魚雷と共に続いた。


 「そいでよかとじゃ。想像力を駆使してこそ“文明を担う者”なんじゃっで」ケイトはドローン隊トレース用のモニターに映る三つの光点を見ながら呟いた。

「彼らは何を?」艦長席脇に佇むインド系才女にルナンが問えば

「落とし物を持ち主にお届けするつもりなんよ。魚雷じゃ」と、微笑んだ時

「凄いスピードだ。人間なら加速度で失神しちまう」クルーから感嘆の声が上がった。

 モニター内の光点は真っすぐ猟犬の鼻先を目指している事を示していた。

「彼らを援護する。艦尾発射管より最後の魚雷を撃て!照準無し。奴の司令塔あたりで爆散させろ。ペイント弾で嫌がらせだぁ」ルナンは肩を揺らしてはクスクス笑い。

「悪巧みだけは得意なんね。ほんのこて楽しそうじゃこと」ソバカス女が嬉々とするのを呆れ返るケイト。

 艦尾発射管から射出されたTT魚雷は、『ベーオウルフ』の船尾近くにそびえ立つ司令塔付近で爆発して白亜に染められた船体へ真っ赤なペイント弾を惜しみなくばら巻いた。

 ペイント弾を浴びたその姿は傷つき白い表皮を真っ赤な血で染めたクジラその物。

 ちょうどその時、メインエンジン噴射までのカウントダウンが三〇秒を切ったことが艦内放送で告げられた。すぐさま人質事件の時と同じように船内の人工重力場が自動的にカットされた。

「えっ!ちょっと待って」只一人、その場で立ったままでいたケイトの体だけが床面を離れ始めた。 

 三機のドローンが敵艦へ突貫する中、『ルカン』の最後部三基のメインエンジンから膨大な超高熱の奔流が瀑布ばくふの如くにあふれ出し、瞬時に敵艦の右舷側を舐め尽くして行く。ただ、ルカンの船体自体は未だに係留ワイヤーでしっかりと繋がったまま。もしこの空間に空気が満たされていたならば耳をろうする轟音とワイヤーが限界までに引っ張られる“ギリギリ”と軋む音声が聞き取れたであろう。

 これでもかとまばゆい噴射炎が『ベーオウルフ』のステルスシールドを生み出していた白亜の特殊装甲面を焼き続けていく。それが注がれる中心から赤熱化した装甲の一部が剥がれ始めていた。

「見ろ!虹?」その光景を目の当たりにしたマークスが不思議な現象を捉え驚嘆の声をあげた。

「きれいだぁ。ママに見せちゃりたかぁ」ジャンはそう呟きながら自身の微細なチューブアームを駆使して魚雷内部を精査、目標をレールキャノンへと調整させていく。

 噴射炎を浴びた敵艦の船体を中心に大小の波紋を描くようにして円形の光彩が七色に浮かびあがっては拡散を始めていった。

「ステルス性能を有する塗料やら金属の微細な破片が化学反応を起こしているのですよ。超高温のイオン化現象と判別。電磁パルスを含んだ危険なエネルギーの奔流じゃ」とオスカーが科学的な補足説明を二人に示した。


 「これでもうステルスシールドは使い物になるまい!」とルナンは青白き炎に晒されている猟犬の正体、特務巡洋戦艦『ベーオウルフ』の超高温で焼かれていく姿に気炎を上げた。

「ワイヤーカット用意。さぁズラかるぞぉ」続いて各部に通達させるように声を張り上げる。

「ま、待って!」とケイト・シャンブラーの甲高い悲鳴に近い声が付近でするのにルナンは気が付いた。

 彼女はふわふわと発令所の空間を無重量状態で漂っていた。身体の制御が利かずに天井部の方へ流されていく。今ちょうどルナンの頭上に差し掛かかろうとしていた。

 通常、こうした高機動型の原子力エンジンを持つ船舶には、その一次加速が掛かる直前に事故防止のため一旦艦内の補正重力機能が停止される機能が備わっている。当然、訓練を受けた搭乗員なら誰でも了解している事柄なのだが。

「ごめんなさい!」とケイトはタイトスカートの端を押さえながら必死に態勢を立て直そうとするも、上手くいかない。空中でもがけばもがくほど体が思うに任せない。

 あと数秒でワイヤーをカットして『ベーオウルフ』の巨体を台に宇宙空間へジャンプしなければ脱出のチャンスは永久に失われる。また、このままワイヤーを切断すれば今度はケイトの体が艦内で発生する猛烈な加速度で発令所の壁に生身で激突することとなる。大怪我、へたをすれば死亡事故にもなり得る危険を伴うのだ。

 ルナンは咄嗟に艦長席の安全ベルトを外してケイトの体へ跳んだ。そして彼女の腕をつかむと自分の胸元へぐいっと引き寄せて

「天井を蹴るんだ!」と言った。

ケイトは吊り下げ式大型モニターの端を蹴った。二人の体はタイミング良くルナンがケイトを抱きかかえた状態で背中からシートに収まった。

「ワイヤーカットォー!」

ルナンの大音声を受けた安井技術大尉がPCのエンターをタッチ。内蔵された爆薬で強制的に二本の係留策が船体から撤去された。

 その刹那― 係留策で繋ぎ止められていた時を遥かに超える振動と船体各部からの悲鳴に似たきしみ音が、随所に響き渡る。当然ながら、ルナンにはケイトの体重分が加味された猛烈なGが掛かっていく。

 フリゲート艦『ルカン』は放たれた矢の如くに、敵艦『ベーオウルフ』の船体を発射台に虚空へと大ジャンプを敢行した。その跡には真っ赤に赤熱した装甲を晒し、虹のような光彩を放ちつづける血まみれの白鯨のみが虚空の中に取り残された。

 見る見るうちに彼我の距離は開いていく。振動を続ける天井部大型モニター内では右舷側の船腹を赤熱させながらも、未だにスラスターの噴射炎を吐きながら姿勢制御、ただ一門を残すのみとなった右舷側レールキャノンの不気味な砲口をこちらに向けようとしている姿があった。

 その奥からはこれまで仲間の艦艇をくびり殺して来た非情な碧光へきこうが渦を巻き始めていた。そして最終照準を示す青い軸線レーザーが放たれ、それは真っ直ぐ噴射エネルギーと共に去り行く『ルカン』を捉えた。

 すわ、発射かと思われた瞬間、アクティヴドローンのジャンが抱えていたTT魚雷を放ち、それは軸線を誘導ビーコンとして一直線に砲口内に飛び込んだのであった。左舷に続き今度は右舷側のレールキャノンの砲口と長大な右舷船体各所から巨大な白い高熱の火柱が轟然と吹き上がった。

 『ベーオウルフ』が大きく船体を傾げ、いたる所から青白い炎を放ちつつ苦悶に身をよじる姿は断末魔を迎えたリヴァイアサンを彷彿ほうふつとさせた。

 特務巡洋戦艦『ベーオウルフ』は遂に大破しステルスシールドのみならず、必殺のレールキャノンをも永久に失ったのだった。その姿を包むようにして七色の虹が同心円を描いて広がっていった。

 ルナンとケイトは本日二度目の抱き合った姿勢のまま、襲い来る加速度に耐え続けていた。とは言え、ケイトの豊満なバストの間にルナンの顔面が締め付けられている形となっていた。容赦ない加速Gは二人をシート上で羽交い絞めにしたまま、身じろぎもさせない。

 ルナンは息が出来ない苦しさのあまり、ジタバタさせていた両手をケイトのこれまた良く熟れた臀部でんぶを鷲づかみして更に爪を立ててしまった。

「い、いやぁ! ど、どこ触ってるのよぉーだ、だめぇ」とケイトはルナンの体の上で場違いなよがり声をあげつつ、身悶えて今やルナンにとっては凶器と化した二つの乳房を更に激しく押し付けてくる。窒息寸前のルナンはしばらくもがいていたが。

 遂に……落ちた。


ようやく決着のついた戦闘でしたが、もはや満身創痍で打つ手なしのルカンに向けて猟犬の最後の一手が。次回ではまだアクティブドローンに活躍してもらう予定です。

今回の後半では、次回作に登場予定となるルナン・クレール最大の好敵手ゲルダ・ウル・ヴァルデスとその腹心カナン・東雲しののめをチラッと顔見せさせました。今後は火星興亡史に名を連ねる二大女傑ルナンとゲルダ、二人の物語が主題となっていくのです。

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