翌朝。
寝不足の状態で起きると、俺に抱き着いている妻を起こさないようベッドから出る。
昨日、響が妻も2匹テイムしていると言っていたが何の魔物だろう?
ダンジョンを攻略するなら、移動出来る騎獣にした筈だ。
娘と同じウルフ系なら速そうでいいな。
リビングでインスタントコーヒーを飲んでいると、妻が不満顔をしプリプリ怒りながら近付いてくる。
こりゃ、昨日の件が相当不満らしい。
「おはよう、結花」
「私、直ぐに寝ちゃったみたいだけど、起こしてくれたら良かったのに! どうせパジャマを着せるなら、パンツも穿かせてほしかったわ」
あんな小さな物を俺が身に着けさせるには、色々支障があるんだよ。
「よく寝ているようだったから悪いと思って……。きっと疲れていたんだろう」
「そうかしら? 急に眠くなったのよね~」
不思議そうにしている妻が朝食を作り出すと、雫が起きてきた。
「おはよう、お母さん。今日は移動が早いから、お握りでいいよ!」
「そうね、じゃあ簡単な物にするわ」
日曜日なのに、朝早くから何処へ移動するんだ?
妻は梅干しと昆布の入ったご飯を握り、しょっぱい卵焼きとうっすい味噌汁を作った。
まぁ、今日の朝食は許容範囲内だろう。
ご飯を食べて直ぐ異世界の服に着替え家を出ると、ちょうど沙良ちゃん達が迎えにきていた。
庭には見慣れぬ2匹の魔物がいる。
どうみても大きなウサギにしか見えないんだが……。
えっ? もしかして、これが騎獣なの?
妻にアレキサンドリア・リヒテンシュタイン(通称アレク)と源五郎を紹介され、頭が痛くなった。
名前がおかしい……。
それに飛び跳ねるウサギは、どう考えても騎獣に向かないだろう。
何を考えてテイムしたのか謎だ。
「これに乗るのか?」
思わず指を差し声を出してしまった。
妻と2人で源五郎に乗っても大丈夫だろうか?
異世界の家へ移転すると、沙良ちゃんが毎週日曜日に親のいない子供達へ炊き出しをしていると言う。
娘は孤児達の支援をしているらしい。
優しい子に育ってくれ温かい気持ちになった。
集まってきた子供達は150人くらいか……。
待っている間、沙良ちゃんの騎獣に乗り遊んでいる。
孤児だと聞いたが、見た目じゃ分からない。
皆が柄の入ったポンチョを着て、首には何かの毛皮を巻き耳当てをしていた。
顔色も良く健康そうに見える。
炊き出し後、美佐子さんの兄である奏さんが妻の父親だと聞かされ驚く。
この世界にいる妻の両親にも挨拶へ行こうとしていた所だ。
「じゃあ、結花は美佐子さんの姪になるって事? なんだかややこしいな。えっと、今から会うのは美佐子さんの父親だから、俺には義祖父か……」
俺は、複雑な表情をしている義理の父に向かい畏まり挨拶をする。
「結花の夫です。お義父さん、これからよろしくお願いします」
「あぁ、知らない内に娘が結婚済みで夫と子供がいるとはなぁ。前世があると複雑な気分だ……」
既に聞かされていたんだろうが、娘に前世の記憶があり夫も子供も2人いると知ったら親として思う所がありそうだ。
再会した娘が、偽装結婚とは言え結婚式を挙げると聞かされたばかりの俺はその心中を察する。
非常に申し訳ない気持ちになった。
これから旭家は椎名家と親戚になるな。
まぁ、前世夫婦だった関係に比べたら……。
王都へ移転すると、見覚えのある武器屋に連れていかれ嫌な予感がした。
「えっ! この店って……」
「祖父はドワーフに転生したんです。お願いすれば、武器を作ってもらえると思いますよ?」
「ええっと、名前を聞いてもいいかな?」
「シュウゲンです。日本名は木下 雅美です」
「シュウゲン……」
嘘だろ!?
俺達の武器を注文した、あの爺さんが義祖父になるって言うのか?
約束したお礼を思い出し今はない胸に両手を当てる。
「やべっ」
俺の小さな声を聞き取った響が、大きく溜息を吐き頭を叩いてきた。
色仕掛けしたのに気付いているようだ。
この姿じゃヒルダとバレないよな?
店内に入ると、沙良ちゃんから義祖父を紹介される。
俺は初対面の振りをして挨拶したが、内心ハラハラし通しだった。
こんな複雑な関係になるとは……。
お礼の約束を反故にする心算はないが、ヒルダとバレた所であの行為をするのは問題だろう。
結婚式で女性化した時は上手く誤魔化すしかない。
次はガーグ老の工房へ移動。
頼む、お願いだから普通に挨拶してくれよ?
工房の門を開けた瞬間、2匹の白梟が飛んできた。
ポチとタマが両肩に止まり、顔を頬に摺り寄せてくる。
姿が変わっても、主人だった俺を覚えていると分かり嬉しくなった。
「あ~、元気そう……な白梟だなぁ」
最初からやらかす所だった。
危ない危ない、注意しないと……。
肝心なガーグ老達は、俺の姿を見た瞬間に膝を突き臣下の礼を取る。
あああぁ~、全然演技する気がないじゃないか!
その状態で顔を上げたガーグ老は、思い切り泣いている。
「姫様! 再びお会い出来るとは……。どうして生きておられるのか絡繰りが分からぬが、そのお姿と何か関係があるのか……。一同、帰還をお喜び申し上げる!」
しかも姫様呼びかよ!
ガーグ老の声に合わせ、影衆達が立ち上がり剣を捧げる仕草をする。
予想通り、ガーグ老達に演技力は皆無だった。
当然、その場にいる全員が唖然としている。
男性姿の俺に対し、臣下の礼を取り姫様と呼ぶのだから意味不明な行動だろう。
響の方を見ると、困ったように首を横へ振っている。
事前に連絡してこの態度なら、対処のしようがないと思っていそうだ。
俺がその場から逃げ出そうと背を向けると、響が強く手を掴み引き寄せる。
耳元で「何とかしろ」と囁かれ覚悟を決めた。
「……何か人違いをしているみたいだから、ちょっと話を聞いてくる!」
影衆達へ付いてくるよう合図をし、工房内に連れていく。
さて、何と説明したものか……。
響は魔道具で姿を変えていると言ったらしい。
だが、俺は出産後に亡くなってるんだよなぁ。
ここは必殺、精霊の加護で凌ぐか?
精霊信仰をしているエルフは、精霊がした事だと言えば大抵疑問を持たない。
不思議な現象は全て精霊の仕業で片が付く。
しかも王族である俺には、世界樹の精霊王の加護があるしな。
「皆、息災のようで何よりです。こうして再び会えて嬉しいわ」
「姫様、事情を話して下され!」
ガーグ老が勢い尋ねてくる。
俺は、なるべくヒルダ時代の口調を思い出し説明を始めた。
「ええっと、そうね。娘を産んだ後、あのままだと命の危険があると危惧した世界樹の精霊王が私の姿を模した人型を残し、別の場所で仮死状態になっていたのよ。治療を受けて目覚めたのは数年前なの。数百年も眠り続けていたから、最初は記憶も曖昧で……。はっきり戻ったのは、つい最近で思い出したのはいいんだけど、私は死亡した事になっていると聞き姿を変えています」
こんな感じでどうだろう?
「なんと、そのような事が! 世界樹の精霊王に感謝せねばなるまい。姫様が産んだ御子の話は王から聞いておられるか?」
「ええ、私に似てとても可愛らしいわ。元気に育っているようで安心しました」
「姫様。そのお姿はどうにも慣れぬ、元の姿には戻られないのかの?」
今女性化したら、70日間元に戻れないから無理だ。
「ちょっと事情があるから、暫くはこの姿でいるわ。私の娘は【存在を秘匿された御方】と呼ばれる存在よね? 護衛の『万象』達は揃っているかしら?」
「御子には長男のゼンが率いる50人の『万象』達が付いておるから、心配する必要はありませんぞ」
「そう、それなら安心ね。ティーナをしっかり守って頂戴」
やはり、影衆当主の座は息子に代替わりしていたみたいだな。
「また詳しい話は、武術稽古の後でしましょう」
あまり長く待たせると不審に思われるだろうから、話を終わらせ工房から出ていった。
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