「特別なお礼をずっと楽しみに待っておったのに、遅いではないか! 幾ら長命なドワーフでも、100年以上も待たせるとは命が尽きてしまうわ! それより約束のお礼は、今からしてもらえるんじゃろうか?」
ヒルダさんと勘違いしているシュウゲンさんは、私に向かってそう言うと両手を30cmくらいに広げ、左右に動かし期待に満ちた目で見つめてきた。
ええっと、私はヒルダさんじゃないのでお約束した内容を知りませんが……。
「あのぉ、初めまして私はサラと申します」
「うん? ヒルダちゃんではないのかの? そう言えば、少し背が低いような……? それに胸が大きくなっておる?」
前回、バールさんと初めて会った時も同じ事を言われた気がする。
そして判断する所は、身長と胸なのか……。
「親父。悪いが呼んだのは薙刀の件だ。そこの老婦人が薙刀を探しているそうだぞ」
「いや、それよりお礼の方が気になるんじゃが……。薙刀とは、また珍しい物を知っておるな。儂が鍛えた物が1本だけあるが、それは売り物ではない。同じ物で良ければ、見本に持ってこよう」
シュウゲンさんは、店の奥に取りにいった。
彼がその場からいなくなると、父が「あのバカ……」と小さな声を漏らす。
うん? それは誰に向けた言葉なの?
暫く待つと、シュゲンさんが薙刀を手に戻ってきた。
「少し調整する必要があるじゃろう。店内では狭いだろうから、裏庭で振ってみてくれんかの」
シュウゲンさんに店の裏庭へ案内され、薙刀を手渡されたサヨさんが、
「懐かしいわね」
と言い目を細めている。
そして、徐に構えを取り型稽古を始めた。
その動きは、槍を持った時とは全く違う。
父が祖母は薙刀の名手だったと言っていたけど、本当らしい。
得物が相手に合っているかどうか、シュウゲンさんはその姿を真剣に目で追っている。
途中から何度も頷き感心した様子を見せていた。
一通り薙刀を振りまわし、納得したのかサヨさんが満足そうな表情で戻ってきた。
「調整の必要はないようです」
「……これは薙刀をする妻の威勢の良さに惚れた儂が、どうしても作りたかったものだ」
「あら? 私は、おしとやかだったと思うわ。……雅美さん」
「下の名前は呼ばないでほしい……小夜」
あれ? もしかして、シュウゲンさんはサヨさんの元旦那さん?
2人はそう言ったきり黙ったまま、お互いを見つめ合った。
実に78年振りの再会となる。
バールさんが息子なら、祖父もまたこの世界で結婚したのだろう。
「親父。知り合いだったのか?」
「あぁ、懐かしい人に会えた。どうか、この薙刀は貰って下され」
「……はい、ありがたく頂きますね」
祖父と祖母の、その短い遣り取りに万感の想いを感じる。
サヨさんは、薙刀をそっと腕に抱き締めた。
バールさんの前では、話せない事が沢山あるんだろう。
「あ~、シュウゲンさん。今度、将棋の対局をお願いします。334回目の勝ちは譲りませんよ」
奏伯父さんが分かるよう伝えると祖父は顔を綻ばせ答える。
「お主が勝つのは当分先だろう」
これに、父も便乗する。
「出来れば、私と100回目の対局もお願いします。確か最後は私の勝ちでしたね。あぁ、それと妻が妊娠したんです。生まれたら、顔を見にきて下さい」
「なんと、そうであったか! それは是非、会いにいかねばならんの」
「お父さん、お兄ちゃんの槍もお願いしよう?」
私は娘であると強調し、兄の事も同時に伝えた。
「あぁ、シュウゲンさん。俺の槍も注文したい。出来れば、アダマンタイトで」
兄は、ちゃっかりロマン武器を強請っている。
空気を読んだのか、旭は注文するのを控えたようだ。
「そうかそうか、儂が作ってやろう。2人は、どんな得物を持っているのじゃ」
奏伯父さんと父の武器が気になったのか祖父が尋ねると、2人はそれぞれいたずらっぽい表情をしてみせた。
「既に、シュウゲンさんが鍛えた物を持っております」
父が姫様の形見の品を見せると、祖父が驚きに目を瞠る。
「これは、ヒルダちゃんの親友へ誂えた『飛翔』ではないか! 何故、お主が持っておるのだ?」
「知り合いから譲り受けました」
「私の槍はこれです」
今度は、奏伯父さんが自慢気に槍を見せる。
「ぐぬっ、これは……。幻の鉱物と言われるヒヒイロカネではないか!」
あるんだ、ヒヒイロカネ……。
素材を聞き、兄と旭が再び目を輝かせた。
「摩天楼のダンジョンで見付けた物です。これでも一応SS級冒険者なんですよ」
「そりゃ大出世じゃな。武術を極めただけある」
父と奏伯父さんの武器を確認し兄の注文だけを受け、シュウゲンさんは最後にぽつりと零す。
「ヒルダちゃんでは、なかったのか……」
そんなに、お礼を楽しみにしていたんですか?
サヨさんの祖父を見る目が少し怖かった……。
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