沙良が玄関を開け儂も続いて家の中に入ると、リビングには家族が揃い出迎えてくれた。
2週間振りに会う小夜は、薄く化粧をしている所為なのか前回よりも綺麗に見えた。
いや本当に少し若返っているような? 目尻や口元の皺が少なくなっておる。
もしや、あれから急激にLvを上げたのか?
沙良が小夜のLv上げをすると言っておったが、冒険者ではない小夜はダンジョンに入れぬ筈じゃ。
冒険者登録をしたばかりではF級依頼しか受けられんし、雑魚魔物を倒したところで大してLvは上がるまい。
一体、どのようにLv上げを行っておるのかの……。
夕食はすき焼きらしく、食卓には薄切りにされた肉が大量に盛り付けてあった。
今夜は、ご馳走ではないか!
うきうきしていると小夜が儂に肉を取り分けてくれる。
あぁ、この味だ! 美味くていくらでも食べられそうだわ!!
ご飯を片手に小夜がせっせと入れてくれる肉を食べている途中で、緑色の野菜が追加された。
春菊を見て箸が止まった儂に、小夜がにっこりと笑顔で口を開く。
「雅美さん。子供達の前で好き嫌いはいけませんよ」
うっ、儂が春菊は苦手だと知っておろう。
でもこれを食べなければ、肉がお預けにされる可能性が高い。
何故すき焼に春菊を入れる必要があるのじゃ……。
儂は仕方なく苦手な野菜を口に入れ、ビールで流し込んだ。
いや~、日本のビールは最高だな!
飲み終わると響君が、さっと空いたグラスに追加のビールを注いでくれる。
良く出来た婿で儂は幸せだわい。
小夜は家族が肉を食べている間、野菜や豆腐を口にしていた。
昔から高い肉は、儂や子供達に譲り食べさせていた事を思い出す。
今なら儂もかなりの稼ぎがある。小夜には遠慮せず、お腹一杯食べてほしい。
後で響君に異世界の金貨を日本円に換えてもらおう。
小夜の好きな和菓子を沢山買ってプレゼントするのじゃ。
「お前も肉を食べなさい」
小夜の皿に肉を取り分け食べるように促すと、妻は少し驚いた顔で儂を見た。
「まぁ……私もちゃんと食べていますよ」
ふふっと笑いながら手を口元に当てる、その仕草に昔の面影が重なる。
姿は違えど性格や仕草は変わっておらぬの。
今はまだ見慣れぬその顔に、いずれ慣れる日がくるであろう。
儂の変わった姿に小夜も戸惑っておろうが……。
食後には、迷宮都市のダンジョンで生っている桃が出された。
確か王都でも数年前から出回り始めた貴重な桃だ。
値段が高くて儂は買わなかったが、孫のパーティーが採ったものらしい。
どれ食べてみるかの。
食べやすいようカットされた一切れを摘まんで口に入れた途端、果汁が口内に溢れ出す。
なんと、これほど美味しい桃を食べるのは初めてだ。
たかが果物と馬鹿にしておったが、この味なら高額なのも頷ける。
王都の店で買えば良かったな……。
しかし沙良から小夜の息子の店に果物を卸していると聞き、買いに行くのを思い止まった。
儂以外との子供と会うのは複雑な気分になりそうじゃ。
自宅に帰る小夜を寂しく見送り肩を落とした儂を、心配した美佐子が家に泊まればいいと言ってくれた。
儂も娘と離れがたく、その言葉に甘えて泊まる事にする。
奏は娘のために冒険者をしている間、宿ではなく美佐子の家に住んでいるみたいだ。
娘の結花さんの家があるのに、妹の家で世話になっておるとは……。
前世を持つ家族がいると色々複雑な心境なのだろう。
息子の寝巻を借りて着替えると少しきつかったが、代わりの服がないので仕方ない。
まだ寝る時間には早いだろうと、美佐子が家族写真を持ってきた。
奏から賢也と沙良のあとで、娘と双子の息子を産んだと聞いておったが……。
茜という娘は響君似の所為か男っぽく見える。
双子の雅人と遥斗は……。
儂の目がおかしいのか? 女にしか見えん。特に遥斗は可愛いな。
「美佐子、本当に娘と双子の息子を産んだのか?」
「えぇ、どうしてか性別が逆のように見えるけど娘と息子達で間違いないわ」
会話を聞いていた奏が吹き出しながら肩を叩く。
「父さん、姪と甥っ子達を見たら驚くぞ」
「うむ、そうか……。下の子供達は日本におるから会えぬのが残念だな」
「沙良がLvを上げたら召喚してくれるわよ」
「それは良い。この世界に来たら儂が鍛えてやろう」
会えなかった孫達が来ると知り、孫の面倒を見られんかった代わりに鍛えようと言えば、
「あ~、お義父さん。茜を鍛える必要はありませんよ」
何故か響君が苦笑して答える。
双子の息子達なら分かるが、娘の茜を鍛える必要がないとは理解出来ん。
「そうね、あの子は今のままで充分強いわ」
美佐子までそう言うのならば、茜は武術に通じておるのだろう。
はて、孫娘は儂の血を濃く受け継いでおるのかの。
美佐子は武術に興味を全く示さんかったが……。
息子の奏と長女の幸恵は、体を動かすのが好きだったから儂が鍛えてやった。
異世界で再会した奏はSS級冒険者になっておったし、もし幸恵がこの世界に転生したとしても冒険者として大成出来るだろう。
そういえば、幸恵の話を聞いておらんかった。
「美佐子、姉の幸恵はどうしておる」
「幸恵姉さんは旦那さんの海外赴任に付いて行って、そのまま外国で暮らしてるわよ。最後に話をしたのは1年以上前だけど、元気にしてると思うわ」
美佐子は姉の心配をあまりしていないようじゃな。
奏も同意するように頷いておる。
あの子は逞しいから、治安の悪い外国に住んでいても大丈夫か……。
消息が分かったところで美佐子がお風呂に入ると席を立ち、奏もそろそろ寝ると言って部屋を出る。
これで響君と二人きりになった。さて、話を聞き出そうかの。
「響君。かなり体を鍛えておるようだが、あの槍術は誰に習った」
「実は沙良が子供の頃に何度も誘拐されかけたんです。父親として家族を守るため、樹と一緒に近くの道場へ通いました」
樹君も一緒に習っておったのか、だが一つの道場で別々の流派を教える事などない。
しかも実戦に則した動きをしておった。
「基本Lvと槍術のLvはいくつだ?」
「基本Lv30で、槍術Lvは10です」
嘘を言っているようには見えんが、全て本当の事を話しておるわけではなさそうだ。
秘密にする理由はなんじゃ?
「ガーグ老達に将棋を教えたのはヒルダちゃんだと思うが、響君は相手をして何か気付かんかったか?」
「……父と私が打つ棋譜に似ています」
やはりそうか、儂と同じ事を感じたなら……。
「ブライアンに弟子はおったかの」
「私の知る限りでは誰もいなかったと思います」
「なら、教えてもらったのは響君だけじゃな」
「囲碁クラブで知り合った樹と、尚人君と賢也には私が教えましたが……」
ブライアン以外、全員異世界におるな。
「ヒルダちゃんには会ったか?」
「……いえ、私は会っていないです」
儂が次々にする質問に対して、響君がどこか緊張気味に答えを返していく。
ふむ、少々威圧的すぎたか……。
舅から突然尋問された気分になったかもしれん。
今日は、ここまでにしておこう。
「沙良は、ヒルダちゃんにそっくりじゃ」
「ふっ、不思議ですね。リーシャの母親とヒルダさんは血縁関係にあるのでしょうか?」
「さてな、ヒルダちゃんはエルフだったがの……」
最期にそう言って儂が席を立つと、話が終った事にどこかほっと安心した表情の響君が、
「おやすみなさい」
と言い会釈して部屋を出た。
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