【ガーグ・シュレット】
影衆当主だった儂に、当時の王からヒルダ様の護衛の任を受けたのは今から600年も前の事になる。
500歳を過ぎていた儂にまだ幼いヒルダ様の護衛を任せる程、王は娘を溺愛していらした。
ハイエルフの王族の寿命は1,000年以上、対してエルフの儂では500年を過ぎた今もう引退を考える時期だった。
王の護衛の任を解かれ皇女様の護衛に就いた時、この小さな御子が成人するまで見守り続けたいと思い、儂は厳選した9人を連れダンジョンに潜りLvを100まで上げる事にする。
これで姫様を最後までお守り出来るだろう、そう信じて……。
美しい金髪と紫眼を持った姫様は、王の過保護からか他人と接触する機会が極端に少なかった。
そのため寂しがりやの姫様は、護衛である儂の事を呼び出す事が多く困ったものだ。
本来影衆はその名の通り、護衛対象を陰から守る事を生業としている。
普段は護衛対象の前に姿を見せず、影衆独自の血統魔法である『迷彩』で周囲と完全に同化してお傍に控えるのだ。
そうして護衛対象の王族に危機が迫った時は、命に代えても守る事が影衆の存在意義であり誇りだった。
けれどまだ小さい姫様にはその事がよく分からず、傍付きの影衆達を呼んで一緒に遊んでほしいと強請られる。
泣かれてしまうと、可哀想になり周囲の者に護衛を任せて儂が姫様の遊び相手をした。
「じいじ~、高い高いして~」
儂の事をじいじと呼び、とても慕って下さった。
ご要望通りに姫様を高く空に放り投げると、きゃっきゃっと笑う愛らしい姿を今でも覚えている。
「じいじ~、お馬さんして~」
影衆に、そんな事をお願いする王族は姫様くらいだろう。
馬役をすれば両手が塞がり、いざという時にお守りする事が出来ない。
周囲を警護している者は、儂が自ら選んだ精鋭部隊であるが……。
キラキラした瞳を見せられては断る事が出来ず、人生で初めてお馬さんごっこに付き合ったのも良い思い出だ。
子供の頃の姫様は、とてもやんちゃな性格で少々落ち着きのない子供でもあったな。
木を見付けては木登りに挑戦し、湖には飛び込んでしまわれる。
そして誰も教えていないのに泳ぐ事が出来たのは何故か?
不思議な言葉を呟く事も多く、儂はいつも驚かされたものだ。
今思えば、全くハイエルフの王族らしくない姫様であった。
「爺、魔法はイメージよ! 強いイメージを描く事が出来れば、大抵はなんとかなるわ」
成長した姫様が、学院に通われるようになって言った最初の一言がこれとは……。
精霊信仰を主としているエルフに、喧嘩を売っているとしか思えない言葉だ。
魔法は守護精霊の加護があって、初めて行使出来るもの。
魔法を使用する時は、守護精霊に祈り願いを聞き届けてもらう事になる。
それなのに、世界樹の精霊王から加護を貰っている筈の姫様はイメージで魔法を使用すると言うのだ。
そんな事を言えば精霊王の機嫌が悪くなったりしないだろうか?
心配から助言をしたが、姫様は笑って仰った。
「あ~、精霊王はイケメンだけど私の好みじゃないのよね~。どっちかっていうと水の精霊みたいに、綺麗な女性が好みだし。男性は範囲外よ!」
世にも恐ろしい回答が返ってきて儂は肝を冷やした。
姫様は加護がなくなってしまう事が怖くはないのか?
その後、学院の郊外演習で2匹の白梟をテイムされ『ポチ』と『タマ』と名付けられた。
また変わった名前を……。
姫様は独特の感性の持ち主でもあった。
その間、王の溺愛は続きこのまま姫様は王宮で一生を過ごすのかと心配していた矢先、人族のカルドサリ王国の交流に姫様が行く事が決定される。
エルフの国を一度も出た事がない姫様は、それはもう喜んでカルドサリ王国に向かった。
この時、王はまさか娘が結婚相手を見付けてくるとは思いもしなかっただろう。
カルドサリ王国で、王に見初められた姫様がプロポーズを受けた時は儂も目を疑った。
今思えば王宮の暮らしが退屈で、姫様は外国に行きたかったのやも知れぬ。
王とは派手に揉めたが、「結婚出来なければ死んでやる!」とまで言われれば親として折れるしかなかったのか……最後は結婚を許された。
儂は再び王に呼び出され、改めて姫様と一緒にカルドサリ王国に行く事を命じられる。
元より姫様のお傍を離れる事は考えていなかったので、王命を受ける事は素直に嬉しかった。
この時の姫様は300歳、儂は800歳であった。
美しく成長した姫様とカルドサリ王国の王は、非常に仲睦まじい様子で結婚生活は幸せに満ちていた。
しかし、それに嫉妬した第一王妃が御子を身籠った姫様の子を流そうと企み失敗する。
第一王妃は斬首されたが、命を狙われた姫様は恐怖で王宮から出たいと言い森の中に籠られた。
世界樹の精霊王の加護を持つ姫様は、植物と非常に相性が良い。
森の中は、精霊王に依って安全な結界が張られていた。
姫様は出産までの時を森の中で穏やかに過ごされている。
時々訪れる王と、しばしば喧嘩をされていたが……。
「1回で出来るとか聞いてない!」
「それは、そなたが好奇心に負けたのだから仕方ない」
「全然良くなかった、お前は下手すぎる!」
「何だと!? こっちだって、最初だから気を使ってやったんだぞ! 大体……」
ふむ、これは聞かなかった事にしよう。
儂は姫様のプライベートを守るために、護衛の者を周囲から下がらせる。
夫である王は、その後何度も顔を見せては姫様と仲良く喧嘩をし帰っていった。
森の中で独り寂しい思いをして過ごしている姫様の、よい気晴らし相手にはなったやもしれん。
そしてついに出産の時を迎える。
「ガーグ老……。子供を産むってのは大変だな……女性を尊敬するよ。今から『ポチ』と『タマ』の権限を、そなたに譲る。どうか私の代わりに可愛がってやってくれ」
「姫様、何を気弱な事を……。頑張って下さい!」
「いや、もう子供を産むので精一杯だ。何でこんなに痛いんだ? やっぱ次は男がいいわ……。くそっ! あいつの所為で経験しなくてよい事までする事になったじゃないか! あ~痛て~!!」
出産時には少々口が悪くなるのか、王に悪態をつきながら拳を握り締めている。
それから姫様は1人の御子(女児)を産み、そのまま身罷られてしまった。
小さい頃から大切にお守りしてきた姫様……。
一生をお傍に居て、守り通すと誓ったのに何故こんなに早く……。
周囲は折角、御子が誕生したというのに悲嘆に暮れていた。
型破りな所もある姫様だが、思いやり深く傍付きの女官にはとても優しかったのだ。
その代わり、男性には手厳しい一面もあったが……。
だから、誰も姫様が産んだ御子が居なくなった事に気付けなかった……。
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