義祖父から掛けられた言葉に返事が出来ず、この場では沈黙を貫いた。
これはもう覚悟を決めて、約束のお礼をするしかないか……。
取り敢えず、腹を満たそうとテーブルに並べられた料理へ手を付ける。
今は美味しい料理を食べよう。
花嫁衣裳に着替えた俺を、尚人がじっと見つめてくる。
少々、視線が痛い。
複雑な気分なのは分かるが、そんなに凝視しないでくれよ。
あれから一言も話さなかったセイさんは、「良くお似合いです」と感想を口にする。
娘は俺と入れ替わりで衣装を着替えに行ったらしい。
女官長達と同じエルフの正装をするみたいだが、きっと王族仕様だろう。
披露宴の料理がなくなる頃、周囲の空気が張り詰めたものへと変わり冒険者達は皆、武器の手入れを始め出す。
アマンダ嬢のクランメンバーを見ると、全員が同じ得物を手にしていた。
対人専用の剣か?
案の定、王族の正装に着替えさせられた娘がベールを被り俺達の席へ歩いてくる。
女官達が着ている衣装とは刺繍の数が違い、もの凄く目立っていた。
娘の姿を見た賢也君が、額に手を当て溜息を吐く。
「沙良……。花嫁の代役を立てた意味がないくらい豪華な衣装だな?」
「私もそう思うんだけど……。女官達が、これ以外は駄目だって言うの」
娘の身分を知っている女官長達は譲らないだろうなぁ。
「……顔を見せなければ大丈夫か?」
響は理由が分かっているため、唸っている。
俺は、ちゃんと額飾りがあるか確かめたい。
「少し、顔を見せてほしいな。まだ、大丈夫だろう?」
ベールを持ち上げた娘の額には、王族の証である額飾りが見えた。
これで、何かあれば守護石が娘の身を守ってくれるだろう。
「あぁ、ちゃんと付いているね」
俺は満足して微笑み、背後に立つ女官長へ視線を送る。
娘の事は任せたぞ。
挙式の時間になって俺達は庭へ場を移し、12時の鐘の音と同時にガーグ老と偽花嫁役の俺は前へ進み出た。
その瞬間、ガルム達が大きく吠える。
早速、敵がやって来たようだ。
結婚式を挙げさせない心算か? 悪いな、こちらは準備万端だ。
10mもある高い塀を乗り越え、四方から100人程の帝国人が庭に降り立つ。
少し数が多いか……。
武装し待ち構えている俺達に一瞬怯んだ様子を見せながら、真っ先に目標である花嫁と花婿へ向かってきた。
「サンダーボルト!」
人数を減らすため、高らかに声を上げ雷を落とす。
あっ、つい雫と同じ魔法名を言ってしまった。
サンダーボールより格好いいよな!
雷鳴が響き渡り、半数以上の敵が地面に倒れ伏す。
俺は挑発するように人差し指を立て、かかってこいと仕草をする。
敵が俺達2人に集中すれば、他の人間も動きやすい。
向かってくる敵を双剣を構えたガーグ老達影衆が迎え撃ち、左右どちらからの敵にも対応出来るようにしていた。
俺は彼らの仕事を邪魔しないために、大人しく守られていよう。
敵の背後から冒険者達とうちのメンバーが襲い、次々と命を絶つ。
今回は暗黙の了解で、敵は殺し遺体はマジックバッグに収納する事になっている。
これは凄惨な現場を娘に見せないための処置だ。
女官長達も理解しているのか、その身で隠し娘が見えないようにしている。
100人程いた敵は最初に半数が魔法で倒れ、残りの大半は影衆達の手により亡くなった。
圧倒的な人数差で敵を制圧するのに掛かった時間は極僅か。
遺体を残らず収納する方が手間だった。
10分後、敵の姿は消え庭は血痕が残っているだけの状態になる。
だが安心するのは、まだ早い。
敵の襲撃は、これだけじゃ済まないだろう。
冒険者達も警戒を解かずピリピリしている。
敵を見張っていたポチとタマが、上空を旋回し合図を送ってきた。
「姫様。グリフォンに騎乗した敵が100騎、向かって来ておる」
2匹の念話を受け取ったガーグ老に情報を伝えられ、騎獣を100騎も揃えたと知り驚いた。
帝国の王は、本気で娘を狙っているらしい。
9番目の嫁に欲しいというだけで、これほど戦力を割くだろうか?
空を注視していると、ポチとタマの動きが変化した。
なんだか慌てているような感じがする。
「あ~、姫様。どうやら敵は自滅したらしいわ。グリフォンから振り落とされ、落下したようだの」
「えっ? 騎獣から落ちたのですか?」
何だそれ。
かなりの高さを飛んでいるグリフォンから落ちたら、命はないな。
よく分からないが、敵の襲撃はなくなったらしい。
娘の方を見ると女官達に囲まれた隙間から顔を出し、ほっとした表情を浮かべている。
原因は娘にありそうだ。
そして遂に本命と見られる10騎が上空に現れた。
近付いてくる騎獣の姿を確認し、みた事もない魔物に驚きの声を上げる。
「あれは何ですか!?」
「姫様、少々厄介な事態になりそうだの。あれは麒麟という聖獣で、騎乗しているのは帝国人ではなかろう」
麒麟だと? そんな伝説上の生き物を使役出来るのか?
彼らは攻撃する動きを見せず、静かに庭へ降り立った。
大きな騎獣に乗った、この世界では珍しく肌の露出が多い民族衣装を着た1人の男性が地面に着地し、ガーグ老の方へ歩いてくる。
その顔には複雑な刺青が入っていた。
「翁よ。私怨は一切ないが、花嫁を渡して頂こう」
「お主はケスラーの民であろう。何故、アシュカナ帝国側に付いておる」
ケスラーの民か!
噂でしか聞かない種族を目にし、まじまじと見つめてしまった。
全身痩躯ではあるが、極限に鍛え上げられたと分かる筋肉の付き方をしている。
赤銅色をした肌は張りがあり、刺青が入った顔からは把握出来ない若さを感じた。
20代~30代といったところか……。
堂々とした態度は、上に立つ者の風格がある。
一族の中でも高い位にいるんだろう。
「妹を攫われた。帝国の王が9番目の妻にしたい人物を連れてきたら、開放すると約束したのでな」
あぁ、身内を人質に取られているのは拙いな。
これは引きそうにない。
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