今までハーフエルフの人を何人も見てきたけど、この美しい女性はきっと生粋のエルフだ。
ギルドマスターであるオリビアさんや、ヒューさん、御者を依頼した3人の冒険者とは明確な違いがある。
呼び止められたのは、エルフの血を引くリーシャの容姿が理由だろうか?
少し、嫌な予感がするなぁ。
ハンフリー公爵令嬢だとバレなきゃいいけど……。
宮廷魔術師の女性に声を掛けられ、無視する訳にはいかない奏伯父さんは立ち止まった。
私と茜もそれに倣い足を止める。
「どのようなご用件でしょうか?」
伯父さんは、にこやかに返事をした。
「貴方のお連れになっている少女は、どこの方かしら? 私の知り合いに、とても似ているのです」
凛として張りのある声で言い、私の方を見つめる。
宮廷魔術師というより、騎士のような佇まいの女性だった。
あぁやっぱり、リーシャの容姿に目を付けられたのか……。
でも、その質問に答えるのは非常に拙い。
ハンフリー公爵とは、縁を切ったと知っている奏伯父さんが答えに詰まる。
どう話すのかハラハラしていると、突然風が吹き近くの木が大きく揺れた。
木の下に一瞬だけ妖精さんの姿が見えたかと思うと、ヒラリと女性の手に1枚の羊皮紙が収まる。
何もない場所から羊皮紙が現れた事に驚きもせず、女性は内容を確認しているようだ。
その手が震えている。
一体、何が書かれているんだろう? 妖精さんと知り合いだったのかしら?
読み終わった羊皮紙を、後ろに控えていた仲間の女性達へ渡していた。
10人程を従え歩いていた、この女性がリーダーなのだろうか?
全員が綺麗な容姿をしているので、こちらもエルフの人達よね?
声を掛けてきた女性が、目に涙を浮かべ近付いてくる。
そして、私の両手を恭しく押し戴くと両膝を着いて首を垂れた。
ガーグ老の息子さん達のような礼をされ驚いてしまう。
私は慌てて、女性を立ち上がらせた。
けれど、後に続く10人の宮廷魔術師までもが同じ仕草をする。
「……生きておられたのですね、ティーナ様。姫様に良く似ておいでです」
あ~、これは第二王妃だったヒルダ様の関係者かぁ。
エルフは長命な種族だから、300年前に亡くなった姫様を知っている人物が生きていても不思議じゃない。
「あの、私の名前は沙良です。どなたかとお間違えのようですが、別人ですよ?」
「あぁ、いえ……失礼しました。そうですわね、今はまだそのように……」
気になる言葉を残し、女性はお付きの女性達へ立ち上がるよう声を掛けた。
そして先程、大きく揺れた木へ鋭い視線を向けると、
「伝言を! ガーグ老、よもや私に何も言わずにおくとは……。直ぐに会いに行きますから、覚悟なさってお待ち下さい」
よく通る声で、ガーグ老への言葉を伝えている。
それを聞いた妖精さんは、木の枝をバサバサと揺らし答えていた。
どうやら2人は知り合いらしい。
そして、何やら不穏な内容の伝言だ。
私達の遣り取りに口を挟まず傍観していた奏伯父さんと茜は、何が何だか分からないという顔をしていた。
私は何度も似たような事があったので、勘違いされるのには慣れている。
武器屋のバールさんとシュウゲンさんにも、ヒルダさんと間違えられたしね。
そんなに似ていると言われると気になるなぁ。
王都で誘拐された時、屋敷にあった肖像画は確かに似ていたけど……。
「急いで職を辞さねば……。サラ……様、いずれまたお会いします。その時は……も一緒に」
女性はそう告げると一礼し、足早にその場から去っていった。
お付きの女性達は、何度も私の方を振り返り名残惜し気な様子を見せる。
宮廷魔術師の一団がいなくなった後、奏伯父さんが詰めていた息を大きく吐き出した。
「おっかない女性だな。あれは相当Lvが高いぞ。この国の宮廷魔術師のトップは、武術にも精通している必要があるのかね。沙良ちゃん、驚いただろう。大丈夫か?」
心配そうに言われて、こくりと頷く。
害があるような感じはしない。
何か大切な人を見るような目だった。
「姉さん。今の姿は、それほど過去の第二王妃に似てるのか?」
茜に問われ、私は半信半疑で答えを返す。
「多分ね~。彼女を知っている人物からは、大抵間違えられるから」
「よし、早く王族の肖像画を見に行こう!」
奏伯父さんは確認したくて仕方ないらしい。
肖像画が飾られている建物のある回廊に向かい、私達を急き立てた。
30分くらい歩くと目的の場所に到着する。
その建物は貴族のサロンも兼ねており、幾つもの部屋に分かれているそうだ。
廊下に、歴代の王族の肖像画が飾られていると言う。
奏伯父さんの案内に従い中に入り、重厚な絨毯が敷かれた廊下を歩いていく。
最初に飾られているのは、現在の王とその王妃に王子達。
乙女ゲームの攻略対象である王子の顔を見ようと立ち止まる。
主人公になった雫ちゃんのお母さんが、シナリオ通りなら婚約していた相手だ。
王子は2人で顔立ちが良く似ていた。
年齢差が感じられないから、もしかして双子なの?
雫ちゃんのお母さんに、そんな話は聞いてなかったけど……。
「伯父さん。2人の王子は双子だったりする?」
「あぁ、1人は確か他国に留学していたな。今は帰国して王宮内にいるだろう」
自国の魔法学校に通わず留学していたようだ。
納得し廊下の先に進む。
奥になる程、王族の代が過去になっていく。
そして、お目当ての肖像画の前に立った。
王の名はロッセル・カーランド。
エルフの第二王妃を迎え、その在位は最長であったと聞く。
そして第二王妃の名はヒルダ。
精悍な顔付きで鍛え上げられた王の隣にある筈の第二王妃の肖像画は、その名前だけを残し消えていた。
第一王妃は第二王妃へ毒を盛り斬首になったそうだから、ここに飾られていないのは分かる。
だけど、第二王妃の肖像画がないのは何故?
「嘘だろ!? 王族の肖像画だぞ! 誰が持ち出したんだ?」
奏伯父さんが驚き、大きな声を上げた。
という事は、普段はちゃんと第二王妃の肖像画が飾られていたんだろう。
「王宮警備をしている騎士はいるか!」
伯父さんの声に、近くにいた騎士達が集まってきた。
「フィンレイ伯爵。どうされましたか?」
「第二王妃の肖像画が消えている。警備責任者は誰だ!」
「何とっ!? そのような事…」
問われた内容に否定の言葉を口にしようとした騎士が、指を差された廊下の壁へと視線を向け驚愕に目を瞠る。
「馬鹿な! 今朝、見回りをした時は何も異常がなかったのに……。フィンレイ伯爵、申し訳ありません。急ぎ上司を呼んで参ります」
事態を把握した騎士達が、笛を鳴らし何かを知らせているようだ。
程なくして、老齢の騎士が急ぎ足で駆け付けてきた。
建物内にいた貴族達も、騎士達の物々しい雰囲気を感じ騒めいている。
「連絡をもらい、来てみたが……。本当に第二王妃の肖像画が消えておるではないか。これは一体、どうした事じゃ! お主らは、何をやっておった!」
激高する老騎士へ、奏伯父さんは静かな声で話し出す。
「持ち出した犯人の確保が最優先だ。早急に、王宮を封鎖しろ。そして陛下へ報告をする必要がある」
「はっ! 陛下への報告は私から致しましょう。お主らは不審人物を探せ。よいか、誰も王宮から出すでないぞ!」
どうやら、急に厳戒態勢が敷かれるみたい。
これ、私達も王宮から出られなくなったんじゃ?
父達と冒険者ギルドで待ち合わせをしているんだけど、どうしよう?
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