ガーグ老の工房から出た後で、ホームの自宅に戻ってくる。
兄達の帰りを待つ間、明日子供達に食べさせる『善哉』を事前に準備しておこう。
空き部屋に移動し、業務用寸胴鍋に薬師ギルドで購入してきた小豆を入れて沸騰させる。
中火にしたら10分程煮て、びっくり水をいれると小豆の皺が伸びてふっくらと柔らかくなるのだ。
再沸騰後、弱火にしてゆで汁が濃くなってきたら一度水を捨て小豆を水洗いする。
再び水を加えて沸騰させ弱火で約1時間くらい煮たら、後は砂糖を入れて煮詰めるだけなんだけど……。
今回、砂糖を使用するのは高価すぎるのでハニービーの蜂蜜を入れる事にする。
子供達は甘味に慣れていないので、味付けは甘さ控えめにしておいた。
本来、砂糖の分量は小豆の80~100%を使用する。
そんなに甘い物を食べたら、子供達が驚いてしまうだろう。
私は焼き餅や白玉が入った方が好きだけど、異世界には両方ないので入れる事は出来ず残念だ。
その前にパンと具沢山スープを食べているから、『善哉』だけでも量としては充分かな?
月曜日の夕食時、2パーティーにも食べてもらおうと業務用寸胴鍋2個一杯に作っておいた。
夕飯の準備をしていると2人が帰ってくる。
旭は元気よく「沙良ちゃん、ただいま~」と言って、両手を広げているけど何のジェスチャーをしているのかしら?
兄が即座に両腕を叩いて下げさせていたけど……。
「2人ともおかえりなさい」
「あぁ、ただいま」
今日の夕食は明太子クリームパスタだ。
偶にはパスタもよいだろう。
付け合わせのしゃぶしゃぶサラダを作って、パスタを茹でていると兄達が手洗いを済ませて席に着く。
フライパンにバターを入れ、しめじを炒めたら生クリームを投入。
とろみが付いたところで、皮を除いた明太子を入れ軽く混ぜ合わす。
塩味はバターと明太子で充分だから、そのまま茹で上がったパスタを加えたら完成。
兄達2人の分は1.5人分を皿に盛りつける。
「いただきます!」
今日もジムの帰りでお腹が空いている2人は、フォークだけでパスタを猛然と食べ出した。
私はスプーンとフォークを使用して、口に入れるサイズに調整しながらパスタをくるくると巻いていく。
パスタは簡単に出来て美味しいよね~。
『肉うどん店』では『ミートパスタ』しかまだ販売していないけど、迷宮サーモンとマジックキノコのクリームパスタなら出来るかも?
牛乳が高いので、お値段は少し高くなっちゃうけど……。
稼いでいる冒険者がターゲットの店だから、売れ残る事はないだろう。
春になったら、『五目あんかけうどん』からメニューを変更しよう!
私がのんびりそんな事を考えている間に、2人はパスタを完食してしまっていた。
今はしゃぶしゃぶサラダに胡麻ドレッシングをたっぷり掛けて、お肉を美味しそうに食べている。
勿論兄達のサラダの上には私とは違い、倍の量のお肉を載せてある。
食べ盛りの2人は、パスタだけじゃ口寂しいだろうと思ってね。
「お兄ちゃん。明日の稽古後なんだけど、ガーグ老達に将棋をプレゼントしたから一局相手をしてくれないかな?」
「沙良、お前は言葉が足りなすぎる。まず、なんでガーグ老達が将棋を知っているのかそこから説明しろ」
あぁ、そうだった。
2人には、まだ話していなかったわ。
「え~っと、ガーグ老のお孫さんに私の顔がよく似ていて、最初に会った時泣かれたんだよね。で、テーブルを作成してもらったお礼に『ピザ』を作ってあげたら、どうも料理名を知っている感じがしたの。その時は、仕えていた主人が元日本人じゃないかと思っていたんだけど……。今日、ガーグ老がテイムしている従魔の白梟の名前が『ポチ』と『タマ』だって分かって、名付けたのは亡くなったお孫さんだと言っていたから、ガーグ老は元日本人2人と接触の機会があったんじゃないかな?」
「で、お前はそのどちらかが将棋を教えていたんじゃないかと思ったんだな?」
「沙良ちゃんに似ているお孫さんの話は、どうなったの?」
2人に別々の質問をされて困ってしまった。
こういう時は兄を優先しよう!
「ガーグ老は王族を守るために必要だと言われて覚えたみたいだから、仕えていた主人が教えたと思う」
「それは、ガーグ老が王族を警護していた事にならないか?」
「そうなるね。カルドサリ王国の王族だけど、少なくとも1人は元日本人の可能性が高いよ」
兄は、また黙り込んでしまった。
次は旭の質問に答えよう。
「亡くなってしまったお孫さんが従魔の名付け親だった所為か、容姿が似ている私にも『ポチ』と『タマ』が懐いてくれたのよ。何故だか2匹にも私の言葉が分かるみたい。不思議だよね~」
「えっ、それって沙良ちゃん変だよ! 他人の従魔でしょ?」
「うん、だから容姿が似ていると魔力も似るのかなぁと思ってたところ」
「沙良、なんでお前は目を離すと厄介事を持ち込んでくるんだ? ガーグ老達が王族の警護をしていた事も、王族に元日本人の可能性がある事も、従魔がお前に懐く事も大問題だろうが! それら全てをすっ飛ばし、将棋を一局相手しろって話をどうして最初にするんだ!」
あれ?
これはなんだか分が悪い感じがしてきたよ。
兄が既にお説教モードに入っている。
言うのを忘れてた訳じゃないんだけど……。
「順を追って話すべきでした、ごめんなさい!」
私は、さっさと謝る事にした。
「はぁ~。お前が言葉に不自由なのは今に始まった事じゃないが、重要な事を省いて話す癖はどうにかしろ。他人の従魔と意思の疎通が出来るなんて知られたら大変だ。もう他に言い忘れている事はないだろうな?」
いえ、秘密にしている事なら沢山ありますが……。
地下30階の魔物を1人で倒した事や、暗殺者を送り込んできたオリーさんを他国に移転させた事や、他国の諜報員に狙われているかも知れない事や、兄がリースナーの町で犯罪者に手を下したのを知りつつも黙っている事とか。
でもそれは私が言わないと決めた事でもある。
なので、兄から聞かれた事に私は無言で首を横に振った。
無いです、何もありません!
隣では旭の顔が微妙になっている。
「分かった、従魔の事は秘密にしておけ。将棋の相手をするのは問題ないだろう。旭も出来る事だしな」
「そうだね、最初から知っているなら俺もお相手させてもらうよ。それにしても、こんなに元日本人の気配があるなんて信じられない。タケルの妹が言っていた悪役令嬢って言葉も、もしかしたら意味があるのかも知れないね」
「悪役令嬢って言葉で思い出すのは、乙女ゲームくらいだけど……。私ゲームはした事ないから分からないなぁ~」
「俺もさっぱり分からん」
「俺は、雫が遊んでいたのを見た事があるくらいかな?」
結局、全員乙女ゲームについてはやった事がないので内容を知らず、この話はうやむやに終わった。
旭が話題を変えてくれたお陰で、兄の説教モードは解かれたので後で何かお礼をしないとね。
部屋を出る時、旭が振り返って片眼を瞑ってみせたので私は親指を立てておいた。
うん、グッジョブ!
旭、ありがとう~!
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