もののふの星

火星のジャンヌ・ダルク ルナン・クレール伝 Vol.1
梶 一誠
梶 一誠

第七話 アクティブドローン

公開日時: 2021年10月16日(土) 04:56
文字数:8,360

今回は冒頭から名前だけの登場だったアクティブドローンが登場します。三体のマシーンとルナンとの対立を軸に描かれます。

 格納庫は薄暗く、いつも油と何か焦げたような臭気が充満していた。ルナンたちが到着して先ず目に入ったのは、対レーダー波ステルス機能を有す迷彩塗料でコーティングされた、巨大なカニのような機械群の姿だった。

 合計三体。通常なら有人偵察機、船外作業用ポッドなどが装備されるはずの区画には人工知能を搭載した無人機動兵器アクティヴ・ドローンが占拠していた。

 重戦車級のボディから伸びる六本の鉤ツメ付となるがっしりとした脚部。上の部位には、鈍く光るハサミ型アームが一対。さらにその付け根からは、微細な作業に適したマニュピレーターやチューブ式スネークロボット等が装備されていた。

 本物のカニならば泡吹く口にあたる部位に、楕円形をした透明カバーに覆われたカメラ・アイを中心としたセンサー機器類が様々な色のLEDを点滅させている。

 ルナンはこの訓練計画の立案者、次期決戦兵器の開発主任であるケイト・シャンブラー博士の姿を格納庫の中央で発見した。

彼女はドローンらの目に相当する透明キャノピー部とつき合わせに何事か相談しているように見えた。こちらに背を向け、タイトスカートのビジネススーツに腕を組んだ姿勢のまま。

「いいかげんにしてジャン。この船のセンサー類はあなたの言う通信の形跡を感知していないの。あなたは索敵用センサーを集中装備しているから、この付近のノイズを誤認しているんじゃなくて?」とケイトの正面に控えて、微妙にその巨躯を揺すっているドローンの一体に語りかけている。

 よく見てみると、それぞれの役割に応じて、ボディサイドに白、青、赤のラインが設けられているのにルナンは気が付いた。今、ケイトに異状を感知したと訴えているのが、白ラインの『ジャン』と呼ばれる個体。なるほどこの機体にのみ、キャノピー部のわきから第二次世界大戦の夜間戦闘機の機首部に鹿の角の様に細かく枝分かれしたアンテナを装備していた。

「そげん事なかじゃ。ぼくんセンサーは確かにこん周辺に潜んじょるドローンを感知しちょっど。外に出しやんせ。追う払うてやっ」と、ジャンは六本の脚を忙しなく繰り出し、ボディを上下に揺らしていた。

 きれいなボーイソプラノの声音できついお国訛りで喋るマシーン。ルナンは顔をしかめて小声で呟いた。

「フンッ!生意気に人間気取りかよ」

 「母さんを困らせないで欲しいな。皆さん忙しいんですよ」次にケイトの右隣、物分りの良い発言をしたのが青いラインの一体。そいつの方は落ち着いた物腰、優等生のような如才ない語り口だった。

「せからしか! オスカー。送受信すったびに周波数帯を微妙にずらして交互にやり取りを続けちょっど。こん船ん設定範囲外や。おかしかじゃろ?」ジャンが青ラインに食ってかかった。

青ラインが二体目の『オスカー』、直協支援型で機動性の高い奴。となればケイトの左隣に今だ黙したままの赤ラインが『マークス』。攻撃のかなめストライカーであるとルナンは彼らとケイトのやり取りからそう判断した。

 ルナンは赤ラインに目が止まった。三体目は黙ってケイトと他の同類をガードするように、ハサミ型アームに備え付けられているチューブ式カメラだけをしきりに動かし、迷惑顔でたむろして、冷たい視線を送っている整備員の様子などをしきりに窺っているようだ。チューブ式カメラを蛇のようにうごめかせているマークスの動きにもルナンは不快感を覚えた。

 ルナンとアメリアを先導してきた、この区画の責任者であるヤンセン中尉の

「艦長がお見えだ!」大声が格納庫全体に響き渡る。

 厄介なお客を遠巻きにしていた整備班クルー達は一斉にその場で不動の姿勢を取った。

「じゃまをするぞ。各員仕事に戻れ」とルナンは敬礼。クルーを解放してからケイトへと歩みを進めた。

 ケイトは自分のタブレット端末から、ムーア艦長の殉職と後任にルナン・クレール中尉が選抜された事を知り得ていたらしい。彼女は自分の胸元に端末を抱え、後継艦長の前に来ると

「お悔やみを申し上げます……」と、静かに頭を下げた。

 ルナンも先ずは「ありがとうございます」と返礼。二人の雰囲気が穏やかであったのはここまでであった。

 「先ほども言いましたが、この艦隊の置かれた状況をくわしくご説明していただきたいのですが。新任艦長さん?」

 語尾の”艦長さん”をやけに強調してケイトはルナンに迫った。

 逆にルナンは腰に手を置き、居丈高にケイトに

「先ずはこちらの質問に答えていただくのが先決でしょうな」つけ放すように言うや、白ラインのドローン、ジャンの方に顎をしゃくって

「こいつは何が不満だと言うのですか? ホテルのサービスが気に入らないとでも? 海軍の整備兵はあなたがたの給仕ボーイではありませんが」と、言った。

 ケイトもこれまでの様にはいかないと感じ取ったか、言葉を選び始めた。

「この子は『ジャン』といいます。作戦宙域の索敵、電波撹乱を任せていますが、彼が言うにはこの作戦宙域で微弱なレーザー通信の痕跡を感知したと……。『ダ・カール』の際にも拾っていると訴えているのです」

「とは言えこの『ルカン』の監視網は反応していない。重力波と太陽風の相互干渉による電子ノイズの一種を誤認しているのではないのか?」ルナンは更に声高に詰め寄った。

 ケイトは女艦長の高圧的な態度に気圧されて、か細い声で応対するのがやっとの状態になってしまっていた。

 ルナン自身は気付いてはいなかったが、口の端に他人が見れば眉をひそめそうな笑みを浮かべていた。

「艦長だぁ?昨夜のパワハラ中尉じゃないかよ! おい、ママにまた変な事するつもりか!」ママと慕うケイトが権力を笠に着たクソ意地の悪い女中尉に追い詰められていると見て取ったアクティヴ・ドローンのジャンが手狭な格納庫の天井部に届かんばかりに二本のアームを振り上げて抗議。

 ルナンは今にも凶暴な肉食獣のように躍りかかって来そうなマシンクラブの動きにも動揺せず、その碧い目でジャンを睨みつけ

「構わんぞ。そんなに外に出たいなら、あれに載せて射出してやるよ」と彼女は格納庫の船首方向にある気密用の大扉に向って伸びる一本のレール。偵察有人機用射出カタパルトを指差した。

 更にルナンは

「そしたら、二度と帰ってくるなぁ!あの『アイザック』みたいになぁ!」と、ジャンとケイトに向けて叩き付けるようにあるAIの識別名を口にした。

 ケイト、そして三体の人工知能を搭載したドローンはその名を聞くとその場で固まってしまった。特にケイトは体を小刻みに震わせて、自分の豊満な胸でタブレットを潰してしまうかと思われるほど強く抱え込み、目を潤ませ

「何故? その名をご存知なのですか?」ここまで言うなり、ルナンと視線を合わせていられずにその場でしゃがみ込んでしまった。

「先刻、艦長業務を引き継いだ際、情報開示の欄で書見しまして。この件に関しては、あなたよりも、叔母様マリア・シャンブラー博士に関する不祥事でしょうが」

 ルナンは数歩前に出てケイトのしゃがみ込んでいる姿を見下ろす位置まで歩み寄った。

「あの事件をご存じなら……その後に叔母と私がどれほど苦労したのかもお解りでしょう……」

「詳細までは……でしょうなぁ」

「やっとここまで漕ぎつけました。やっと彼ら三人分のボディを手に入れ実用段階までに来るまでに何社のスポンサーと軍関係を説得して来たかも……」

 ケイトは縋りつくようにして、ルナンのパンツ型制服の裾を掴み、涙目で顔を上げた。そんな彼女を後任艦長は少し楽し気にしてこう言ったのだ。

「頓挫しかけたプロジェクトを立て直すために、ケイト……君はどれほど自分の魅力を使ったのかな?」

 ケイトの表情は驚愕と言うより憤怒のために強張り、険しい目をせせら笑う彼女に向けた時だった。

「ルナァァァーン!」

 二人から少し離れた位置でやり取りを見つめていたアメリア・スナールの怒声がルナンの背中に叩き付けられた。振り返ったルナンは、そこに仁王立ちでグレーの瞳を狼のように研ぎ澄ませ、自分を睨みつけている親友の姿を認めた。それでもルナンはひざまずくようにしている才女を下に見る態度を改めようとはしなかった。

「止めろ! ケイト。こんな船俺たちだけで出て行こう。どうせすぐこれも沈む」と、今度は聞き覚えのない、やけに尊大で余裕ぶった声が左隣から聞こえて来た。

「お前が『マークス』か? 赤ライン。この機械仕掛けのバケモノが。『これも沈む』とは聞き捨てならん!」ルナンが声に怒気を含ませ声の主である今まで沈黙を守っていた三体目のドローンの方へ向き直る。

「言ったとおりです、艦長殿! オレは自分の兄弟を信じます。このままだとこの船もさっき吹っ飛んだ奴と同じ運命を辿る確率が高いと推察できますが」と、マークスは自分のカメラ・アイの焦点をルナンに合わせて、ひと際野太い迫力のある声で答えた。

 白のジャンが一〇代、快活な少年風。青のオスカーはそれよりやや年嵩の優等生風。そして赤のマークスは、もう一段低いトーンと有無を言わせない高飛車な物言いをする市井しせいの恐いもの知らず風であった。

 彼らが、これまで培ってきた人間味のある個性なのか、あるいは高度なプログラムを反芻はんすうさせている擬似人格なのかは、ルナンには判別できない。が、個々の機体が特性に応じての声色を駆使して、己が存在をアピールしているのは判る。

 彼女はこの赤ラインに搭載される人工知能マークスが一番の兄貴分と認識して今度はそちらに体を向け、敢然と対峙した。

「何を知っている? そんなにデブリとの遭遇事故に遭う確率が高いのか? 説明してみせろ。マークス君」

「デブリ? 遭遇事故? ”攻撃”を受けているのでは? 何もかも知っているのはあんたじゃないのか? 艦長。どうなんだ」

 ルナンにとってみれば、今一番触れられたくないことを的確に言い当てられ、心中では臓腑をえぐられたかのような衝撃を受けていたが、表面では平静を装いこう切り返すのがやっとだった。

「何を根拠に。不穏当な発言をするな!」

「不穏当? 俺達は人間じゃない。人工知能だ。君らのような見た目や不確定要素の高いイメージに基づく憶測で発言しているんじゃない。全てはデータ、データの蓄積によるディープラーニングによって割り出された確定要素だけが判断基準だ。弟、ジャンの奴が騒いでいるのもこれまでの模擬戦闘中に実際に船外で感知した超短波シグナルで構成された数十回に渡る、何処からの通信を傍受した結果なのさ」

「このフリゲート艦にもそれなりの索敵機能がある。しかし異状は感知されていない!」

「確かに。艦のセンサーも拾っている筈だが、この『ルカン』の艦載AIは設定された予測範囲内でのレーザー通信、レーダー波長以外の痕跡を星間物質と太陽風そして重力波と磁場が生み出すノイズとして削除処理されてしまう。人間に警鐘を鳴らすことができないぞ」

「バカな事を……戯言ざれごとだ!」

「ジャンは嘘なんて言ってない。言えないんだよ! 現実の危機は迫っている。自然現象なんかじゃない。何らかの人為的な脅威が存在しているとの判断なんだ」

 マークスの指摘は的確だった。ルナンは狼狽する心情を露呈ろていしないよう必死に彼の言動を封じようと

「黙れ! サボタージュする気か」と抗弁するものの

「知ったことないね!俺達が大切なのはケイトだ。彼女に危機が迫っている。だから騒いでいるんだよ! 彼女が助かるのなら、こんなフリゲート艦沈もうがどうなろうが、どうでもいい」とマークスも喧嘩腰で切り返す。

 ルナンは今のマークスの言を捉えて、その鋼鉄製マシンクラブを睨みつけたまま

「スナール准尉ケイト・シャンブラー教授の身柄を拘束しろ! コイツの言動に反乱の意図有りと認識する」との命を発した。

 後継艦長身辺警護のため待機していたアメリア・スナール准尉はすぐさま行動に出た。保安部員としては通常なら携行の短銃を抜き拘束対象に迫るのだが、今回はそうせずにケイトの傍でしゃがみこんで、背中に手を置きながら

「大丈夫。乱暴な扱いはしないから。わたしの傍にいればいいわ」と、優しく立つように促した。

「やってみろ! ケイトに触るなぁー。お前ら”アクティヴモード”起動! 立てぇ!」

 マークスは、ケイトには何人たりとも近づけまいと、他の二体ジャンとマークスに状況開始の指示を出した。三体のアクティヴ・ドローンは味方の艦艇内において戦闘モードに移行。それぞれが六本の脚部を繰り出して、折り畳んでいた二本のアームをその重戦車級のボディから踊り出させた。そして彼らのカメラ・アイはレーザー照準用の赤い広範囲な光をルナンに浴びせている。

 格納庫内に緊張が走った。

 突然の事態に慌てたヤンセン中尉は傍にいた部下に

「応援を呼べ! 武器庫に行って対戦車ライフルを持ってこい! 徹甲弾装備! 艦内戦闘だ! 艦長危険です。下がって」と矢継ぎ早に対応策を指示する。

 ルナンはそんなヤンセンに落ち着き払い、片手を彼のほうにかざして制した。そしてゆっくり後ろに下がるのではなく天井部まで届きそうな巨躯を揺らして挑みかかろうとしているドローン、マークスの前に歩みを進め

「狙い通りだ。バカ野郎」と言い放ち、ずる賢そうな笑みを浮かべ余裕の態で彼の前に立ちはだかった。

「お前こそやってみろ。こっちは生身で何も持っちゃいない。自慢のアームを一振りすればオレなんざ即死だ! 遠慮はいらんぜ。どうしたぁ?」

 ルナンはマークスのざっと二メートル前で腰に手を当てた姿勢のまま。もちろんその位置から彼が機体を駆使すれば人間一人、吹っ飛ばすくらい容易いことだが微動だにしなかった。

「動けないよな? マークス、今君の視覚範囲のモニター上にはどんな表示が出ている?『危険・非常停止』の文字が出ているんじゃないか?」

 無言のマークスにルナンは勝ち誇ったように語り掛ける。

「そうだろう。君が今搭載されているボディ自体は、スサノオ連合皇国に本社を構える八嶋重工製の小惑星改造用大型削岩ロボットCX‐一〇〇がベースだ。『ロボット』とは古風だねぇ。今はドローンと言う呼び方が定着しているが」ルナンはフリーズ状態のマークスの前でほくそ笑む。

「オレもね、ずっと士官様だけやってきた訳じゃないんだ。一〇代の頃から家が貧乏で通える学校と言ったら軍管轄の兵役訓練校しかなかった。そこじゃ午前は授業。午後は敷地内の工場で奉仕活動だ。いつも夜遅くまで残業さ」

 マークスはレーザー照準のライトだけを標的とした小柄な女性士官の頭から足先までトレースするのみだった。

「男性工員に混じって溶接工程の仕事を任されていた。君らのボディを構成する骨格パーツやら自動ロボットが作業した後工程で、補修と検査に毎日精をだしていたものさ」かく言うルナンにケイトがアメリアから離れて背後からゆっくり近づいて

「クレール艦長、何をする気ですか?」と恐る恐る尋ねた。彼女にはルナンがこの後、マークスに何をしようとしているか感づき始めていたのだ。

 ルナンはケイトを無視して更に続ける。

「その時分の経験からだな、人間と機械が同時に活動するところで機械の方がふいな動きをすれば人間は必ず怪我をする。だから、こういう大型自動機械には人間が接近すると自動的にセンサーが稼動して非常停止をとるようにセッティングされている。何処の連邦企業だって同じさ。重機群の基本プログラムには人が稼働範囲内二、三メートルに近づけば非常停止モードに入るよう設定されている。例外は無い」

 ルナンは二、三歩前へ出て

「これはな人間世界に”工業”が浸透し始めた二〇世紀の中盤辺りからつちかわれてきた安全に作業するための人間の知恵なんだぜ」

 ルナンは余裕綽々でマークスの前で両手を後ろ手に組み、ニヤつく。

「さて、マークス。君は今、非常停止の処置を解放して、コントロールを取り戻そうとしているね?無駄だ!一度そうなったら人間側が君のボディに装備されている手動式スイッチでリセットするしか方法が無い。脳が働いていても、体との神経回路が遮断されているのと同じなんだよ。こういう事ってさ、実際現場で仕事してないと判らないものさ。それともう一つ聞こう。オレがこのままの状態で君に触れてしまったらどうなる?」と、ルナンはもう、目と鼻の先ぐらいにまで体をマークスの鋼鉄の体に触れんばかりの位置に近づいて来ていた。

「非常停止から緊急停止モードへ移行する……。」ここで初めてマークスは感情を抑えた声色で事務的に返答した。

「その通り。そして君は人が卒倒する時みたいにこの場で、全ての電源が落ちて崩れ落ちる。そしたら君のCPUメモリーはどうなるね?」

「バカにするな!当然バックアップされる。何一つ傷つかないし、失うものなど無いはず……」マークスはルナンに詰め寄られて応えてはいるが最後のほうは歯切れがわるくなった。

「最初はな! だが自分で電源を復帰できないぜ。お前の体内に内蔵されているプロトンバッテリーの持続性も永遠ではない!それにだ……」

「一度、緊急停止状態になってしまったら、復旧は困難です。最悪、艦内の設備では復旧作業が出来ずに最寄りの船渠ドックでオーヴァーホールの可能性もあります」ルナンの言葉を遮ってケイトがドローンと彼女の間に入ってきた。ケイトはすがるようにルナンへとにじり寄った。

「そうなれば、マークスの中枢神経に当たる”コアシェル”を取り外さねばならなくなります。その際、何か不具合が生じればテラバイト級のメモリーがロストするか見等もつきません! 危険な外科手術を人間の脳幹に施すのと変わりないんです。お願いですから……」とケイトはルナンの前で頭を深々と下げた。

 ルナンはこの彼女の言動を前にしてもなお、マークスから視線を外さずに

「ここ二、三日の模擬戦闘記録はオレにとっちゃ都合が悪い。いっそタッチして強制的にディレートしちまうか!ゴタゴタぬかす土建屋の重機共を三機とも黙らせて、帰港するまでここで放置しておくのも良い手だと思っているんだ」

 ルナンは更にここの段階になっても、底意地の悪い笑みを口の端に乗せている。傍目に困りきっているケイトの姿を捉えつつ。そして遂に、マークスの透明キャノピーで保護されているセンサーが集中している部位を触ろうと手を伸ばした。

「止めて! 家族なのよ! 私と叔母と他の子供たちとで暮らしながら経験値を上げてきたんです! 消さないでぇ家族の記録までは……お願いだからぁ」と、ケイトはルナンの腰に抱き付き泣いて許しを乞うた。彼女が抱えていたタブレット端末が床に落ちて、乾いた音だけが格納庫内に響いた。

「もうやめろ!ルナン。見るに耐えんぞぉ」執拗にケイトを追い詰めるルナンの姿に嫌悪感を覚えたのかアメリアの怒号が庫内に響き渡った後その場を離れ、艦内エレヴェーターの方に歩み始める足音がルナンの耳に。 

「ほら見ろ!お前らが悶着を起こすから、君らのママが泣いちゃったじゃないか」

 ルナンはマークスから距離を取り、自分の腰に取りついているケイトの頭を撫でながら、勝ち誇った顔で三体のドローンを見上げた。そしてケイトに立つように促してから

「教授、お子様達のしつけはしっかりお願いしたいですね。了解です。緊急停止処置は見合わせます」と言った。

 「ありがとうございます」泣きじゃくるケイトに向って、ルナンは今一度厳しい表情で

「覚えておいていただこう! 状況の推移によっては彼らアクティヴ・ドローンの出動もありうる。勘違いしないで戴きたいのだが、これは協力要請ではない。命令であるとご理解されたい。では、彼らによく言い含めておいて下さい。ヤンセン、後は頼む。発令所に戻る。ドローン共をいつでも出られるようにセッティングしておけ」そう言うなり踵を返して、もと来たエレヴェーターに向った。

 その途上一度ケイトの方を振り返ると、彼女の周囲に整備班の女性クルーが数名集まり彼女を気遣っている。そして、その内の一人が明らかに、声には出さない口の動きで自分に向って”このクソ野郎”と批難を込めた視線を投げかけて来ているのが目に入った。

 ルナンはしばし、その女性スタッフを見つめていたが、とがめようとはせずに、また来た道を足早に辿った。

 エレヴェーターではアメリアが扉を開放状態にして待っていた。ルナンが乗り組み扉が閉まると、二人きりになった。その途端、上背のあるアメリアがルナンの胸倉をつかみ

「傍で見ていても腹が立つ! ああいう対応しかできなかったのか?」と、ケイトに対する侮辱的な扱いに言及。手荒く詰めよって来た。

「何とでも言え!オレの指揮下になった以上、特別扱いはナシって事だ!」

「お前これがらの態度によってはオレ達の付ぎ合いも考えさせでもらうからな!」ルナンは無言で彼女の手を振りほどいた。

 この言葉を最後に発令所に着くまで二人の間に気まずい沈黙が流れた。


第七話でした。指揮権を継承したルナンは無理に自己の権威を示さんとしたか、これまで艦内でお客様扱いであったケイトに高圧的な態度をとってしまいます。そしてケイトには人には知られたくない過去があるようです。ルナンの言う『アイザック』とは何者なのか?次回はその辺りを中心に展開する予定です。そして益々孤立を深めていく主人公には更なる試練が。

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

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