【椎名 響】
イギリス人の父と日本人の母の間に一人っ子として生まれた俺は、見た目が外人のハーフだ。
父は母にベタ惚れして結婚した所為か、家では一切英語を話さない徹底振りだった。
そのため俺はハーフとして生まれたにも拘わらず、英語を一切覚えられず育つ事になる。
日本生まれ日本育ちで、会話は全て日本語。
朝食には味噌汁とご飯に焼き魚や卵焼きが定番の、ごくごく普通の日本家庭だと思う。
見た目以外は……。
子供の頃は外見をけなされ悲しい思いをした事もあったが、成長と共に図太くなり周囲の目は気にならなくなった。
20歳の頃――。
妻の美佐子と結婚したのは、母親を亡くし悲しんでいる彼女を傍で支えてやりたいと強く思ったからだ。
彼女には母親に見せられなかった花嫁衣裳と孫を、せめて父親には見てもらいたい思いがあったらしい。
お互いまだ若かったが、家族として生きようと決意した。
結婚した年に長男の賢也が生まれ、2年後には長女の沙良が生まれ、その2年後には次女の茜が生まれる。
俺に似た賢也と茜、妻に似た沙良は本当に可愛かった。
その可愛さのお陰で、娘は大変な目に遭う事になってしまったが……。
子供達が成長すると、賢也は妹の面倒をよくみるようになった。
沙良も兄の事が大好きなようで、賢也の傍を離れようとしない。
愚図って眠らない時は、賢也がよく寝かしつけてくれた。
俺が添い寝をしても寝ないのに、何故か賢也が背中をポンポンと叩くだけで眠ってしまうのが不思議で仕方ない。
そんな面倒見のいい息子は、俺と同様に近所の子供達から遠巻きにされていたらしく中々友達が出来なかった。
いつも妹達と一緒に遊んでばかりだったから心配していた所、友人を家に連れてきた。
「旭 尚人です!」
元気よく挨拶をしてくれたその子供を見て、俺はふと懐かしい気持ちになる。
大学生時代、囲碁部の仲間だったあいつの苗字と同じだと思って……。
日本文化に傾倒していた父から将棋や囲碁を学んだ俺に、何度も勝負を挑んできた変わり者だ。
気が強い癖に、その外見が可愛らしい見た目で損をしている残念な感じが目の前の子供と重なる。
うん?
よく見ると似てるんじゃないか?
思わず、父親の名前を聞いた。
そして思った通り知り合いの名前が出た事で、俺達は偶然にも近所に引っ越してきた事を知る。
大学を卒業してから疎遠になっていた樹と再会し、俺達は子供を通じて家族ぐるみの付き合いとなっていく。
妹の茜の事を、姉になった沙良はとても可愛がっていた。
けれど沙良が7歳の頃。
兄と一緒に公園で遊んでいた時、突然見知らぬ女性が目の前で姉を誘拐したのを見てショックを受けたのか、茜は突然男の子のフリをしだした。
賢也に持たせた防犯ブザーのお陰で、誘拐未遂に終わった2回の現場に居合わせた事も原因かも知れない。
茜はスカートを穿かなくなり、髪も自分で切ってしまった。
ついには姉を守ると言い、空手を習い始める。
正直、俺は自分の子供がおかしくなってしまったんじゃないかと不安だった。
でも妻の美佐子は好きにさせてあげましょうと言い、止めさせることはせず見守る心算らしい。
そんな中、妻に4人目の子供が出来た。
長男の賢也とは9歳離れる事になる。
俺達は子供の名前を香織と名付け、その誕生をとても楽しみにしていた。
出産予定日を間近に控えた夏の日。
仕事先に掛かってきた病院からの電話で、俺は慌てて家に戻り泣いている子供達を連れ妻が運ばれた病院へと駆け付けた。
『奥様が交通事故に遭われました――。』
聞いた時はショックを受け、何を言われたのか理解出来なかった。
その後に続いた病院の名前と電話番号を機械的に書き取って、ただ妻の無事だけをひたすら祈る。
病院に到着した後も、手術室の前で震える両手をなんとか押さえ湧きあがる不安と必死に戦った。
目の前で母親が車に轢かれる姿を目撃した賢也と沙良のケアをしないといけないと思いつつ、俺は妻を失うかもしれないという恐怖で押し潰されそうだった。
ふと子供達を見ると、賢也が沙良をしっかりと抱き締め怖がらせないようにしている。
茜は腕を組み、じっと手術中のランプを見続けていた。
まだ幼い我が子に醜態は見せられないな……。
俺は気を引き締め、手術が終わるのをじっと待つ。
やがて手術中のランプが消え、手術室から医者が出てきた。
俺は煩いくらい心臓の鼓動を感じながら、医者の下へと席を立つ。
そして告げられた医者からの言葉に、大きく肩を落とす。
妻は一命を取り留めたが、お腹の子は助からなかった……。
あぁ、これを聞いた妻はどんなに悲しむだろう。
家族全員が悲しみにくれる事になるが、それは我が子をお腹の中で感じながら大切に育ててきた妻の比ではない。
お腹の子が亡くなった事を伝えなければいけないと思うと、どうしようもなく胸が痛んだ。
せめて、俺の口から話す事にしよう。
その日。
妻が目覚めるまで俺達は家には帰らず、病室で一晩を明かした。
目が覚めた妻に気になっているだろう事を一番に伝えると、はらはらと大粒の涙を零しながら声を押し殺して泣きだす。
俺はそんな妻を抱き締め、たった一言「お前が無事で良かった」と伝える。
せめて自分の命が助かった事を嬉しく思う人間がいる事を知ってほしい。
この事故は防ぎようがなかった。
相手は運転中に心臓麻痺を起こし、既に亡くなっていたからだ。
病院を退院してから妻は塞ぎ込んでしまっていたが、仲良くなった樹の奥さんである結花さんが度々気分転換になるようにと外へ連れ出してくれたお陰で、徐々に元気を取り戻していった。
本当に結花さんには感謝している。
男の俺では上手く慰める方法を思い付けなかったから……。
そんな妻の姿を見て安心し、俺は久し振りに樹を将棋に誘った。
大学時代から数えるとかなり長い間、樹に囲碁と将棋を教えているがまだ負けた事はない。
一度も俺に勝てないと分かりながら、付き合ってくれる優しいやつだ。
いや、単に負けず嫌いなだけか?
でも普通は勝てない相手との勝負は嫌がるもんだよな?
その日も、既に俺の勝ちが見えていた。
次の一手を待っていると、急に樹が後ろに倒れ込んでしまう。
大丈夫か? と声を出そうとした瞬間、俺も強烈な眩暈に襲われ意識を失ってしまった。
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