ずっと夢を見ていると思っていたけど……。
この手紙の内容をみる限り、どうやら現実に起こっている出来事らしい。
道理で時間経過が遅い筈だ。
そもそも乙女ゲームの始まりに、家族と食事をするシーンなんかなかった。
入学式から始まるゲームだった気がする。
という事は私、乙女ゲームの主人公の体に転移させられたの?
普通、転生するのが当たり前なのに……。
日本で私は死んでしまったのかしら?
この先、生きる希望も気力も失くしていたので亡くなった事については何とも思わない。
1人残された夫の事だけが心配だった。
まぁ異世界に来てしまった時点で、私にはどうする事も出来ないんだけど……。
雫と一緒に、異世界転生・転移物の小説を読んでいて良かった。
私はそれほど混乱も覚えず事態を理解する。
もうこうなったら、第二の人生を謳歌しよう。
ここが乙女ゲームの世界なら、少しだけ内容を知っている私は有利になる。
王子様と結婚するのも良いかしら?
早速ステータスを確認してみるとしよう。
アリサ・フィンレイ 12歳
レベル 0
HP 70
MP 70
魔法 時空魔法(アイテムBOX)
魔法 光魔法(ヒールLv0・ホーリーLv0・ライトボールLv0)
おや?
HPとMPの値が70になっている。
これは日本での年齢と同じだ。
初期値が70なんて、この世界ではかなりのアドバンテージよね?
使用出来る魔法には定番のアイテムBOXがある。
ただ光魔法で病気を治す事は出来ないらしい。
一瞬、もしかしたら同じ世界に雫が転生しているかも知れないと思った。
また同じ病気になっていたら、魔法で治療出来るんじゃないか。
そんな風に思い、それはないかと考え直す。
雫も尚人も、一緒の世界にいるなんて偶然にも程があるだろう。
そうして私は、伯爵令嬢としての人生を歩む事になった。
2日後。
早々に音を上げる事になる。
もう食事内容が酷過ぎるし、水洗トイレもお風呂もない。
生活環境の違いにギブアップしそうだ。
味付けが塩だけの料理が毎食とか……。
何の嫌がらせだろう。
あぁ、日本での生活が既に恋しい!
私、この世界で生きていけるかしら?
3日目。
厨房から覚えのある匂いが漂ってきた。
これは、小豆を炊いた匂い?
覗いてみると、紫色をした小豆が鍋に入っている。
料理が苦手で手作りのお菓子なんて作れなかった私だけど、唯一善哉を作る事は出来た。
あの子は、甘い物が好きだったから……。
料理人に何を作っているのか聞くと、薬湯だと返事が返ってくる。
小豆の煮汁を飲むそうだ。
残った小豆は捨てると言われ驚いた。
それなら私がもらうと言い、その場で水と蜂蜜を追加した後で塩を加えた。
私が作った善哉を食べてもらい、その日の昼食に出してくれるようお願いする。
初めて食べた家族は驚いていたけど、美味しいと言ってくれた。
母親に作り方を教え、その他にも色々な料理方法を伝える事にする。
塩味だけのスープにはいい加減うんざりしていたので、牛乳とじゃが芋を使用したポタージュやトマトを使った料理等を王都に行くまで一緒に作った。
兄のタケルは妹の意外な才能に驚いていたみたいだけど、食事内容が良くなる事で疑問には思わなかったみたい。
そして5日後。
2歳年上の兄と一緒に、馬車で2週間の王都へ出発。
魔法学校の入学式でのイベントに私は胸を高鳴らせていた。
が……。
何故かイベントは発生しなかった。
悪役令嬢にぶつかり転んでしまった所を、王子様に抱き起されるという夢のシチュエーションは文字通り夢となる。
魔法学校に悪役令嬢の姿がないのだ。
やられたっ!
これ、主人公は私じゃないパターンか!?
悪役令嬢に転生した人物が断罪回避のため、ストーリーを変えてる?
そうなると、王子様との結婚もなくなりそう。
これは……。
私は入学早々、人生設計を見直す事になってしまう。
貴族なら政略結婚が当たり前だ。
このままいくと、私は愛してもいない相手と親に結婚させられる未来が待っている。
それだけは、なんとか避けたい。
私は自立するために冒険者の道を選ぼう。
3年間――。
魔法学校で必死に魔法を習得しようと頑張ったけど、私は属性魔法を覚える事は出来なかった。
卒業後は家に戻らず、王都の冒険者ギルドで冒険者登録をする。
名前も本名のユカと名乗る事にした。
F級からE級に上がり、その後順調にC級になる。
私はこの世界の人より、HPとMP値が高いので冒険者として活躍する事が出来た。
誰ともパーティーを組まず単独行動をしている。
アイテムBOXやヒールの能力に目を付けられたら危険だと思ったからだ。
冒険者になって7年が過ぎた頃、王都の魔道具屋で偶然にも悪役令嬢と会う事になる。
赤い髪にオレンジ色の瞳、この特徴的な容姿は間違いない。
そしてお互いを見て声を上げた。
「あ~! ゲームの主人公!」
「何で学校にこなかったのよ! 悪役令嬢!」
私達は、それで元日本人だと気付く。
相手が乙女ゲームを知っているなら話は早い。
ここは、思いっきり愚痴を言ってやろう!
そう思っていたのに……。
名前を確認して、私は泣きながら娘を抱き締めた。
「雫!」
「えっ! 何っ! ちょっと、どういう事?」
「私は貴方の母親よ!」
「お母さんっ!?」
私は生きている娘に会う事が出来、異世界に転移した事を初めて感謝したのだった。
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