もう仕事に行かなくてもよかったが、いつもの時間に目が覚める。
習慣とは、なかなか消えないものらしい。
冒険者ギルドを首になって数日。
王都で悪所に通っていた頃は毎晩飲み歩いていたが、迷宮都市に移ってからは酒を飲む事を止めた。
一度、酒を大量に飲まされた後でギャンブルに負けた痛い経験がある。
きっちり、俺を嵌めたやつにはお礼をしておいたが……。
それで余計に金を使う羽目になった。
これと言って趣味もないので、毎日定宿から冒険者ギルドを往復するだけの日々。
休日は昼まで寝て過ごし、午後からは露店を見てまわる。
12歳で王都の魔法学校に来て以来、俺は公爵邸には一度も戻った事がない。
あそこには亡くなった家族との思い出が沢山あった。
それに、今はもう自分の家じゃなくなっている。
俺の部屋には、嫡男が代わりに住んでいるかもな。
今日は平日だったので、まだ営業しているだろうと『肉うどん店』に行く。
少女がいなくなっても、料理を作っている人間は別なので店が潰れる事はない筈だ。
今ではすっかり迷宮都市の名物になった『肉うどん』は、毎日お昼前には売切れるので仕事がある平日には食べに行けなかった。
時間がある今なら毎日でも食べられる。
噂になっていた『肉うどん』を、初めて食べた時は衝撃的だった。
庶民は、こんなに旨い物を食べているのか?
公爵家で過ごしていた自分でも食べた事がない程、沢山の複雑な調味料が使われている。
そしてパンではない、『うどん』は柔らかくて不思議な食感をしていた。
初めの頃はフォークで食べていたが、店に『箸』が置かれると常連客は通を気取って『箸』で食べ始めた。
今ではフォークで食べる客は見かけない。
俺も使ってみて分かったが、『箸』の方が食べ易かった。
新しい期間限定商品の『ミートパスタ』は、フォークとスプーンを使い皆がくるくると巻いて食べている。
これは女性と子供に人気のメニューなので、男性が注文するには少々勇気が必要だ。
朝8時。
店内には、まだ朝食を食べている客が10人くらい居た。
俺は『肉うどん』を注文した。
注文してから数分で料理が運ばれてくる。
寒くなってきたから、温かい食べ物がありがたい。
この店でしか食べる事が出来ない『肉うどん』を完食して、鉄貨7枚(700円)を支払い店を出た。
定宿は長期滞在で宿泊代が安い分、食事は毎回払う必要がある。
たいして代わり映えしないメニューに金を払うくらいなら、ここで食べた方がいい。
そうして俺は、【闇ギルド】に依頼してから実行日が来るのを楽しみに待つ事にした。
翌週月曜日。
今日が少女の最後となる日だ。
きっと実行する人間もキラービーの毒を治療出来ないだろう。
16匹のキラービーに集団で襲われるなんて運が悪いな。
余程優秀な冒険者でなければ、6人で対処は無理だ。
俺は何処にも出掛けずに、今か今かと少女が亡くなったという報告が通信の魔道具に表示されるのを待つ。
正午を過ぎても連絡がない。
なんだ?
地下14階まで行くのに時間が掛かっているのか?
【闇ギルド】の連中は、冒険者ではないから魔物の討伐を専門にしている訳じゃない。
それに地下1階~地下10階は迷路状になっている。
しまったな、ダンジョンの地図を事前に渡しておけばよかったか……。
結局、【闇ギルド】から連絡が入ったのはこの日の夕方だった。
依頼は実行出来ない状態になったので、失敗したとある。
何だと!?
高い金を払ったのに、10代の少女1人を処分する事も出来ないのか!!
おまけに俺が指示した内容では実行するのが難しいため、内容を変更して依頼してくれと書いてある。
いや、それじゃあ意味がないんだよ。
実行犯が無事に戻ってくるのは困るんだ。
多少金額が上がっても同じ内容で依頼したい事を伝えると、金貨80枚だと返事がきた。
30枚も上乗せする気か?
もう少し安くならないか粘ったが、この金額以下では受けないと言われ仕方なく了解する事になった。
金の亡者めっ!
直ぐに前金の金貨40枚とダンジョン地図を購入出来るお金を足して早馬で送った。
各地のダンジョン地図は、王都にある冒険者ギルド統括本部で購入出来るから現地で購入してもらった方が早い。
これで依頼が成功すれば、再び金貨40枚を送る必要がある。
王都の屋敷を売却した金が全て吹き飛ぶ事になった。
夜になっても眠れずにイライラしながら部屋の中を歩き回っていると、突然違う場所に立っていた。
どう考えても今居る場所は外だった。
驚き過ぎて唖然としている間に、目に見える景色が次々と変わっていく。
なっ、何が起こっているんだ!?
自分ではどうすることも出来ない事態に、心底恐怖を感じる。
暫くすると景色が移り変わる事はなくなり、固定されたようだ。
恐る恐る、周囲を見渡せば全然記憶にない場所だった。
そして視線の先に、見慣れた自分の荷物が置かれている。
俺は急いで、全財産と言うべきマジックバッグと荷物の下に駆け出していった。
マジックバッグの中身を確認すると、全て入っていて安心する。
荷物も定宿に置いてあった物だ。
一旦、ここがどこなのか調べる必要がありそうだ。
俺が立っている場所は道になっていたので、取り敢えず道なりに進めばどこかの町に着くだろう。
俺は自分に起きた出来事を考察しながら、道を歩いていった。
これは特殊能力者の仕業に違いない。
庶民に知らされる事はないが、魔法はかなり種類が多い。
その中でも特級魔法に、移転系の魔法がある。
これは使える人間が国に秘匿されるレベルの魔法だ。
そんな人間に移転系の魔法を使用される心当たりが全く思い浮かばなかった。
父が公爵で嫡男だった頃ならいざ知らず、今は継承権もないただの甥だ。
誘拐しても身代金なんか取れないだろう。
3時間程歩くと、やっと町の入り口に辿り着いた。
門番に身分証の冒険者ギルド職員のカードを渡すと、このカードは無効になっていると言われる。
ギルドマスターは、解雇した俺のカードの登録を抹消したんだろう。
金を銅貨2枚(2,000円)払い袖の下を銀貨1枚(10,000円)渡すと、門番がこの町はレバンダリニア皇国のダナーという町だと教えてくれた。
他国じゃないかっ!
俺はその瞬間、自分が大きな過ちを犯した事に漸く気付いたのだった。
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