そうしてヒルダちゃんが顔を見せぬまま数年が過ぎた。
子育てで忙しく手が離せないのだろうと思い、のんびり待つ事にする。
エルフもドワーフも長命な種族だから、人間と違って時間はあまりあるほどじゃ。
百年単位で待つのも苦にならん。
店はバールに任せておるので、儂は旅に出て黒曜と共に西大陸中の国を回った。
その中でも興味深いのは、青龍が加護を与えているエンハルト王国だった。
ドワーフの国は火竜の加護を受けていたが、人間の国でも竜が加護を与える事があるのか……。
しかも、竜と龍では姿が違いそうなものだ。
呼び名が異なる理由は何であろう? 青龍と言えば四神を思い出すが方角が合っておらぬ。
東大陸に居るのなら分かるが、西大陸では守護にならんだろう。
国中に水路が張り巡らされたエンハルト王国は、豊富な水源があるようで住民達の姿が清潔に保たれている。
この国の宿では風呂があると聞き、温泉を期待したが、それは残念ながらなかったようじゃ。
特産品の碧水晶をお土産に購入して、エンハルト王国を出ようとしたところ呼び止められた。
「あのぅ、そこの旅の御方」
はて、他国に知り合いなぞおらんがと思い振り返ると、竪琴を持ちマントを着ていても分かるくらい胸の膨らんだ若い女性が目に入る。
ついつい視線を向けてしまうほど大きく、目が釘付けになった。
そんな儂に気付いた黒曜が不機嫌になり、尻尾でバシバシ尻を叩いてくる。
おおっ、そんなに怒るな。
「何か用かの?」
「突然、声を掛けて失礼しました。私は国を回る吟遊詩人です。よろしければ、お話を聞かせてもらえませんか?」
吟遊詩人とな? それは酒場で物語を歌い、生計を立てている者か?
まぁ急ぐ用事があるわけじゃなし、少しばかりこの女性に時間を割いてもいいだろう。
「大した話は出来んが、それでも構わんかの?」
「はい、他国の話を聞ける機会はそうありませんので……」
場所を変えましょうと言われ、案内されたのは酒場だった。
女性に声を掛けられてから、ずっと機嫌の悪い黒曜を店の前に待たせ、2人で中に入る。
酒とつまみを注文し喉を潤してから、女性が口を開いた。
「立派な騎獣をお持ちですね。西大陸の国々を旅していらっしゃるのですか?」
「今はそうじゃの。暇な老人ゆえ、あちこちを見て回っておる」
「それは楽しそうですね。では、カルドサリ王国にも行かれた事がありますか?」
「ああ、その国には長い間いたな」
「でしたらエルフの第二王妃様を、ご存じですか?」
エルフの王女が嫁いだ事は他国にも知れ渡っているのか、女性が目をキラキラさせ期待した眼差しで見つめてくる。
カルドサリ王国の話は、客から要望が多いらしいな。
久し振りに酒を飲み、若い女性と話すのが楽しくて口が軽くなる。
気付けば、乞われるままに第二王妃の話をしておった。
夫である国王を親友と呼んでいる事や噂で聞いた、お忍びで酒場に繰り出し酌婦の胸元に気前よく金貨を入れていた事を……。
いつもより酔いが早く酔いが回り、ふわふわと気持ちいい酩酊感が続く。
あらかた話を終え2人で店を出ると、腕を引かれ目配せされる。
「少し、酔ってしまいました」
これは……、話のお礼に大人の時間を過ごそうという合図だな。
「では、宿まで送ろう」
そのまま送り狼になろうとして足を踏み出した瞬間、酒場の前で待ち構えていた黒曜に思い切り尻をガブリと噛みつかれた!
「ぎゃっ! こら、痛いではないか!」
離してくれるよう懇願しても、黒曜は尻に噛みついたまま動かず首を横に振る。
せっかくの機会だというに……。
儂は涙目になりながら送って行けぬ事を詫び、その姿を見送った。
女性が見えなくなる頃、漸く黒曜は尻から離れてくれたが……。
こりゃ噛み痕が残っていそうじゃ。
どうも黒曜は儂が女性と親しくなるのが嫌らしい。
雌だけに嫉妬でもしておるのかの?
ドワーフに転生してから不思議と性欲が減ったので、そこまで困りはせんが……。
偶には発散したと思うのも嘘ではない。
出立を1日遅らせ宿に泊まり、服を脱いで尻を確認すると血が滲んでいた。
持っているポーションを飲むと、噛み痕が綺麗になくなり痛みも消える。
値段は高いがすぐに効果が表れるので、病院のない異世界では必需品だろう。
一体、どのように作っておるのかの……。
その後も他国を巡りながら、実家とバールの店を行き来して150年が過ぎる。
カルドサリ国王の訃報を知ったのは、そんな頃だった。
人間にしては長く生きた王であったが、恐らくLvを上げていたのだろう。
この世界ではLvに比例して寿命が延びる法則がある。
エルフの第二王妃のために頑張ったかも知れんな。
そう考えて、摩天楼のダンジョンで見かけた男を思い出す。
ヒルダちゃんが親友と呼ぶ国王と似た体格をした男は、もしかすると……。
夫が亡くなり彼女は国元へ帰ってしまったのか、第二王妃の消息は分からぬままであった。
更に80年が経過し、中央大陸のア・フォン王国で王を決める武闘大会を観戦したあとバールの店へ戻る途中、黒曜が空中でバランスを崩した。
「どうしたのだ黒曜。大丈夫か?」
『ご主人様、すみません。私も、もう年ですから体力が落ちているようです』
「そうか……、気にするな。帰りは、ゆっくりでよい」
そう言い、安心させるよう首をポンポンと叩いてやる。
自宅に戻ってから、老いた黒曜は厩舎から出ず伏せている事が多くなった。
テイムした従魔は主人と生死を共にするが、契約従魔はそうではない。
500年近く儂の傍にいた黒曜は、竜馬としての寿命がきているのだろう。
別れが近付いているのを知り、儂はなるべく一緒の時を過ごそうと自宅に篭り黒曜を見守った。
もう自分では立ち上がれないくらい弱り、横たわっている姿に胸が痛む。
それでも儂が近付くと顔を上げ、頬を寄せる仕草をする。
『私は、そろそろ寿命のようです。貴方の傍に居られて幸せでした。また再びお会いするその時まで、どうかお幸せに……』
「逝くな黒曜……」
最期にそう言葉を残し、1ヶ月後のある朝、黒曜は静かに息を引き取った。
涙で視界が霞む中、黒曜の体は淡い光となって天に還っていく。
そして、真っ白な魔石だけを残し消え去った。
契約従魔となった魔物は、遺骸も残さぬのか……。
唯一、黒曜を偲ぶ魔石を胸に抱き儂は声を押し殺して泣いた。
儂に懐き何処に行く時も一緒だった黒曜の死は辛く、悲しみで胸にぽっかりと大きな穴が空いたようじゃ。
あれほどまで献身的に仕えてくれる従魔はいないだろう。
黒曜の死後、儂は新しい騎獣を迎える気になれず、カルドサリ王国を出る事はなかった。
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