なんとなく記憶にない中央の男性を見つめている内に、私の意識が薄れていく。
あぁここで眠ってしまうのはちょっと不味いと思いながら、瞼が閉じていくのを拒む事は出来なかった。
「サラ……ちゃん? ……どうやら御子は眠ってしまわれたようだわ。皆の者、静かにしておるのだぞ」
ガーグ老の言葉をぼんやりと聞きながら、私は意識を手放した。
次に目を開けると、先程までいた家具工房じゃなくなっている。
私がいる場所は、とても大きな木がある森の中だった。
おや?
これは、また香織ちゃんの夢を見ているんだろうか?
自分の実体がない事を感じるので、そう思ったのだけど……。
それにしては香織ちゃんの意識を微塵も感じる事が出来ない。
意識だけの状態で森の中にいるようだ。
森の中央にある大きな木に視線を向けると、先程天蓋付きベッドの天井に描かれていた木によく似ている気がする。
じゃあ今見ているのは、私の夢なのかしら?
寝る前まで見ていた風景を思い出して、再現しているのだろう。
出来れば、あの美しい人に会ってみたいなぁ~。
可愛らしい妖精達も見てみたいし……。
夢なら自分の思い通りに出来ないかと、心の中で男性に会いたいと強く願ってみた。
すると私の願い通り、目の前に美しい人が現れる。
おおっ!
自分の願い通り見れる夢なんて最高だ!
間近で見ても男性とは思えない程、綺麗な肌をしている。
豊かな銀髪が腰まで波打っていた。
私は今、意識だけの状態だから相手には見えないだろうと、少々無遠慮に観察を始める。
瞳はサファイヤのように青く、キラキラと輝いてみえた。
なんだろう、この人の瞳を見ていると吸い込まれそうな不思議な感覚がする。
着ている服は滑らかな素材で出来ているのか、艶々と光沢がある物だ。
幾重にもドレープが入っていて、足首の長さまである。
かなり複雑な作りになっていそうだ。
中にズボンは穿いていないのかしら?
少しだけ、裾をめくってみたい衝動に駆られる。
タイミングよく風が吹いたりは……。
その瞬間、周囲に風が舞った!
けれど肝心な男性の着ている服は、靡いたりせずガッカリしてしまう。
見えそうで見えないとかじゃなく、全く見えないなんてあの服は見た目以上に重いのか?
私が首を捻っていると、目の前の男性が口を開いた。
「ティーナは相変わらずだね。そんな事を簡単に風の精霊に願うものではないよ。お前達も、私に悪戯を仕掛けるとは……。後で、風の精霊王に伝えておこう」
はっ!?
ティーナって誰!?
私の事が見えているの?
そして裾を捲ろうとした事がバレてる!
「厳重に記憶を封印してあるのに、精神だけの状態でここにくるとは思わなかった。どこかで私の姿を見てしまったのかな? おや、瞳の色が変わっているね。少し封印が解けかけているのか……。あぁ、ティーナの気配を感じて竜族がやってくるよ」
???
私の夢の筈なのに、この人の話している内容がさっぱり理解出来ない。
って、ティーナは誰なんですか!
男性が空を見上げて、ある一点に視線を向けた。
つられて私も同じ方向を見ると、空に赤い点が浮かんでいる。
それが凄い勢いでこちらに近付いてくるにつれ、点ではなく徐々に姿を現した。
人生で初めて見る大きな赤いドラゴンだ!
カッコいい~!
普通は恐怖を感じるものなんだろうけど、私には感動の方が勝った。
ずっとドラゴンの背に乗って空を飛んでみたかったのよ!
上空を見続けていると、ドラゴンの姿が真上になり急降下を始める。
かなりの速度で地面に向かってくるので、激突しないかハラハラしてしまう。
地上に近付くにつれ、そのドラゴンの姿が何故か小さくなり最後は人へと姿を変えた。
当然、ドラゴンだった人は地面に激突する事もなく綺麗に着地すると、こちらにスタスタと歩いてくる。
先程、竜族だと言っていたのは人の姿に変態出来る種族の事だったのか……。
「よう、ちい姫! ありゃ、体はどこに置き忘れてきたんだ?」
人の姿になった赤い髪に赤い目の青年は私にしっかりと目線を合わせているので、やはり意識だけの状態の姿を見る事が出来るんだろう。
それにしても、ちい姫とは一体……。
「何だ? 記憶が戻ってないのか? 契約している俺の事も忘れてるとは、つれないねぇ~。しかし、どうして守護を任せたあいつは傍にいないんだ?」
元ドラゴンの人が最初にいた男性に話しかける。
「今はその時ではないのだよ。今日は例外だ。封印された記憶が戻るのは、まだ先だからね」
「ちぇっ、久し振りにご主人様に会いにきたのに寂しいじゃんか。今だけ俺の事を思い出させてくれよ!」
「君に暴れられると困るんだけどなぁ。じゃあ特別に少しの間だけ記憶を戻そう。ティーナ、合言葉を覚えているかい? 夢は?」
突然、合言葉を言えとは……。
なんて無茶振りをする人なのかしら?
それでも振られたからには、答えてみせよう。
私は暫く考えて、これしかないと思った言葉を口にする。
「りゅうきち !(竜騎士)」
えっ!?
自分の声が出た事にも驚いたけど、何で幼児のような話し方になっているの?
そして答えた瞬間、全ての記憶が蘇る。
特に大きな混乱もなく今の記憶と混じりあった。
ティーナは私の名前で、この森は私が育った場所。
美しい姿をした男性は養い親で、初恋の人でもある世界樹の精霊王その人だ。
私はある役目のために、記憶を封じて転生させられたのね。
種族が違う所為で実らない恋心を忘れたい一心から、記憶を封印する事に同意した事も思い出す。
私の気配を感じて飛んできてくれたのは、契約した片割れの赤竜だ。
竜族の長老から卵を託され、私が魔力を注いで育てた可愛い子供の内の1人。
1つの卵に2体入っていて、孵化するのは難しいと言われたのだわ。
「ちぇいれいおう(精霊王)。ごぶちゃたちてましゅ(ご無沙汰してます)」
いやいや、すんなり記憶が戻ったのはいいとしても、この言葉遣いはどうなんだ。
「おかえりティーナ。あぁ、精神だけの状態で来てしまったから、負荷がかからないように自己防衛反応が起きているんだよ。今なら実体化出来るだろう?」
私は精霊王に言われて、記憶にある魔法を行使する。
すると精神だけの状態から、3歳児くらいの実体になった。
「ちい姫。また随分小さいな。どんな姿でも、俺のご主人様に変わりないけど……。正直もっとこう、メリハリのある体の方が好きだ。でも、会いたかったぜ~」
この少し乱暴な口調で話す方が、双子で生まれた兄の「セキちゃん」だ。
弟の「セイちゃん」は、大人になると少し畏まった口調に変わり寂しい思いをしたっけ。
「セキちゃん、ただいま~」
私は幼児体型の短い脚を必死に動かして、大好きなセキちゃんの足にしがみついた。
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