そわそわしながら2人を待っていると、その後30分程で2人が帰ってきた。
私は挨拶も忘れて、思わず旭に抱き着いてしまう。
この喜びを全身で伝えたかったのだ。
突然私に抱き着かれた旭は、「えっ!? 沙良ちゃん、やっと……」動揺して手をバタバタさせている。
旭が私の事を抱き締め返そうとした時には、過保護な兄から引き剥がされていた。
いくら自分の親友で、私の幼馴染だろうと男性に抱き着く行為はNGらしい。
「沙良、挨拶もしないでいきなり抱き着くなんて失礼だろ」
「いや俺は、とっても大歓迎です!」
「お前の意見は聞いてない!」
「ごめんなさい、旭が嬉しがる事があってつい……」
いや違うな、自分の恋人に妹が勝手に抱き着いたので兄は気分を害したのかも?
嫉妬深い男は嫌われるよ?
「俺、凄く嬉しかったよ~! なんか新婚さんみたいだよね!」
旭は何故か、まだ何も話していないのに喜んでニコニコしている。
あれか、新妻が夫の帰宅を玄関で「寂しかった~」と抱き着くシーンを連想したのかも?
まぁ、兄はそんな事はしないだろうしなぁ。
というか、逆じゃない?
旭が兄に抱き着く方がしっくりくるんだけど……。
「で、何があったんだ?」
1人冷静な兄の指摘を受けて、私は2人に説明するべくリビングに案内した。
2人が席に着いた所で話を切り出す。
「旭、驚かないで話を聞いてね。雫ちゃんが、この世界に転生しているかもしれないの」
予想外の事を言われた旭は一瞬ぽか~んとした表情になり、その後話の内容を理解したのか顔付きが真剣なものに変わる。
「沙良ちゃん、冗談を言っているわけじゃないよね?」
妹の雫ちゃんの話になると、旭はとても敏感だ。
大切なたった1人の歳の離れた兄妹だから、その命をなんとしてでも救いたかったのだろう。
もう亡くなって30年近くになる。
それほどの時が経っても、彼の悲しみは癒えていないのだ。
私は慎重に言葉を選ぶ事にする。
「『手紙の人』が夢で教えてくれたの。雫ちゃんが、この世界に転生しているって。でも何処にいるのかは、声が途切れ途切れではっきり聞こえなかった。ごめんね、地名が分かれば直ぐにでも探しにいけるのに……」
香織ちゃんの事を旭は知らないので、『手紙の人』に置き換えた。
その話をしてしまうと、どうして兄が弁護士を目指していたのか旭に理由を知られてしまう。
それは兄の本意ではないだろう。
旭が弁護士を諦めさせ、自分が医者になるために兄が苦渋の決断をしたと知ってよい事は何もないからだ。
勘のよい兄は、私が香織ちゃんの夢を見たのだと気が付いたのだろう。
私に目配せを送ってきた。
これは内緒にしてくれてありがとうという意味かな……。
「『手紙の人』って、俺達の事をこの世界に転移させた人物だよね。なら、信じてもいいのかな。医者になったのに、雫を助ける事が出来なくて本当に申し訳ないとずっと思ってきたんだ……。もし、この世界に転生しているなら会いたい! 健康な事を願うけど、また病気になっていたら今度こそ治してやりたいんだ……」
そう言って目から大粒の涙を零す旭の肩を、兄は何も言わず抱き寄せて励ましの言葉を掛ける。
「大丈夫だ、沙良が聞いたんだから間違いなく雫ちゃんはこの世界にいる。俺達が探して見付けてやろう」
「うん、うん……。雫は寂しがり屋だから、兄の俺が傍に付いていてあげないと。この世界には、親友の雅ちゃんと遥ちゃんもいないからね……」
「ただ、転生者って事は姿が別人になってる可能性が高いな。俺達が探し出すのは、少し難しいかも知れん。沙良、地名の他に名前は言ってなかったのか?」
「名前? う~ん、さ? って聞こえたような? それが最初の言葉なのか途中なのか最後なのか……」
「一文字じゃ分からんな。どこかにさが付く名前なんて沢山ある。お前の名前だって沙良だ。この異世界にも国は沢山あるから闇雲に探すのは大変すぎる。なんとか、『手紙の人』に続きを夢で見せてもらうしか今の所情報はないだろう。だが旭、この世界に生きていると知った以上、希望は捨てるな」
「分かってる。偶然だけど俺達、若くなっていて良かった。57歳のおじさん姿だったら、雫に気付いてもらえなくなる所だったよ」
本当にそうだ。
雫ちゃんは、28歳当時の兄達の姿しか覚えていないんだから。
「あぁ、でも雫は賢也の事が好きだったから、兄の俺より賢也に会えた方が嬉しいかもね~」
兄はその話を知らなかったんだろう、初めて聞かされて目が点になっている。
なんとなく、私はそうじゃないかと思っていたから驚いたりしないけどね。
あぁ、これは双子達失恋確定か……。
そりゃ自分のために外科医を目指してくれる、年上の優しい男性が身近にいれば好きになるのも自然な事だろう。
しかも相手は兄の親友で、そこそこイケメンだ。
でもそうなると雫ちゃんも失恋する事になりそうね。
兄と旭、雫ちゃんと双子達の5角関係かぁ~。
初恋は実らないそうだから、2人の結婚を素直に祝福してくれるといいんだけど……。
再会した途端、修羅場が待っていそうな気がするのは間違いであってほしい。
「旭、また『手紙の人』が夢を見せてくれたら教えるね。雫ちゃん何歳になっているか分からないから、私達より年上かも知れないよ?」
「雫の方が年上でも大丈夫だよ! たとえお婆ちゃんになっていても、可愛い妹のままだからね!」
旭は妹に会えるなら、どんな姿になっていようと愛せる自信があるんだろう。
あっ、性別が変わっている可能性を考えてなかった!
まぁ、今は話さなくてよいか……。
この世界に雫ちゃんが生きていると知っただけで、旭がこんなに嬉しそうにしているんだから。
好きな人を取られて、雫ちゃんに嫌われる可能性を全く考えていない所が彼らしい。
この日は話し合いに時間が掛かったので、アイテムBOX内にある宅配寿司での夕食となった。
旭は雫ちゃんがどんな姿をしているか色々予想してたけど、当然ながら男性になっているかも知れない事は考えていないみたい。
ムキムキのマッチョになって現れたら、兄の背中に隠れるんじゃないかしら?
どうか雫ちゃんが、可愛い女の子に転生している事を願わずにはいられなかった。
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