「姫様。ガーグ老から話を聞きました。明日は、ティーナ様の代わりに結婚式を挙げるのですよね? 花嫁衣裳を準備しております。こちらへどうぞ」
もう既に購入済みだったが、そんな事を言える雰囲気じゃなさそうだ。
俺は大人しく女官長に手を引かれ、後を付いてきた女官達と工房内へ入っていく。
「皆に会えて嬉しいわ。長い間眠っていたから、もう生きてはいないとばかり思っていたのよ」
「姫様が産んだティーナ様を探すまで、私共は死ぬわけには参りません。ティーナ様は、王様が育てられていたようで安心致しました。王様は姫様がお亡くなりになったと思い、ご側室を迎えられたそうですから悋気を起こしてはなりませんよ」
「あの……実は人間の夫が生きているとは思わず、私にも妻がいるの」
「姫様が、ご側室を!?」
女官長が驚きの声を上げる。
爺は妻の存在を伝えていなかったらしい。
国王である響が生きているなら、結婚した俺達は夫婦が継続される。
当然、今の妻は側室扱いになるだろう。
息子と娘がいるのは、もう少し黙っていた方がいいな。
俺の家族設定が複雑すぎる……。
「その事を王様は、ご存じなのですか?」
「ええ、お互いの側室同士も非常に仲がいいのよ」
あの2人は親友だからな。
「まぁ、そうで御座いますか。ご側室様達の仲がいいのであれば、問題ありませんね。時間もあまりないですから、早速着替えましょう」
側室に関して結構あっさりと受け入れられ、肩透かしを食らった気分になる。
女官達も、最初は驚いた様子を見せたが納得しているらしい。
それからは、あっという間に服を脱がされ王族用の花嫁衣裳を着せられた。
ついさっきまで涙ぐんでいた女官達は、非常に良い笑顔で俺の髪を複雑に編み出す。
最後に王族の証である、精霊の加護を受けた守護石の額飾りを付けるまで1時間以上。
女性の身支度の長さにうんざりしながら工房を出る。
花嫁衣裳を着た俺を見て、娘が「綺麗~」と言ってくれた。
おっ、そうか? 母親として悪い気はしないな。
ガーグ老は感極まった様子で泣いている。
「姫様は滅多に着飾らんかったでな。また、綺麗な姿を見られて儂は幸せだの……」
毎日ドレスを着るのが苦痛だった俺は、結婚するまでズボンばかり穿いていたからなぁ。
王女時代の服装は女官長達にも、お世話のし甲斐がないと呆れられていた。
「見た目、詐欺だな」
響は着飾った俺を見て笑っている。
「お前は、綺麗だと一言くらい言え!」
ムッとして肩を小突いた。
支度に1時間以上掛かったんだぞ!
「それは知ってる。相変わらず、姿だけは美しいと思ってるよ」
「イツキ殿。お口が悪うございます」
「あっ、すみません。まだ慣れなくて……」
即座に女官長から注意され、肩を竦めた。
ヒルダの姿をしている時は注意しよう。
「サラ様は、どんな衣装をご用意されたのですか?」
「ええっと……。私の代わりに樹おじさんが花嫁役をするので、衣装は必要なくなりました」
「ですが、出席はされるのですよね?」
女性化した俺に、花嫁の代役が務まると思っていなかったんだろう。
娘は出席するかどうか迷っているらしい。
「大丈夫ですよ。私達がお傍について、指一本触れさせませんから。それに……他の者もいるようです」
女官長は娘の衣装も準備しているようだ。
ガーグ老から【存在を秘匿された御方】であると聞いたのか、護衛の『万象』達の存在に気付いてるんだろう。
庭の木へ一瞬視線を送っていた。
「明日は目立たないよう、私達と同じ衣装にしましょう。ですが今日は、私どもの準備した衣装を着て下さいませんか?」
「えっ? 私は花嫁衣裳を着る必要は……」
ティーナが産まれる前から沢山の衣装を用意していた女官達だ。
俺が服装に無頓着だった分、娘を着飾らせたいんだろう。
逃げられないよう取り囲み娘を工房に連れ去っていく。
それを見た響が手を振って送り出し、俺は娘の花嫁衣裳が見られると嬉しくなった。
「姫様は、元の姿に戻られた方がいいの。やはり、男性姿は見慣れぬわ」
そう言って満足そうに笑うガーグ老の両頬には、くっきりとした手形が残っているんだが……。
これは、女官長に付けられた痕だろうな。
突っ込むのは止め見ない振りをしておこう。
「この姿に戻ったのは久し振りなのよ。ずっと同じ姿でいる訳にはいかないけど、暫くは姿変えの魔道具を使用しない心算」
女性化の魔法効果は70日間だけだ。
70日後には樹の姿へ戻るだろう。
それまでに、アシュカナ帝国の王を排除する必要がある。
「それは結花殿のためか?」
「ええ、まぁそうね」
ガーグ老は響を見て、なんとも言えない表情をする。
俺達の変則的な夫婦間に対し思うところがあるんだろう。
だが、臣下である彼は王族に口出ししない。
なんとなく、偽装結婚したのに気付いてそうだし……。
常に隠形している影衆達は結婚後、初夜を別にし寝室を共にしていないのは把握済みだ。
娘こそ生まれたが、俺達の間に愛はないと分かっているに違いない。
着替えを待っている間、俺は精霊王に連絡を取ろうと木の下に向かった。
幹に手を触れ意識を飛ばす。
『精霊王。ティーナの守護石は、何処にありますか?』
娘を育てた精霊王が、ハイエルフの王族である証を作っていないわけがないだろうと思い尋ねてみた。
『あぁ、それは私が持っているよ』
『渡して下さいませんか?』
『では、その木に送ろう』
少し待つと、木の枝から大きな葉が生え俺の手元に落ちる。
葉に包まれるよう入っていたのは、俺と同じ色の額飾りだった。
加護を付けたのは世界樹の精霊王の他にもいそうだな。
守護石に内包されている力が半端ない。
娘は、どれだけ多くの精霊に守護を受けているんだろう?
『精霊王、ありがとうございます』
『ティーナは元気にしているかい?』
『はい。毎日、驚きの連続でハラハラしっぱなしですが……』
『ヒルダ。その時がくるまで、娘をしっかり守りなさい』
『勿論です。巫女姫である前に、ティーナは私の娘ですから』
『頼もしいね。護衛達と一緒に、よろしく頼むよ』
精霊王から貰った額飾は、女官長へ渡しておこう。
明日の結婚式では何があるか分からない。
守護石を身に着けていれば危険を回避出来る。
額飾りを腕輪に収納し響達の下へ戻った。
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