稽古が終了し、私と母は昼食の準備を始めた。
日本人だった姫様から色々な料理を聞いているガーグ老達なら、変わった物を出しても良いだろうと思い『グラタン』と『ピザ』にする。
『グラタン』には、迷宮サーモンとじゃが芋に玉ねぎを使用。
『ピザ』は、『照り焼きチキン』に『マルゲリータ』の2種類を用意。
チーズの焼ける匂いが周囲に漂い始めると、庭の木の枝が揺れ出した。
はいはい、ちゃんと妖精さん達の分もありますよ~。
出来上がった2つの料理をショートブレッドと一緒に木の下へお供えにいくと、雫ちゃんのお母さんがアイテムBOXからバスケットを取り出し付いてくる。
嫌な予感がし中身は何か尋ねてみると、朝食に作ったサンドイッチの残りだと返事があった。
だっ、大丈夫だろうか?
振り返り雫ちゃんの方を見ると、首を横に高速でブンブン振っている。
大丈夫ではなさそうだ……。
妖精さんが食べて悶絶しないといいけど……。
他は地下14階で採取した、アメリカンチェリーが入っているみたい。
「お待たせしました。皆さん、今日もありがとうございます。お昼のメニューは、『グラタン』と2種類の『ピザ』です。両方とも熱いので火傷に注意しながら食べて下さいね。それでは頂きましょう」
「頂きます!」
暫くして、急にドサドサと何かが落ちる音がする。
音がした方向を見ると、木の枝から落ちた妖精さん達がいた!
少し離れているから、はっきりとは分からないけど体格の良い中年男性らしく、鼻を押さえている。
あぁ、マスタード増し増しのサンドイッチを食べてしまったのか……。
あれは、鼻にクルよね~。
この世界に香辛料の入った食べ物はないから、初めて食べたんだろうなぁ。
直ぐに姿を消してしまったけど、アリサちゃんが見た老人の妖精さんではなかった。
ガーグ老達も見た筈なのに、何故か妖精さんに関してはスルーしている。
初めて見た私達は興味津々だ。
「沙良お姉ちゃん。今のって、妖精さんだよね?」
雫ちゃんは興奮した様子で目を輝かせている。
「うん、そうだと思う。見た目が人間と変わらなくてビックリした」
「妖精……本当にいたんだ」
旭は口を開けて唖然とし兄は、
「羽はなかったから、飛べないのかもな」
と淡々とした感想を述べる。
「何か、渋い妖精ね~」
母親達は2人で顔を見合わせていた。
父は見なかった事にしたいのか、何も言わず横を向いている。
「ゴホッゴホッ……。木から落ちるなぞ修行の足りん妖精だわ。主は何をしておるのかの」
私達の話を聞き、咳払いしたガーグ老が口を開く。
うん?
妖精に修行が必要なの?
疑問に思いつつ、昼食を食べ終え再び木の下へいく。
そこには、お礼の手紙が2通残されていた。
『サラ様。今日も美味しい料理を、ありがとうございます。ショートブレッドは、お腹が空いた時に食べさせて頂きます。また次回も是非、作ってもらえると嬉しいです。』
『ユカ様。ダンジョン産の果物は美味しかったです。料理を作るのは手間だと思うので、次回は果物だけお願いします。』
……。
サンドイッチが、激辛だった事には触れていないようだ。
妖精さん達は優しい性格らしい。
お礼の手紙を読んだ雫ちゃんのお母さんは、
「まぁ! 朝食の残りだったから全然手間は掛かってないのに、遠慮する必要ないわよ! 次は何を作ろうかしら?」
そう言い、妖精さんの優しさをぶち壊していた。
もっとはっきり、手紙で要らないと書いた方が良いですよ?
午後から仕事だというガーグ老へ、お礼のショートブレッドを渡す。
私達は従魔へ騎乗し工房を後にした。
家の門に、また人影が見える。
タケルと護衛の人に……、あと2人?
誰だろう?
従魔から降りて近付くと、雫ちゃんのお母さんが「あっ」と声を上げる。
「アリサ! 心配していたのよ!」
そう言って、40代の女性が涙ぐみながら彼女を抱き締めた。
それで2人が両親だと理解する。
子供達がいる炊き出し中を避け、家へ訪ねにきたんだろう。
タケルが家へ戻るよう言っても、のらりくらりと躱していたから両親が心配し会いにこられたのかな?
一度よく話し合う必要があるだろうと、2人を魔石に登録し家の中へ入ってもらう。
異世界では珍しい土足厳禁な室内に、2人は驚いた様子もなかった。
そう言えば、タケルも普通に靴を脱ぎスリッパを履いていたなぁ。
ワンフロアーで何もない状態の部屋には、驚いていたけどね。
やはり両親のどちらかが、元日本人なのかしら?
子供の名前に、タケルとアリサと付けるくらいだし……。
話しやすいようテーブルと椅子を出し座ってもらい、私達はお邪魔だろうから2階へ退散しようとした所で、タケルの父親が母の手を掴み引き留めた。
「美佐子……だよな?」
母の名前を呼ぶとは、もしかして知り合いなの?
呼ばれた母は怪訝そうな表情をしている。
父は母の名を呼び捨てにする男性を胡乱な目で見ていた。
母の姿は日本にいた頃より36歳若返っているけど、別人になった訳じゃない。
昔から知っていれば気付くだろう。
タケルの父親は私達の前で事情を話すのを躊躇ったのか、母の耳元で何かを伝えたようだ。
それを聞いた母が大きく目を瞠り、ぽつりと零す。
「奏兄さん?」
私はその言葉を聞き母の兄である奏伯父さんが、日本から転移する数年前に亡くなったのを思い出した。
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