俺は逸る気を抑えながら、目的地である第一王妃の生家へと騎獣を走らせた。
その隣をバイコーンに乗ったガーグ老が、ぴったりと並走し付いてくる。
貴族街に入り10分後。
前方に、今は王家所有となっている筈の屋敷が見えてきた。
それを目にして、苦々しい思い出が蘇る。
国王時代、本当に第一王妃の一族には手を焼かされた。
第二王妃を毒殺しようとした罪で、一族諸共かなりの数を粛清した心算でいたが……。
門前には、2人の見知らぬ人物が佇んでいる。
ガーグ老が直ぐに排除しようとしないのは、エルフの諜報員だからか?
2人の男性は、ガーグ老の姿を確認すると門を開け中へ入るよう促す。
事前に連絡がいっていたんだろう。
敷地内に入っても護衛の姿は皆無だった。
既に屋敷内の外は無力化済みであるらしい。
俺が騎獣から降りると、上空から2匹が降りて両肩に止まった。
屋敷の玄関は開放されていたため、そのまま中へ入る。
ガーグ老達影衆は、再び『迷彩』の状態になり後方に続いた。
ポチとタマが沙良のいる方向へ首を動かし教えてくれる。
速足で屋敷の中を駆け抜け、その最奥にある部屋へと辿り着く。
沙良、生きていてくれよ!
勢い扉を開くとそこには、
「遅い!」
と叫ぶ賢也と尚人君の姿があった。
俺より先に沙良の下へいる2人に混乱しつつ、まずは娘の無事を確認しようと部屋を見渡したが、どこにも姿がない。
その代わり、10代後半の男性が手足を縛られた状態で床に転がっていた。
随分と若いが、こいつが犯人なのか?
「賢也! 沙良は無事なのか?」
「あぁ、先にホームへ帰るよう言った」
その言葉を聞いた瞬間、緊張が解け張りつめていた息を吐き出す。
「良かった……。そのっ、何もされていないんだよな?」
一番の懸念事項である、女性が被害に遭うだろう内容を確認する。
「服装に乱れはなかったし沙良は普通にしていたから、その心配は不要だ」
「そうか……。所で、お前達はどうやってここにきたんだ?」
疑問に思い質問した。
「沙良から誘拐されたと、通信の魔道具で連絡があった。俺は状況を確認しながら指示を出し、沙良と入れ替わり犯人を取り押さえた所だ。それより、この男はストーカーだ。部屋に沙良の肖像画が沢山掛けてある。壁を見てくれ」
賢也に渡した通信の魔道具が役に立ったようだ。
沙良のホーム内は、異世界からでも繋がるらしい。
俺はストーカーだと言われた男を一瞥し、言われた通り部屋の壁を見る。
すると、沙良ではなくヒルダの肖像画が壁一面を埋め尽くしていた。
それは瞳が紫色な事で明らかだった。
でもヒルダの存在を知らない賢也達は、沙良の姿が描かれていると思ったのだろう。
しかも、その肖像画は全て傷付けられていた。
顔を大きく引き裂かれた物、目を抉り取られた物、首を切り裂かれた物と相当な恨みがあると思われる。
やはりこの犯人は、第一王妃に連なる一族の出身だろうか……。
床に転がったままピクリとも動かない男へ視線を向ける。
「この男、意識はない状態なのか?」
「旭が速攻で気絶させたからな。話は大方聞いているが……。一度起こすか」
そう言った途端、賢也が右足を大きく振りかぶり男の腹を蹴り上げた。
その衝撃で男は吹っ飛び壁に激突し、意識が戻ったのか呻き声を上げる。
この乱暴な起こし方をみる限り、自分がいない間に妹を誘拐され相当怒っているな……。
「おい貴様、どうして妹を攫った」
「俺は命令通りに動いただけだ!」
「嘘を吐け。さっきまでペラペラ、愛人にする心算だと戯言を抜かしていた癖に」
賢也が鋭い視線で男の顔を睨みつける。
「お前、何故それを知ってる……」
言い訳がバレた男は、顔面を蒼白にしてガタガタ震え出した。
用意周到な計画だったのか、行き当たりばったりだったのか……。
とにかく優位な状況から一転、1対3になり味方もこないと分かったのだろう。
「そんな事はどうでもいい。この肖像画は、お前の仕業か? 理由はなんだ?」
「俺は、この屋敷が売りに出されて買っただけだ。地下室にあった肖像画を運び、壁に付けさせた。傷を付けたのは俺じゃない。その肖像画にそっくりな少女を街中で見掛け、興味が湧き攫ったんだ。俺は隣国の留学生だぞ? 何かあったら問題になる。今回の件は、訴えた所で処分はされない」
「ほお、それはいい事を聞いた。じゃあ遠慮なく殺せるな」
男は息子の発言にぎょっとし、慌てて身を守るための言葉を発した。
「何を聞いていたんだ? 何かあれば、大問題になると言ったばかりじゃないか!」
「俺には関係ない。煩いからもう黙ってろ」
賢也の言葉を受けて、再び尚人君が男を気絶させる。
あ~、今一状況が理解不能なんだが……。
この男が言った通りなら、第一王妃とは無関係の留学生が犯人?
魔法を習得出来る魔法学校は全ての国にある訳じゃないから、カルドサリ王国にきたんだろう。
「あと5分したら沙良が戻ってくる。この男は余罪が沢山ありそうだ。訴えても問題にならないような話をしていたが……。異世界では留学生が、そんな待遇を受けているのか?」
法治国家ではない身分制度のある社会では、地位の高い者が罰せられる例は殆どない。
他国からきた留学生なら、その国では優遇されていたんだろう。
但し、それは訴えを起こした者が相手より身分が上だと結果が逆転する。
犯罪は正しく取調べられ、罪に応じた処罰を受けるのだ。
場合に依っては処刑もありうるが……。
沙良は冒険者なので一般人扱いだ。
SS級冒険者なら、話が違ってくる可能性もなくはない。
いずれにせよB級冒険者の娘では、訴えを起こした所で大した罪にはならないだろうな。
「賢也。ガーグ老達は引退した近衛だ。息子達の方は現役で王族の護衛をしているし、この件を預けたらどうだろう? ええっと、確か長男が王都に戻ると先週言っていたから、家にいるんじゃないか?」
「それは助かる。沙良を誘拐し、手籠めにしようとしていた男だ。それ相応の報いは受けるべきだろう」
賢也が納得した所で、俺はガーグ老へ連絡を入れた。
隠れ家を長男の家にするから待っているよう伝える。
これで、後は彼らが処分してくれる筈だ。
数分後、沙良が姿を現した。
俺は無事な姿を見て駆け寄り抱き締める。
「あれ? お父さんも一緒なの? 後で迎えにいこうと思ってたんだよ~」
能天気な娘の声を聞き、がっくりと肩を下ろしたが何事もなかったようで安心する。
「大丈夫だったか? 怖い思いをしなかったか?」
「通信の魔道具で、お兄ちゃんに連絡したから大丈夫! あれ? ポチとタマは王都まで、お父さんを探しにきたのかな?」
拙い!
俺の両肩に止まっている2匹をすっかり忘れていた!
今ここに、ガーグ老達がいるとバレるのは避けたい。
賢也も尚人君も、動揺して矛盾に気付かなかったのか……。
「偶には2匹も遠出がしたいんだろう。ガーグ老の長男が王都にいるから、会いにきたのかも知れないぞ?」
「ふ~ん、そうなんだ」
沙良の追及を何とか躱し、今後の予定を話し合う。
賢也達が捕縛した犯人を、沙良がアイテムBOXに収納し屋敷を出た。
その夜。
一緒に付いていながら娘を誘拐された俺は、こんこんと息子にお説教される羽目になった……。
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