翌日の早朝。
全員で異世界にある沙良の家へ移転する。
そこで妻がテイムしたシルバーウルフのボブを、雫ちゃんと結花さんへ紹介していた。
結花さんはボブの名前に絶句していたようだが……。
今日初めて、サラがテイムしたシルバーウルフと迷宮タイガーを見せてもらった。
俺は毛色の違うシルバーウルフに首を傾げる。
「沙良、お前のテイムしたシルバーウルフは黄金色をしているようだが……。特殊個体なのか?」
「違うよ。シルバーは、お願いしたらゴールデンウルフに進化してくれたの! うちの子は凄く優秀なんだよ~」
「テイムした魔物が、ゴールデンウルフに進化しただと!?」
沙良からの返事を聞き、思わず声を上げてしまった。
従魔が進化するなんて聞いた事もないぞ?
「テイム魔法に、そんな事が可能なのか……?」
それとも、魅了魔法でテイムされた従魔は違うのだろうか?
あぁ、またひとつ厄介事の種が増えた気がする。
昨日、何もないと言っていたが絶対違うな……。
暫くすると、沙良が経営している『肉うどん店』の従業員達がやってきた。
母子で路上生活をしていた母親達を、住み込みで雇ったそうだ。
異世界で主食を変更した料理店を出すとは……。
娘は、かなりチャレンジャーだなぁ。
他にも冒険者が出来なくなった高齢者を、『製麺店』の従業員とし雇っているらしい。
ダンジョンがある町では、どうしても魔物との戦闘で身体を欠損する冒険者が多く出る。
俺が国王時代やれたのは、せいぜい教会に週1回の炊き出しを義務化させた事だけだった。
娘は個人的に支援を施していたのか……。
その代わり孤児になった子供達は、教会の孤児院と領主へ支援するよう徹底させた。
なのに……。
その後、沙良の家を訪れた子供達の数は予想を大きく上回っており、俺の死後その政策が崩れたのを示していた。
「沙良、今はカルドサリ王国暦何年なんだ?」
「確か、カーランド王朝863年だったと思うよ」
「300年か……」
それ程の月日が経っていたとは……。
樹がティーナを産み、日本へ戻ってから300年。
異世界と地球の時間のズレは今回もあるらしい。
俺がこの世界からいなくなり150年も過ぎていれば、国王が何代も代わっているだろう。
俺の政策は、後を継いだ弟の孫に受け継がれただろうか?
せめて王領である王都だけは、王族からの支援が届いてほしい。
この国の王であった俺が、結果を残せなかったのが悔やまれる。
あれ程、領主達へ子供達は国の未来だと伝えておいたのにな。
やはり貴族優位な体制は、150年後も変わらないのか……。
ただ子供達の姿を見ると孤児にはとても思えない。
全員が柄違いのポンチョを着て、首には暖かそうな物を巻き耳当てをしていたからだ。
ダンジョンでの治療代を家の購入資金に充て、路上生活者の子供達に与えたらしい。
沙良が俺達を紹介すると、子供達は行儀よく頭を下げ挨拶をしてくれた。
顔色も良いし健康的に育っている。
昔、俺が視察した孤児の姿とは大違いだった。
これが、娘がした結果なら親として誇りに思う。
沙良はうっかりした所や思い込みが激しく勘違い甚だしいが、子供達が大好きだ。
その割には、結婚しようとしなかったが……。
誰か想いを寄せている人物でもいたのか?
俺達の子供は茜以外、全員独身だ。
いや賢也は尚人君と結婚式を挙げたらしいが、あれはまぁ……。
きっと双子達は雫ちゃんが忘れられないんだろう。
召喚後に、どちらかと結婚してくれないものか。
俺達は一体、孫をいつ抱けるんだろうなぁ。
皆が若返ってしまったら、また先の話になるかも知れん。
炊き出しの食事を終えた子供達の帰る姿を見送ると、家具職人の工房へ歩いて移動する。
工房の門を開け中に入った瞬間、目に映った人物を見て俺は愕然となった。
「……家具職人は無理があるだろう」
つい小さな声を零してしまう程、衝撃を受ける。
そこには300年前と何ひとつ変わらぬ姿をした、ガーグ老と影衆達がいた……。
これは拙い!
ここで、カルドサリ国王とバレたら一巻の終わりだ。
長年、妻に秘密にしてきた事がバレてしまうじゃないか。
俺は背中へ嫌な汗を大量にかきながら、娘とガーグ老の遣り取りを見守った。
「こんにちは。今日から私の両親と旭の妹2人も、よろしくお願いします」
「サラ……ちゃん、ようきたな。儂もご両親殿にお会いしたかった。ガーグと呼んで下され」
俺は今の姿が別人であるから平静を装い、挨拶をしようと一歩前へ出た。
口を開こうとした瞬間に、樹の従魔であった白梟の『ポチ』と『タマ』が空から滑空して俺の両肩に止まる。
あぁ終わった……。
ガーグ老へ権限を移譲された従魔達は、主人のLvに依存しテイム魔法も上がっているだろう。
Lv70だった樹より、ガーグ老の方が確実にLvが高い筈だ。
当然、念話も可能だから魔力を感じて俺を発見した2匹から報告が入っているに違いない。
「ぽ……っちゃりとした可愛い白梟だな」
俺は観念して、懐く2匹に声を掛けようとし途中で言葉を変える。
危ない、つい名前を呼ぶ所だった。
「姫様の剣を持って参れ!」
案の定、2匹から念話を受けたガーグ老が俺を確認しようと行動を始めたようだ。
指示された影衆の1人が、工房へと駆け出していく。
数分も待たず戻ってきた彼の手には、一振りの剣が収められている。
それをガーグ老が受け取り、懐かしそうに口を開いた。
「この剣は、儂がお仕えしていた方の形見の品である。姫様がドワーフの名匠シュウゲンに打ってもらった物だ。父親殿は剣の腕に覚えがありそうだでな。帯剣している鈍らでは、儂の剣と一合も保つまい。この剣を貸して進ぜようぞ。早速だが、手合わせ願おう!」
樹の宝剣であった剣は、確か俺と同じバール氏の物であったが……。
何故、シュウゲンの作に変わっているのか不思議だった。
俺の反応を見るための嘘だろうか?
しかし、ここは受けねば引くまい。
俺は差し出された剣を受け取り、一応手加減してほしいと伝えた。
「ご老人。俺も本気で剣を振るうのは随分久し振りになる。どうか、お手柔らかに頼む」
「なに、謙遜するでない。見たところ腕は鈍っておらぬようだ」
まぁ、言っても意味はなかったようだ。
ガーグ老は、俺を見てニヤリと笑う。
こりゃ完全にバレてるな。
真剣を使用した仕合に表情を改め、渡された剣を一振りして感覚を確かめる。
それは、樹の剣にしては少し重いような気がした。
丁度、俺の愛剣に近い重さだ。
「それでは、お相手しましょう」
口にするなり、ガーグ老へと足を踏み出す。
その後、幾度も剣戟を交わしガーグ老は確信したようだ。
剣術には癖が出るから仕方ない。
俺の剣は、宰相の息子であった騎士団長から習ったものだからな。
あの頃――。
周囲に味方はおらず、唯一信頼出来るのは国を憂いていた宰相側の人間だけだった。
あれから150年も経っていれば、知り合いは誰もいないと思っていたが……。
まさかガーグ老他、影衆達が全員生きてカルドサリ王国にいるとは驚きだ。
エルフは本当に長命な種族らしい。
もう1,000歳を超えているんじゃないか?
唐突に終わった仕合後、一礼し借りた剣を返そうとするとガーグ老が首を横に振る。
「いや、その剣は父親殿が持っていてくだされ。これから娘さんのために必要になるだろうて」
あぁ、沙良の姿を見てヒルダの娘だと思い警護をしているんだな。
これは後で話し合う必要がありそうだ。
「それはありがたい。購入した剣では、少々不安を覚えていた所だ」
沙良が買ってくれた剣では、申し訳ないが俺の技量が充分に発揮されない。
これから家族を守るためには、やはり自分に合った得物が必要だろう。
俺はガーグ老の提案を素直に受け、樹の剣だという形見を貸してもらう事にした。
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