その後、安全地帯に戻りテントから自宅へ移動しトイレ休憩。
これにも安全地帯に設置してある簡易トイレを使わずに済むと、雫ちゃんとお母さんが大喜びしている。
私は嫌な予感がしたので、一度も入らなかった。
旭はダンジョンマスター時代トイレに嫌な思い出があるようで、安全地帯の簡易トイレを使用しようとはしなかったし……。
兄は果物採取をしている時に、入った経験があるかもね。
テントから出ると、怪我人が待機していた。
三つ目ベアの爪で肩を大きく切り裂かれた男性だ。
傷口が広範囲に渡っているからか、兄と旭が顔色を変える。
鎧と服を脱がされていたので兄が直ぐに水を掛け、旭がヒールを唱え治療した。
大きく抉られていた皮膚の傷はなくなり、綺麗な状態に戻ると見ていた私もほっとする。
2人が同時に対応したのは、時間が惜しかったからだろう。
出血多量で危険な状態だったのか……。
1階層下がっただけで、魔物の危険性がぐんと上がった気がする。
いつか冒険者の死に立ち会う瞬間があるかも知れない。
覚悟を決めた方がいいんだろうけど、現場に立ち会うのは辛いな……。
男性は、危険な状態から数秒で脱した事に目を瞬かせていた。
傷があった辺りを恐る恐る手でなぞっている。
皮膚が綺麗になっているのに驚きつつ、喜んでもいるようだ。
兄が治療代を固辞したため、旭だけが金貨17枚(1千7百万円)を受け取る。
男性は、お礼を言いメンバーの所に戻っていった。
それを見ていた旭のお母さんが感心している。
ダンジョン攻略中、光魔法を使えるのは内緒にしていたらしい。
若い少女2人のパーティーだ。
狙われる可能性を考え、治癒術師としてバレる訳にはいかなかったんだろう。
治療後のお礼もあるしね。
あれは雫ちゃんの教育に悪い。
父は旭が使用したヒールの効果を見て、何とも言えない表情になった。
「今の魔法は本当にヒールなのか?」
「ヒールしか覚えてないので、そうだと思います」
父に聞かれた旭が答える。
「……知識の差なのか? お前達は外科医だから人体の構造を知っている分、効果が高いのかもな。あぁ、また心配の種が増えたじゃないか……」
誰にともなく呟いて兄を見やると、
「後で石化治療した件を詳しく説明してくれ」
と言ったきり父は黙ってしまった。
突然異世界に召喚されてから、まだ1週間。
分からない問題が多く親として心配なんだろう。
私は夕食の準備を始めないと。
2パーティーは『バーベキュー』らしいので、今日はメニューを合わせよう。
雫ちゃんは、キャンプにも海にもいった事がない。
病気の所為で遠出をするのが難しかったのだ。
『バーベキュー』をするのは初めてだろう。
母と一緒に材料を切り、ハイオークとねぎを交互に刺して串焼きを作る。
兄に火を起こしてもらったら、父がお肉を焼いていく。
雫ちゃんは、目の前で焼かれる野菜やお肉に目が釘付けになっていた。
私はその間に、『シチュー』と『ナン』を準備しておこう。
焼き上がった野菜や肉を皿に盛り、皆で食事を始める。
「頂きます!」
お肉が焼ける匂いでお腹が空いたのか、雫ちゃんがミノタウロスの肉から食べ始めた。
「美味しい~! ダンジョンで食べてるとは思えないよ!」
「おや? 妹さんは、サラちゃんの料理を食べた事がないのかい?」
雫ちゃんが叫んだ言葉を耳にして、アマンダさんが不思議そうな表情をする。
「少し事情があり、私達は最近まで王都のダンジョンを攻略していたんです」
旭のお母さんの返事を聞いて、アマンダさんは納得したらしい。
「じゃあ、これからは美味しい食事が食べられるよ。サラちゃんは、本当に料理上手だからね」
「はい、凄く嬉しいです! 毎日楽しみが増えました!」
雫ちゃんが、笑顔になり元気一杯答えている。
これは、新しいメニューを幾つか考えておく必要がありそう。
「あ~、聞いても良いか分からないんだが……。サラちゃんのご両親は、どれだけ歳の差があるんだ?」
ダンクさんがこっそり私に尋ねてきた。
同じ年ですけど?
「父も母も、一緒の年齢ですよ?」
そう答えた瞬間、聞き耳を立てていた2パーティー全員が「ええぇ~!」と声を上げる。
あぁ、そうか……。
この世界の人は平均身長が高いから、私と変わらない背で日本人の母の顔が若く見えるんだろう。
父はイギリス人とのハーフで背も185cmある。
おまけに兄より体格がいい。
良かったね、お母さん。
かなり若い母親だと思われたみたいだよ?
旭の父親が召喚されたら、文字通り歳の差夫婦になるだろうけどね~。
母は冒険者達に若く見られて嬉しそうだ。
旭は少し複雑そうにしている。
見た目が妹になってしまった母親に、思う所があるんだろう。
そんな和やかな雰囲気の夕食が済むと、アマンダさんが新しいデザートを期待しながら待っている。
私はマジックバッグからアメリカンチェリーを取り出し、全員に2個ずつ配っていった。
「サラちゃんありがとう。この果物は、何ていう名前なんだい?」
「アメリカンチェリーです。これも甘くて美味しいですよ~」
「初めて見る果物だね。じゃあ、頂こうか!」
アマンダさんが一口食べたのを見て、メンバーも食べ始めた。
アメリカンチェリーは皮を剥く必要がないので、兄も旭も食べている。
「ああ、この味もいいね」
果物好きなアマンダさんが、笑顔になって2個目を口にする。
子供の頃、茎と種が離れないよう遊んで食べた事があったなぁ。
ダンジョン産の果物に種は入っていないけど……。
もう一つの遊びは出来るかも知れない。
茎を口の中に入れて結ぶのだ。
出来るのは、キスが上手い人だと言われていたっけ。
あれは本当なんだろうか?
少し興味が湧いたので、この遊びを2パーティーに教えてあげる。
結果、冒険者で出来たのはダンクさんとケンさん。
パーティーメンバーでは、私の母と雫ちゃんだけだった。
う~ん、キスが上手いと言うのは眉唾かも?
雫ちゃんは、キスをした経験がないだろうしね。
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