話し合いでは解決しそうにないが、一応こちらの意向を伝えておこう。
どうか娘に気付かないでくれよ。
「私は今日、結婚式を挙げました。他の方に嫁ぐ気はありません。妹さんが大事なら、貴方達の手で救出すれば良いのでは? 世に名高い戦闘民族でしょう」
ケスラーの民といえば獣人に優るとも劣らない一族だ。
エルフとは親交がなく詳しい生態が分からないが、人族とは違い特殊能力があると聞く。
「私の一族はいきなり増えた魔物と交戦し皆、体に深い傷を負っている。現在、救出に行けるのはここにいる者が全てだ。それでは助ける事が出来ぬ」
魔物が増えたなら、アシュカナ帝国に呪具を設置されたんだろう。
たった10名しか動ける者がいないとは……。
余程、強い魔物が呪具の範囲に入ったのか?
そもそも、ケスラーの民は何人いるのか分からない。
最低でも1,000人くらいは、いそうなものだが……。
男性は俺に目を合わせ、徐に両膝を突いた。
「どうか私と一緒に来てほしい」
目の前の彼は正直に事情を話し、お願いする姿勢を見せているが合意するのは難しい。
男性の妹と引き換えに、俺の娘が9番目の妻にされるのではな。
「それは無理ね」
「そうだろうな……」
答えは分かっていたんだろう。
彼は即座に立ち上がると、俺の手を掴み逃げられないようにする。
王女の俺が拘束されたので、爺が大激怒した。
「儂の花嫁を強引に連れ去る心算か!」
「私に選択の余地はない。丁寧にお願いしても頷かないなら、無理にでも攫うのみ!」
武力行使も辞さない構えを見せた。
あ~、どうするかな。
元々、帝国に乗り込む予定だったし、俺が連れ去られる分には問題ないんだが……。
あまり危機感を覚えず呑気に囚われていると、仲間の1人が男性に耳打ちする。
すると突然解放された。
「花嫁衣装を着ているから、そなたが対象の人物だと思っていたが……。王が望んでいるのは10代の少女であった」
ちっ、偽花嫁だとバレたか。
余計な事を!
娘が危険だと判断したガーグ老が、「ゼン!」と息子の名を鋭く呼ぶ。
それまで隠形していた『万象』達が、黒装束に身を包み姿を現した。
メンバーも、ゆっくりと娘の近くに移動を始める。
ただ、その動きで居場所に気付かれたらしい。
「そこか! 火の精霊よ、隠された者を炙りだせ!」
精霊を信仰してるのか! 彼の言葉で火の精霊が出現する。
全身を炎に包まれた大柄のイフリートだ。
その姿は、冒険者達の目に映ってないだろう。
見えているのは、精霊を信仰しているエルフとケスラーの民にドワーフのシュウゲンさんのみ。
あぁ、記憶はなくとも娘には見えている可能性があるな……。
『そりゃ無理だ。6人の精霊王の加護を受けている人物の結界は破れない』
イフリートは、娘の方に視線を送り男性の指示を却下する。
『はっ? 6人の精霊王の加護だと!? そんな話は聞いてないぞ!』
俺も知らなかったんだが!? あの守護石は、6人の精霊王が加護を与えた物なのか……。
うちの娘は本当に凄いな。
世界樹の精霊王以外に5人の精霊王とは、巫女姫はかなり大切にされているらしい。
娘の部屋にあったベッドの柱を思い出し、四属性の精霊王は確実だと考える。
残りの1人は誰だ?
『お前が連れ去ろうとしている人物は巫女姫だ。諦めろ』
『……帝国の王は命が惜しくないのか? 巫女姫を9番目の妻にしようとは、愚かにも程がある。エルフと協定を結んでいる獣人達が黙ってはおらんだろう。それにしても参ったな……。相手が至高の存在であるなら、うちの一族も手は出せない』
両者は精霊語で会話をしているため、記憶のない娘は内容が分からないだろう。
イフリートは出現した時と同様、忽然と消えた。
姿を消す寸前、娘に対し投げキッスを送っていたのは何故なんだ?
ティーナは、この精霊と知り合いだったのか?
「大変失礼致しました。私は事情を把握していなかったようです。こうなったら、一族総出で妹を救出に向かう他ありません。ご迷惑をおかけし申し訳ありませんでした」
攫う相手が巫女姫だと知り、男性の態度が急に改まる。
話を聞いていたケスラーの民全員が、深々と頭を下げ謝罪した。
この一族も、巫女姫の恩恵に与りたいのか。
ケスラーの民は魔力量が少ないのかも知れないな。
「あ~、代わりに俺を連れていくといい。ちょっと、こちらの事情もあるしな」
まぁ、娘を諦めるなら丁度いい。
帝国に乗る込む理由が出来た。
「いや、別人を連れていくわけには……」
「初見じゃ分からないだろう。問題ねぇよ」
ヒルダの容姿は自慢じゃないが、非常に美しい。
王に相対するまでは誤魔化せるだろう……多分。
「ちょっくら、アシュカナ帝国へ行ってくる。響、お前も来るよな?」
「はぁ……仕方ない。一緒に行ってやるよ」
予定通り誘拐された俺達は、ケスラーの民が使役する麒麟に騎乗し空へ飛びあがった。
ポチとタマが俺の両肩へ止まると、案の定ガーグ老達影衆がガルムに乗り後を追いかけてくる。
これで、こちらの戦力は従魔が7匹、ケスラーの民が10人、俺達が12人。
麒麟は戦力に数えていいものだろうか?
そんな事を考えていると、飛翔魔法を使用したセイさんがやってきた。
「私も加勢致します」
「えっ!? アシュカナ帝国は別大陸にあるんだぞ? かなり移動に時間が掛かるから、戻った方がいいと思うよ」
実際はポチとタマを風竜に変態させ移動するし、エルフの王女だとバレる訳にはいかない。
アシュカナ帝国へ到着したら守護精霊を呼び出す必要もあるため、セイさんがいると困るのだ。
「いいえ、ご主人様の敵は排除する必要があります。私が竜の本体に戻りましょう」
「聖! 記憶が戻っていたのか?」
響がセイさんの言葉に驚き声を上げる。
「ええ、世界樹の精霊王へは内緒にして下さい。記憶があった方が守り易いですから。ヒルダ様、私はあなたの娘に育ててもらいました。恩に報いるため、どうか同行を許して下さい」
真摯な眼差しを受け、俺は許可を出した。
「じゃあ、よろしく頼む」
しかし、記憶が戻っていたとは驚きだ。
前に問い詰めた時は上手く騙されたなぁ。
そんな遣り取りをしている間に、ガーグ老達が追いついた。
「姫様! たったこれだけの人数で、アシュカナ帝国へ行かれる心算か!」
「爺、大声を出さないで。ケスラーの民を治療しましょう。私、光魔法も習得したのよ」
「それなら、私に任せて下さい。生きている限り、身体欠損も再生出来ます」
あぁ、セイさんは聖竜だったな。
聖魔法のエクストラヒールが使えるのか。
「まぁ、頼もしいわね。よろしくお願いします」
動けない怪我人を治療すれば、戦闘集団の出来上がりだ。
「それは、是非ともお願いしたい!」
会話を聞いていた男性が、俺の手を握り懇願する。
その手をパシリとガーグ老が叩き落とす。
「儂の嫁に手を触れるでない」
言いながら腰を抱き寄せ麒麟の上から、ガルムへと俺の体を移した。
えっ、その演技まだ続ける必要があるの? 本当の夫である響が苦笑していた。
ポイントを押して下さった方、ブックマークを登録して下さった方、作品を応援して下さった方。
読んで下さる全ての皆様、ありがとうございます。
応援して下さる皆様がいて、大変励みになっています。
これからもよろしくお願いします。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!