女官達に服を着替えさせてもらい、寝起きのままだった身支度を済ませるといざ精霊王の住まう森へと出発だ。
早速出掛けようとする俺を、女官長が引き留める。
「姫様、朝食の準備が出来ております。先に召し上がって下さい」
あぁ、そうか……。
俺が食べないと、片付けられなくて困るだろう。
それに、せっかく作ってくれた料理を残すのは相手に失礼だ。
「わかりました。食べてから出掛ける事にします」
俺の言葉を聞き女官長はひとつ頷くと、傍にいた女官達に指示を出し室内に置かれたテーブルの上へ料理を並べ出す。
朝食と昼食は、自室で1人で食べる事が殆どだ。
家族である王や王妃、3人の兄達とは偶に夕食を共にするくらい。
既に120歳を過ぎているので俺は自立していた。
王が娘を溺愛しているお陰か、幸いにも王宮内のヒルダ専用の宮は人目に付かない場所にある。
王宮内にいる限り特に行動を制限されている訳でもないため、俺は比較的自由な立場にいると言ってもいいだろう。
国政に関しては王が、外交に関しては兄達がそれぞれ役割を果たしている。
王女の俺は人前に出る事もない。
準備が整ったらしく、女官達が退出していった。
俺はテーブルの上に置かれた食事内容を見て嘆息する。
記憶が戻る前ならば当り前だったこの料理の数々も、日本人だった事を思い出した今は残念でならない。
この世界は食が発展していないんだよなぁ。
およそ調味料という概念がないのか、大抵は塩と胡椒のみの味付けなのだ。
結花が作った料理の味が恋しくなるとは……。
誰が作っても同じ味に出来上がる、カレーやシチューは工夫さえされていなければ美味しく食べる事が出来た。
偶に「今日は少し頑張ってみたの」と言われた日は、隠し味の方が強く心の中で何も足さないでくれと願っていたが……。
カレーにチョコを入れて、激甘カレーに変化したのを食べさせられた賢也君が可哀想だったな。
あの子は大人の対応をして残さず全部食べてくれたけど。
暫く、家には遊びにこなくなってしまった。
その代わり、尚人が椎名家でご馳走になったようだ。
俺は毒見済みの冷えたスープを口にし、塩・胡椒された肉のソテーを食べる。
この主食のパンも不味いんだよ。
一緒に出された紅茶で何とか口の水分を補いながら完食した。
唯一まともなのは、添えられた果物だけだ。
「ハンバーガーが食べたい」
同じパン食でも味に大きな違いがある。
小さく呟いただけだったのに、姿を隠し傍で護衛しているガーグ老が聞いていたらしい。
「姫様。はんばーがーとは何ですか?」
「あ~、太る食べ物よ。でも美味しいの」
「聞いた事もありませんが……。料理長に作ってもらいますか?」
そう提案され首を横に振る。
20歳で結婚した俺は、姉が3人いたので実家では台所に立つ事もなく毎日食べるだけだった。
当然、料理なんかした事がない。
ハンバーガーの作り方も、分からなかった。
料理男子なら作り方を教えて食事改善が出来ただろうに……。
バンズもパテもケチャップも俺に作る事は無理だ。
別世界に転生すると分かっていれば、料理も習っておいたんだが。
「材料がないから、無理だと思うわ。ガーグ老。話を聞いていたと思うけど、明日から剣術の稽古をお願いね」
常に傍に付き従っている影衆なので、先程の女官長との遣り取りも聞いていただろうと思い伝える。
「はい、姫様。武術に興味がおありとは知りませんでしたが、儂で良ければそのお役目を賜ります」
国一番の影衆当主であるガーグ老から、直接手ほどきをしてもらえるなんて王族も悪くない。
「ふふっ、楽しみにしてるわ」
食事を終え、漸く部屋を出る事が出来た。
ヒルダの宮から更に王宮の奥に進むと、その先には今は誰もいない精霊殿がある。
ここは、【存在を秘匿された御方】と呼ばれる特殊能力を持つ王族が住む場所だ。
数百年間、現れていないらしい。
精霊殿を更に抜けると、世界樹の精霊王が治める森への入り口に辿り着く。
ここから先は、加護を持ったハイエルフしか入る事は出来ず影衆達は待機となる。
「じゃあ行ってくるわね。大体1~2時間で戻ってくる予定よ」
「畏まりました」
姿を見せたガーグ老に予定を伝え、結界が張られたその場所へ一歩足を踏み出した。
特に何の違和感もなく結界の内側に入ると、そこはもう既に精霊の森の中である。
何度も通っているので、中央にある世界樹のある場所へと迷わず進んでいった。
道中、小さな妖精達が俺の訪問を歓迎してくれた。
お喋り好きなこの妖精達は、色々な情報を持っている。
世界中にいる妖精達と、なんらかの方法で交信出来るらしく他国の情勢にも詳しかった。
まぁ、現在王宮から出られない俺には余り有益な話とは言えないが……。
外交を担当している兄達は、この森にきて情報を確保しているのかも知れない。
さながら数千の諜報部隊を抱えているようなものだな。
中央の世界樹まで進むと、俺は両膝を突き祈りを捧げる。
どうか、世界樹の葉を下さい。
すると、目の前にとても美しい容姿を持った世界樹の精霊王が現れた。
綺麗な顔をした男性である。
記憶が戻った俺は、女性じゃない事にがっかりした。
男はいくら綺麗でも、見惚れるに値しない。
「精霊王、ご機嫌いかが?」
「ヒルダ……。私の顔を見るなりガッカリされて、機嫌が良いとは言えないよ?」
「あら、ごめんなさい。私の好みじゃなかったものだから、つい顔に出てしまったのね」
「君に加護を与えているのは、私なんだけど……。随分と酷い台詞だね」
そう言って精霊王が悲しそうな表情を見せる。
でも精霊王は他人の気持ちなど頓着しないと知っているので、俺は問答する気になれず用件をさっさと述べた。
「世界樹の葉を採取しにきたの。許可を下さいな」
「おや? どこにも怪我をしているようには見えないけど?」
「あぁ、ポーションとしてじゃなく、【秘伝薬】の材料として使用したいのよ」
「……ヒルダ、君のその年齢ではまだ早いんじゃないかな?」
120歳でも、12歳くらいの姿をしている俺の事を見て精霊王が懸念を口にする。
まぁ、今の姿では少しばかり早い事は承知の上だ。
でも相手が成熟していたら、問題ないだろう?
行為自体を行わずとも、【秘伝薬】の力で妊娠するんだから……。
俺は、早くお役目を終えて日本に帰りたいのだ。
それには、相手に子供を産んでもらう必要がある。
「年上の相手だから、問題ないわ」
「君に相手がいるなんて、一言も聞いていないんだけど……」
「今から出来るから、大丈夫! 早く葉っぱを下さいな」
「そうだね……、相手が見付かったら許可してあげよう」
何ですと!?
直ぐにくれないとは、ケチくさい男だ。
残念ながら、世界樹の精霊王が許可しない限り世界樹から葉は採取出来ない。
俺は、早々に諦める事にした。
こうなったら、早く相手を探すしかない。
現在俺の周囲にいるのは、女官達だけだ。
身分差があり過ぎるので、女官から選ぶ事は出来ないだろう。
王に頼み、表向きの専属護衛を増やしてもらうしかないな。
近衛の女性は名家が多いから大丈夫だろう。
「分かりました。直ぐに、相手を見付けてきます」
「あぁ、期待して待っているよ」
笑いながら精霊王に言われて、俺は少し癪に障りながら精霊の森を後にした。
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