見ず知らずの男2人から突然の申し出を受け困惑していると、バールがすかさず遮った。
「口を慎め! 御前様に奥義の披露を乞い願うとは、身の程を弁えよ!」
またバールの頭に血が上ったようじゃ。
儂は、ただのしがない老人だというに大層な名で呼びおって……。
まぁ見た目だけは美少年と言えるかも知れんがな。
バールに一喝された2人が青ざめブルブル震えているではないか。
それにしても、先程の言葉は言う相手を間違えておらんか?
風槍の奥義など儂は知らんぞ?
どうしたものかと困っているところ、こちらへ焦ったように飛翔してくる老人が見えた。
背中から羽を生やしているので同じ鳥系種族だろう。
儂らの前に舞い降りた瞬間、2人の男に対し手にした棒で頭を叩きゴン、ゴンと鈍い音が響く。
「大変申し訳ありません。私の不肖の息子達が無理を申し上げました」
老人はそう言って、息子2人の頭をがしっと掴み頭を下げさせる。
何やら謝罪されているようだが、理由がさっぱり分からんな。
バールを見遣ると、彼は3人をねめつけるように見ていた。
「白頭鷲の族長か、息子達への躾けがなっておらんようだ」
バールはまだ怒っているのか老人に向かい、きつい声で叱責する。
バールと親の両方から説教された息子2人は、しゅんと項垂れ涙目になってしまった。
いまいち事態が飲み込めんが、演舞を中止するわけにもいかんだろう。
特に被害を被ったのでないし、ここは大人の儂が一肌脱ぐか……。
「よいよい、風槍の奥義とやらは見せられんが、お主らに稽古を付けてやろう」
「それは……恐悦至極に存じます!」
儂の返事に老人が感涙し、息子達の背を鼓舞するようバシバシ叩く姿を見て、そんなに喜んでもらえるならと少しだけ欲を出した。
「分かっておろうが、労力に見合うものを……」
「勿論、準備しておきます」
男同士、視線を交わし意図を伝える。
よしよし、これでバニーちゃんの接待を受けられるじゃろう。
このまま階段を下り闘技場へ向かうのは時間が掛かると思い、黒曜を呼び出し騎乗して闘技場の中央に立つと、場内から歓声が沸き起った。
観客席の声はよく聞き取れなかったが、盛んに『竜』と言う単語が飛び交っているのを耳にする。
獣人であっても、体長8mある竜馬は見惚れる程に格好いいのだろうか?
派手な登場の仕方をした甲斐があったわ。
これだけの衆人環視の前で腕を振るうのは初めての経験だな。
大会に参加出来ず残念だと思っていたが、良い機会が巡ってきた。
2人は槍を使うようなので、ここは儂も得物を合せるとしよう。
1対2でも負けはせぬが、バールの槍を借りた方が良さそうじゃ。
傍に控えているバールへ槍を所望し、その大きさと重さを手に馴染ませる。
この大槍で全力を出せば問題なかろう。
手にした大槍を頭上でくるりと一回転させ、穂先を上に向け一礼した。
「なんとっ! 風槍ではなく、属性違いの火槍を使われるのか!?」
それを見た相手2人が驚いたように声を上げる。
火槍とな? バールは火魔法を得意とする種族だから、使用する槍も属性が付加されておるのか……。
構えも取らず固まっている2人に対しバールが鋭い視線を向けた途端、慌てて一礼し身構えた。
「始め!」
バールの掛け声で仕合が始まり、最初は様子見をしようとこちらから打って出ず泰然と構える。
呼吸を合せ同時に掛かってくる2人を左右に薙ぎ払い、大きく後退したあと儂から動いた。
まずは1人ずつ相手をするため後ろから回り込み、振り返ったところで足を払いバランスを崩させる。
地に膝は突かなかったものの、相手は槍を支えに体勢を整えていたので、ここぞとばかりに槍を打ち絡め取った。
これで1人は武器が使用出来なくなる。
奪い取った武器を左手に右手には大槍を持ち、もう1人の方へ駆け出した。
すれ違いざまに2本の槍を交差させ首を絞める技を繰り出すと、
「そこまで!」
バールの試合終了を告げる声が響き渡った。
ふむ、儂の勝ちじゃな。
大口を叩き負けては恥を晒すところだったわい。
場内から大会に優勝したと見紛うばかりの拍手喝采が聞こえ、暫し勝者の余韻に浸る。
気分良く闘技場をあとにしようとした時、花束を持った2人の女性が子供の手を引き近付いてきた。
おおっ、あれはまさしくバニーちゃんではないか!
これは勝者へ花束とキッスのプレゼントがあるかと、期待に胸を膨らませて待機する。
流石、一族を率いる族長は準備が早いのう。
儂の希望通りで嬉しい限りじゃ。
わくわくしながら待っておると、女性2人が花束を子供に渡し手を離す。
うんん? 子供達だけが儂の方へ向かって来るではないか?
「御方様。私たちのために技を披露して下さり、ありがとうございます!」
頬を紅潮させ、一生懸命練習したと分かる台詞を揃って口にする姿は大層可愛らしいが……。
儂は子供達から花束を受け取り、頭を撫でてやった。
キラキラした目で見つめられても、これじゃない感が半端ない。
おい爺さん、目と目で通じ合ったのではないのか?
違うよな? この後に、バニーちゃんからキッスのご褒美が待っておるのじゃろう?
そう信じて老人へ視線を送ると、こくりと頷かれた。
やはり次があると知り子供達が戻ってから女性達が来るのを待っていたのに、バールに手を掴まれ黒曜の背へ乗せられてしまった。
「シュウゲン様。さあ帰りましょう」
ふわりと飛び立つ黒曜の上で、
「のおぉぉおお~!」
儂の虚しい叫び声が空に掻き消える。
眼下を見渡すと、受付場の前で絡んできた間抜け面の若者達と目が合った。
うぅぅむ、今日のところは、あの者らに一泡吹かせた事で溜飲を下げるとしよう。
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