それぞれ渡した封筒に入っている手紙を読んでもらい、書かれてある能力の事を聞いた。
母に与えられた3つの能力は、ピアノ教室を退職後に畑仕事をしていた事に関係しているようだ。
父の方は、銀行マンだった影響を受けているのかも知れないな。
ここにきて、漸く日本円が入手出来るようになったのは、タイミングがいいのか悪いのか……。
兄のマンションをホームにしたばかりだからね~。
あっ、でも旭家は日本円を持っていないので、父に金貨を換金してもらえばホーム内で自由に使用出来るようになるのか……。
2人から能力の事を一緒に聞いていた旭が、早速父に願い出た。
「おじさん。ちょっといま金貨を1枚、日本円に換金してくれないかな?」
「ああ、いいぞ」
父が了承すると、旭が金貨を1枚父に手渡す。
父は右手に金貨を1枚載せて、「換金」と口にした。
すると一瞬で金貨が消え失せ、代わりに100万円が1束現れる。
これには、見ていた全員が興奮状態になった。
同じ通貨と分かってはいるけど、日本人なので金貨より日本円を手にした方が断然良い。
旭がガッツポーズをし、「これで俺の車が購入出来る!」と大喜びだ。
全ての財産を失ってしまった状態なので、愛車が買える事が何より嬉しいらしい。
異世界のお金は、11年間ダンジョンマスターをしていた旭の方が多く持っているから、換金すればかなりの日本円になるだろう。
自分の能力を実際に試した事で、普通はもう少し反応がありそうだけど……。
余り動揺をみせない父は、銀行で毎日大金を動かしていたから札束を見ても感動しないのかな?
そういえば金貨を手にした時も、異世界のお金なのに全く反応しなかったような……。
これは職業病だろうか?
そんな中、母が不思議そうに私へ尋ねてくる。
「沙良、手紙の通りならここは異世界なのよね? どうみても自分の家にしか見えないんだけど?」
「あぁ、それはここが私の能力であるホーム内だからだよ。ホーム内は日本と同じなの。人はいないけど……。実家をホームに設定したから、家が新築になっていると思うよ? 家の中にある物は、全て新品の状態になっているしね!」
私がそう言うと母が突然席を立ち、真っ先に向かったのはピアノだった。
あぁ確か、サヨさんから成人祝いに贈られたんだよね。
母はピアノの前に立ち、その状態を確認するとほっとした顔をする。
とても大切にしていたから、新品の状態になっていると言われても心配だったのだろう。
そして室内をグルリと見渡し、新婚当初から使用してきた家具達に目を留める。
「本当に新しくなっているのね! それなら……」
次に母が確認したのは、真珠のネックレスだった。
これも成人祝いに、冠婚葬祭に必要だからとサヨさんからもらった品だ。
色褪せていた大粒の真珠が、本来の輝きを取り戻した状態を見て嬉しそうに涙を零していた。
サヨさんは自分が贈った物を娘が大事そうに手に持つ姿を見て、再び目から涙を溢れさせる。
そして母の傍に行き、優しく抱き締めてあげていた。
そんな感動のシーンが繰り広げられる中で、父が秘蔵のお酒を確認しているのはどうなんだろう?
発想が兄と一緒だけど、今はそんな場面じゃないよね?
母子が58年振りの再会を果たしたというのに……。
お酒の中身を確認して満足そうに笑みを浮かべていたけど、2人が抱擁している姿を見て漸く事態を把握したのか表情を変える。
「お義母さん、挨拶が遅れて申し訳ありません。夫である椎名 響と申します」
「貴方と結婚してくれて良かったわ。……娘を幸せにしてくれてありがとう」
「私の方こそ、妻には支えてもらっています」
妻の母へ神妙な面持ちで頭を下げる父の姿は、少し緊張しているようにみえた。
結婚相手の母親には、やはり気を使うのか……。
その後の夕食会では、私とサヨさんが作った料理がテーブル一杯に並び、とても豪華なものとなった。
勿論、父が座る席の前には、これでもかと迷宮ウナギの蒲焼と肝焼きを置いておく。
何も知らない父が、「おっ、鰻じゃないか!? 今日はご馳走だなぁ~」と言って沢山食べている。
うんうん、今夜はお互い若返った体で頑張ってね!
私は心の中で、こっそりエールを送っておいた。
母はサヨさんが作った懐かしい料理の味に目を潤ませながら、「これだけは、どうしても同じ味が出せなかったの。お母さん、後で作り方を教えてね」とお願いしていた。
娘が20歳の時に日本で亡くなってしまったサヨさんは、母親として教えたかった事が沢山あっただろう。
きっと家庭の味も、その内のひとつに違いない。
また結婚後の妊娠や出産、子育てについても……。
既に78歳の母は全てを経験済みだけど、きっと知らない事もある筈だ。
これから香織ちゃんを産んでもらう必要があるし、妊娠するのは久し振りなのでサヨさんが傍にいれば心強いと思う。
私はそのために、父へせっせと鰻を食べさせよう!
沢山準備した料理が残り少なくなってきた頃になっても、兄からの結婚報告が出ない。
父と一緒になってお酒も進んでいるみたいだし、酔っぱらって忘れているのかしら?
こういう事は、言うタイミングも必要だと思うんだよね。
今なら両家が揃った状態だし、色々とあった後だから息子達の結婚の報告を聞いても受ける衝撃は少なくて済む。
日を置いて報告するより、幾らかましだと思う……多分。
なのでここは私が老婆心ながら、背中を押してあげよう!
「お父さん、お母さん。驚かないでほしいんだけど、お兄ちゃんと旭が結婚しました!」
私からの重大発表に、その場にいた全員が衝撃を受けたようだ。
父は、口を大きく開けた状態でビールを全部零してしまっている。
母とサヨさん旭のお母さんは、口からお茶を吹き出した。
雫ちゃんは、一瞬何を言われたのか理解出来ないみたいでポカンとなっている。
さあ、後は任せたわよ!
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