ガーグ老率いる影衆10名が無事、王女様の護衛に就かれてから数ヶ月後。
なんと王女様は路上生活をしている孤児達に家を与えました。
全員が住めるように16軒も家を購入されたのです。
私は正直驚き過ぎて、本当にエルフの王族でいらっしゃるのか一瞬疑ってしまいました。
ハイエルフである王族は、他種族に慈悲を与える事など考えもしないでしょう。
庇護下にある私達エルフの事も、気に入らなければその命を簡単に散らす御方達です。
まさに崇拝と畏怖の対象でございました。
王女様は、もしかすると森からお隠れになった後で人族に育てられたのかも知れません。
私は商業ギルドで仕事をしておりますが、迷宮都市にはハーレイ家に内緒で冒険者ギルドにも1人密偵を偲ばせておりますので、王女様の動向を知る事は簡単でありました。
その後、王女様のお傍にいる御二方がダンジョン内で治療行為をしていた事に目を付けたクランリーダーが、最悪な方法で接触を図りクランを崩壊させられておりましたね。
王女様には『クランクラッシャー』という、少し凶悪な二つ名がついてしまわれました。
勿論、ご本人の耳に入る事はないでしょうが……。
迷宮都市では、かなりの有名人でございます。
母子に与えた飲食店も、『肉うどん』が迷宮都市の名物になりました。
私もお店に行った事がありますが、食べた事のない味で非常に美味しゅうございます。
一体、どこで料理を習われたのか……。
そして本来なら、ご自分で料理をするお立場でない王女様の事を思い不憫でなりません。
更に子供達だけではなく、怪我をした元冒険者の年配である男性にも住み込みで職をお与えになりました。
そして王都から来た、新しいクランまで崩壊させてしまったのです。
どうやら冒険者ギルドが王都でオークションに出品した、シルバーウルフの毛皮狙いだったようです。
あれは王女様のパーティーが、換金した物です。
傷一つない最高級品に目を付けたのでしょう。
ですが、それは優秀な魔法士でないと無理というもの。
シルバーウルフは獰猛で素早い魔物ですから、これまで傷を付けずに討伐出来る冒険者は居ませんでした。
王都のダンジョンを攻略していた冒険者では、手に余る魔物です。
結果、王女様に不要な接触をしたので迷宮都市の人間に総スカンをくらったのでございます。
その身の安全は影衆が守っておりますが、迷宮都市ではこれで王女様に手を出す人間は居なくなった事でしょう。
暫くは何事もなくダンジョン攻略を続けていらっしゃいましたが、20年間石化した状態の冒険者が治療された事を知り、もしやその治療をしたのは王女様のお傍に居る御二方ではと思いました。
既に本国で王女様の生存を把握され、2人も治癒術師の方が付けられているとなれば……。
ガーグ老が、これ以上の詮索は不要だと言った事も私の予想を裏付ける言葉になりましょう。
確信はありませんが、王女様は存在を秘匿された御方ではないでしょうか。
そうなると、王女様には影衆の精鋭部隊である『万象』が50名はついている事になります。
ガーグ老は引退された御仁ですから、現当主である息子が『万象』を率いて王女様をお守りしているのかも知れませんね。
それでもお傍で見守りたいと、迷宮都市での職を選んだのでしょう。
あれから家具職人として、順調に知名度を上げていらっしゃるご様子。
人族では到底及ばない繊細な風魔法を駆使して、硬質なトレントを簡単に切断出来るのですから仕事は舞い込んでくるに違いありません。
これからは老後を王女様のお傍で、ゆっくりと過ごして頂きたいものです。
王女様が迷宮都市に来られて1年以上が過ぎたある日。
商業ギルドの受付嬢が、朝早くから私を起こしにきました。
王女様が、リッチのマントを卸しにきたそうでございます。
はて、あのような物を一体何故?
お待たせしてはいけないと、私は慌てて部屋から飛び出しました。
すると、受付にまだ王女様がお見えになるではありませんか!
私はその場で受付嬢を叱責し、直ぐにお部屋に案内するように言い渡しました。
不覚にも、身嗜みを整える前に王女様にお会いする事になってしまい自分を恥じる事になります。
こんなぼさぼさの髪とよれよれの姿を見せてしまうとは……。
大失態でございます。
王女様は目を丸くして笑っておられたから良かったものの、本来なら不愉快だとその場で消されていてもおかしくない程の事。
私は見られたのが、お優しい王女様で命拾い致しました。
お傍付きの影衆も、お怒りになっていない事を知り粛清する事はせずにいてくれたのでしょう。
きちんと身嗜みを整えた後で、王女様が待つお部屋に入ります。
事前に受付嬢からリッチのマントを卸しにきた事を聞いているので、枚数を御尋ねすると沢山あると答えられ困惑しました。
リッチのマントは呪われているので、製品として卸すには浄化が必要になってきます。
教会の司祭に金貨10枚(1千万円)のお布施を払う事でしてもらえますが、冒険者達は常設依頼にないリッチのマントを態々教会に持っていき浄化する事はありません。
最初に自腹を払う必要がありますし、浄化済みのマントを卸しても大して利益が出ないからですが……。
手間が掛かるばかりで儲けが少ないとなれば、魔物を狩った方が効率的でしょう。
それを沢山持っていると言われてしまっては、不思議に思うしかないのです。
そんな私の様子を見たのか、王女様はその場で床に大きな布を敷きその上にまさに山盛りのリッチのマントをお出しになりました。
はいっ!?
ここで本日2度目の失態を演じることになってしまいました。
私は大量にあるマントを目の前に、口を大きく開けて絶句したのでございます。
人生でこれほど沢山のリッチのマントを目にする経験は初めてでした。
最低でも1枚金貨10枚以上するマントです。
それを、無造作に床に置かれて驚くなという方が無理でしょう。
念の為、魔道具で全てのマントを浄化済みであるか確認しましたが、浄化されていない物は1枚もありませんでした。
これは教会で司教に浄化を依頼した訳ではなさそうです。
私は好奇心に負けて、つい浄化した人物を教えてほしいと尋ねていました。
王女様のお傍にいる御二方が浄化の魔法を使用出来るならば、石化した冒険者を治療したのも同じ人物である可能性が高いと思ったのです。
石化の状態を治療出来るのは、カルドサリ王国では教会の枢機卿しか居ないでしょう。
となれば御二方は、ハイヒールを使用出来る治癒術師の方に違いありません。
王宮では序列第2位になります。
本来、私等では言葉を交わす事も出来ない高位の方々です。
王女様が予想通り存在を秘匿された方である事を、どうしても知りたくなってしまいました。
「すみません。浄化した人物を教える事は、本人から確認を取らないと無理です」
お答え頂けたのは、教会の枢機卿に依頼したのではないという事でした。
はっきりと仰ることはせず、やんわりと窘められるお言葉を頂戴し私は確信に至ったのでございます。
あぁやはり、王女様は秘匿された御方でありました。
この事は、マケイラ家の当主であるガリア様にも秘密にしなくてはなりません。
秘匿された御方は、王と同様の扱いを受けられます。
エルフの国に危機が迫った時は、軍勢を率いて戦場に立たれる至高の存在。
秘密を知る者は少なければ少ない程、ナージャ王国の安全は保障されるのでございます。
私は知り得てしまった事実を、墓場まで持っていく事をここに誓約致します。
もし誓約を違えたその時は、私の心の臓を止めてもらって構いません。
世界樹の精霊王よ、守護を与えた王女様をどうかお守り下さい。
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