殺し屋は忘れた頃にやってくる

名もなきG
名もなきG

初仕事

公開日時: 2020年11月11日(水) 18:00
文字数:2,038

 外から見ても思ったが、店内はやはり想像以上に広かった。中央にDJ用のブースがあり、それを囲むようにダンスフロアになっていた。そして、店内の外縁にそれぞれテーブルが設置してあり、食事ができるようになっている。店内は既に人でいっぱいになっていて、ダンスミュージックが大音量で流れていた。


 しばらくテーブルの間を縫うように歩いていると、ブライアンの視線の先に目標はいた。頭のてっぺんが剥げていて、小太りの白人、”ファット”だ。ファットは女を侍らせながら、店の奥のテーブルに座った。


 そして、自分たちもファットのいるテーブルがギリギリ見える所のテーブルに座った。そこで、殺し屋と悟られないように、ウェイターからメニューを受け取り、ビールを注文しようとすると、


「水でいい」

 

 とブライアンに遮られた。ウェイターが「では、他にご注文は?」と言おうとしたが、ブライアンはサングラスを下にずらし、ウェイターをにらみつけた。すると、ウェイターは「ごゆっくり」とだけ言って、少しおずおずとしながら立ち去ってしまう。


「どうして何も注文しないんです?」


 目標に気づかれないように自分なりに気を利かせたつもりだった。ブライアンは少し呆れた顔をした後、


「俺たちは今から仕事をするんだ。オフィスワーカーだって、仕事をするときに酒は飲まない」

 

 とだけ言った。



・・・



 その後、しばらく水をすすりながら、ブライアンが動くのを待った。ダンスフロアでは、若者たちがDJの演奏する音楽に合わせて踊っている。そして、目標のファットは女たちと話しながら下品な笑みを浮かべている。途中で「どうしてもお腹がすいた」とブライアンに言うと、フライドポテトだけ注文するのを許された。


 目標を観察しながら、自分のポテトはいつ来るだろうとウェイターが厨房とホールを行き来するのを見ていると、ようやくフライドポテトを片手に持ったウェイターが現れた。と同時にブライアンが、


「おい、こっちを見ろ! ファットに男が話しかけている」


 と言った。ファットの方を見ると、ニット帽をかぶった若い男がファットに声をかけていた。すると、ファットは「少し離れる」とでもいうかのように同じテーブルの女性たちに話しかけ、近くに置いていた手持ちカバンを手に取ると、ニット帽の男と一緒に席を離れた。


 ブライアンが「行くぞ」とだけ言って、席を立ちあがったのでポテトのことが惜しまれつつも、俺も席を立った。


 ファットたちを後ろからつけていくと、彼らは店の奥の細い廊下を進んで行った。そして廊下の奥にあるドアを開け彼らは入っていく。扉の標記を見るとどうやら彼らが入っていったのは手洗い場のようだ。ブライアンと俺は彼らの後に続いてその中に入った。


 中に入ると、ファットは手持ちカバンから何かを出そうとしていた。一方で客と見られる男はしわしわの紙幣をビラビラと振っている。それを見て、


「おい、ファット! 閉店の時間だぞ!」


 とブライアンが大声で言うと、ファットも客もこちらの方を向いた。その瞬間ファットの表情が一気に青ざめる。客の男の方はこちらに向かって、ガンを飛ばしてきたが、ブライアンがコートのポケットから銃を取り出し、「失せろ」と言うと、黙って手洗い場から出ていった。


 客の男が出ていくのを見届けてから、ブライアンは続ける。


「ファット、お前には前回忠告していたはずだ。勝手な商売をするな、とな。それが、1年もたたずに再開するとは……なめられたもんだなあ!」

 

 すると、ファットは怯えた声で「誤解だぁ……」と言った。ファットの顔は先ほどテーブルから観察していた時には想像もできないほど情けない顔になっていた。ブライアンは銃口をかばんに向けながら言った。


「じゃあ、そのかばんの中身はなんだ?」


「何でもない、ただのかばんでぇ……」


「じゃあ、かばんの中身を全部床にぶちまけろ!」


 そうブライアンに言われると、ファットはかばんを抱えて、沈黙した。しばらくその様子を見ていたが、埒が明かないと思ったのかブライアンは、俺に「奴のかばんをひったくれ!」と命令してきた。


 首を縦に振り了解の意を伝えると、ファットに近づき奴のかばんを無理矢理ひったくった。そして、かばんを裏返すと、財布やその他小物と一緒にビニール製の袋に小分けされた白い粉が出てきた。ブライアンは袋の一つを床から拾うと、


「前回、お前はその腹の中に隠してたからな。今回も吐き出させるのは面倒だし、気持ち悪い。だが、取引の直前ならそんなグロいことをしなくて済む」


 と言った。すると、ファットは声を震わせながら、


「頼む! もう一度だけチャンスを……頼む! 許してくれぇ……」


 と懇願し始めた。ブライアンは銃を持ちながら、ファットに近づき、


「チャンスは2度はやってこない。前回そう言っただろ?」


 とファットに耳元で囁くように言った。すると、ファットは顔を上げ、情けない顔をさらしながら、大声で助けを呼ぼうとする。だが、その声が口から外に出るより早く、一発の銃声が手洗い場に響いた。

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