【木下 雅美】
通っていた道場の娘であった小夜の薙刀を振るう姿を見て、一目惚れした儂はその場で結婚を申し込み即座に振られた。
自分の伴侶は彼女以外に考えられず、その後も花や贈り物を持参し何度も口説いたのは若き日の思い出だ。
なかなか首を縦に振ってくれない彼女が遂に了承してくれた時は、まさに天にも昇る気持ちじゃったな。
妻となった小夜は、料理がとても得意で家に帰るのが楽しみだった。
店で食べる料理より旨いものが食べられるとは、儂の目は確かだったと自慢したい程だ。
夫婦となって1年後には長男の奏が誕生し、その後2人の娘に恵まれる。
末っ子の美佐子は遅くできた子供であったため、家族全員が可愛がり育てた。
長男の奏と長女の幸恵が結婚し孫が生まれ、後は美佐子の花嫁姿を見るばかりとなった頃。
妻は60歳の誕生日に息を引き取った。
あまりにも突然の別離に家族全員が悲しみ、まだ20歳だった美佐子は母親が亡くなった事でかなり落ち込んでしまい、食事も喉を通らず日に日に痩せていき心配していた。
そんな娘を支えてくれたのは、当時付き合っていた恋人だったらしい。
大学生の彼を紹介したいと言われた時は、まだ早すぎると思い会わぬと拒否したが、妻の代わりに花嫁姿を見て欲しいと望まれ渋々承諾した。
娘の恋人と会うのは、親として本当に緊張する瞬間だ。
初めて彼の顔を見た時の事を良く覚えている。
外国人を連れて来たのかと、腰を抜かしそうになるくらい驚いた。
咄嗟に使える英語を頭の中で必死に探し、何と声を掛けたらよいか迷っている間に青年が流暢な日本語で挨拶してきた。
「初めまして、椎名 響と申します。美佐子さんと結婚させて下さい」
相手も緊張していると分かるくらい顔を引き攣らせ、そのまま頭を下げ畳につける。
娘は、そんな彼の様子をハラハラと見守っていた。
あぁ、美佐子が選んだこの男は間違いないようだ。
まだ大学生という点は引っ掛かるが、儂もこの先何があるか分からぬ。
傷心した娘の傍に夫がいれば心強いだろう。
「……分かった、結婚を許そう」
「お父さん、ありがとう! 私絶対、幸せになるからね!」
返事を聞いた娘は大喜びし涙を流して、まだ畳に頭をつけたままでいた彼を起こす。
簡単に許してもらえると思わなかったのか、青年は意味が分からないというように目を瞬かせていた。
天国にいる小夜も、これで安心するだろう。
妻の喪が明けるのを待ち、娘達は親族だけを招き結婚式を挙げた。
かなり質素な披露宴だったが、これからお金が掛かるのに不要な出費は控えたいという娘の意志を汲んで大掛かりな式は止めた。
婿となった響君の父親はイギリス人で、英語を話す必要があるかと身構えたが杞憂であった。
日本語が通じると知り色々話しかけると、囲碁や将棋が趣味だと聞き意気投合し婿より父親の方と仲良くなり、暇を見つけては2人でよく将棋や囲碁を指し楽しんだ。
経済的に心配していた結婚生活は、娘がピアノ教室を開き家庭を支え、響君もアルバイトを掛け持ちしなんとか凌いでいるようだ。
結婚前に貯めた金が多くあったらしい。
新居は向こうの親が一軒家を用意してくれ、家賃を払わず済むのも助かったみたいだ。
そうして娘は子供を2人生み孫が増え、天国にいる小夜へ話す事が増えていく。
きっと、末っ子の事が心残りだったろう。
孫達はすくすくと育ち、長男の賢也は5歳、長女の沙良は3歳になった。
可愛い盛りの孫は元気一杯で、お守をするのも大変だが長男がしっかりと面倒を見ている。
下手をしたら父親の響君より、妹は兄によほど懐いているんじゃないかと思うくらいだ。
毎日、お昼寝させる役目もしっかりと果し、今も仲良く2人ですやすや寝ている。
「お父さん、明日は何か用事がある?」
娘に言われて首を振ると、
「じゃあ、夕食を一緒に食べましょう」
食事に誘われた。
妻が亡くなった後、長男夫婦と住んでいるが料理は美佐子の方が腕がいい。
小夜の味を受け継いでおり、儂好みの味付けだ。
「おお、そうか。では、明日の夕食はこちらで頂こうかの」
自然と笑顔になって、食べたい物を伝える。
「カレイの煮付けに肉じゃががあると嬉しい」
「了解! 他にも沢山作るから期待してね」
久し振りに旨い料理が食べられそうだと自宅に帰る途中で、突然意識を失った。
目が覚めると、見知らぬ女性が心配そうに儂を覗き込んでいる。
日本人には見えない容姿をしているが、倒れた儂を介抱してくれたのであろうか?
「あぁ、良かった。目が覚めたのね」
そう言って女性が儂を抱き締めるので、慌ててしまう。
儂には亡くなった妻がいるから、他の女性と抱擁など出来ぬ。
失礼にならないよう、腕を突き出しやんわりと抵抗する。
しかし、体格差があり上手くいかない。
怪訝に思い自分の姿を確認すると、子供のように手足が小さく困惑した。
はて、儂は意識を失ったまま夢でも見ておるのかの?
「シュウゲン? 大丈夫?」
尚も心配そうな様子で女性に声を掛けられた瞬間、記憶が怒涛のように流れ込んできた。
あぁ、儂は生まれ変わってドワーフになったのか……。
シュウゲンというのは儂の名前で、目の前の女性は母親だ。
しかし、何故このタイミングで前世の記憶が戻ったのだろう。
「母よ、心配をかけたようで済まない」
今は12歳の子供だという事をすっかり忘れ木下雅美として答えると、母親はぎょっとし儂の額に手を当てた。
「頭を打って、おかしくなったのかしら?」
はぁ、66歳の記憶が戻った儂が子供の振りをするのは難儀よな。
無邪気に振る舞うのは、骨が折れそうじゃ……。
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