風竜である『風太』は、国の緊急事態にしか使用されない。
テイムされた竜の中でも、その速度は段違いに早く伝令に使用される事を想定されている竜だからだ。
事態を重くみた王妃が速度を重視してきた所をみると、今回の件は相当腹に据えかねているんだろう。
こりゃかなり、響は絞られそうな予感がする。
ひとり娘が他国に嫁ぎ、妊娠した直後に毒見役が倒れたのだ。
犯人など、考えるまでもない。
そもそも父親である王は第一王妃がいる時点で結婚に大反対していたから、こうなる事を予想していたんだろう。
一夫一婦制のエルフ国に、そういった懸念事項は存在しない。
妻が増えれば問題も多くなるのは当然だ。
誰であろうと、自分を優先してほしい気持ちはあるしな……。
ハーレムなんて悪夢そのものだろう。
あれは男の夢物語だ。
実際の所は妻や両親へのご機嫌伺いで、心労が祟り早死しそうな気がする。
俺には、妻の結花と息子の尚人がいればいい。
2人は日本で元気にしているだろうか……。
暫くして、王妃と女官長が部屋から出てきた。
女官長の顔が安堵したものに変わっているので、毒の治療は成功したんだろう。
「お母様、女官の容態はどうですか?」
「問題ないわ。解毒は済ませて、皮膚の状態も元に戻っているわよ」
「ありがとうございます! 心配していたので安心しました」
「あら、大丈夫だと言ったでしょ? それより、貴女の夫に会わせてくれないかしら?」
おっと早速、母親から面会の希望が出たようだ。
「既にお母様の来訪を伝えましたので、それ程待たずにやってくると思います」
「ならここで待たせてもらうわね」
そう言いながら、王妃は俺の部屋で一番豪華な椅子に座る。
響、どうやら母親はかなり怒っているみたいだぞ?
響の事を待つ間、女官長が香り高い紅茶を俺達に淹れてくれたが、王妃は口を付ける事もしなかった。
これは毒を警戒しての事じゃなさそうだ。
母親の態度に不穏なものを感じ、響が叩かれないか心配になってしまう。
10分後――。
響の訪れが知らされた。
王妃の方を見ると、目が爛々としているような?
怖っ!
まるで巣に掛かった獲物を待ち構えているみたいだな……。
そんな事を思っていると、カルドサリ国王である響が女官長と共に部屋に入ってきた。
「王妃様。お初にお目に掛かります、カルドサリ国王のロッセル・カーランドと申します。この度は急な来訪にて、お迎えの準備も整わず申し訳ありません」
王妃は挨拶をする響の事をじっと見つめながら口を開く。
「突然きたのは私の方だから非礼に値しないわ。それより、貴方Lvが50とか舐めてるの? 人族は寿命が短いのでしょう? それじゃ、娘と釣り合わないじゃない」
「……はい?」
第一王妃が毒を盛った事に関し言及されると思っていた響が、王妃から予想外の言葉をかけられ、何を言われたのか分からずに一瞬ぽかんとした表情になる。
あぁ、そういえば母親は人物鑑定が出来るんだったな。
響のステータスを見たんだろう。
「あぁそれと、また娘が危険に晒されると困るから、国内の不穏分子は排除させてもらったわ」
当然のように言われた言葉に、響の顔が一瞬で引き締まる。
「それは一体、どういう事でしょうか?」
「忘れた訳じゃないでしょ? うちの息子達が交換条件に出したエルフが、この国にいる事を……」
確か諜報を担うマケイラ家の当主が、カルドサリ王国にいるんだったな。
昨日俺から連絡をもらった時点で情報を調べあげ、武を担うハーレイ家の当主にも指示を出したのか……。
王妃が用意周到過ぎる。
これって思い切り内政干渉だよな?
理由に思い当たった響の顔が、苦虫を噛み潰したような表情になる。
今回は後手に回ってしまったが、手をこまねいてばかりでもなかったんだろう。
それなりに動いていたにも拘らず、他国の王妃から既に排除済みだと言われれば良い気分はしない。
これに諸手を挙げて喜ぶようじゃ、王としては失格だ。
「ガーグ老」
「はい、王妃様ここに」
名を呼ばれたガーグ老が、『迷彩』を解いて姿を現した。
「これから、カーランド国王をLv100まで上げてきて頂戴。王宮も大分風通しが良くなっただろうから、暫く国王不在でも問題ない筈よ」
「はっ、畏まりました!」
「それは、幾ら何でも無理です!」
ガーグ老の返答に続き、響が王妃の提案に反対する。
「娘の命を危険に晒した事を、これで不問にすると言ってるのよ。精々、頑張って早くLvを上げる事ね。私は貴方がLv100になるまで残ります。自己申告に意味がない事は理解出来るでしょう? 国政に関しては何も心配いらないわ」
以上とばかりに王妃は言い切り、響を鋭く睨みつけた。
妻の母親にそう言われては、為す術もない。
自分の責任を重々感じている響は、それ以上意見する事なく肩を落としガーグ老に連れて行かれた。
これは……。
両頬を叩かれた方が、ましだったんじゃないだろうか?
その後、数か月――。
王宮内で響の姿を見る事はなく、俺は親友がいない王宮にいても退屈だったから、宮を出て王宮近くにある森へ引き籠る事にした。
森の中でなら世界樹の精霊王が結界を張ってくれるだろう。
俺自身ではなく、女官達にまた被害が出るのは絶対に避けたい。
第一王子を擁護する派閥も母親の手に依り殆ど粛清されているが、その数はゼロではないからな。
これでもし俺の産んだ子供が王子であったなら、何をされるか分からない。
お役目を果たして日本に帰る心算でいる俺には、子供に害が及ぶ事がないよう万全な状態で出産に臨む事が重要だ。
森で過ごすようになってから、お腹がどんどん大きくなる。
それと共に、俺の恐怖心も増していった。
男の俺に、ちゃんと子供を産む事が出来るんだろうか?
体は女性なので大丈夫だと思うが不安で堪らない。
響はLv上げの合間を縫っては、森へと顔を出しにきた。
会う度に、げっそりしているのはガーグ老達が無茶な攻略をさせている所為かも?
俺も身重の身じゃなければ、一緒にダンジョン攻略をしたい所だ。
エルフの国では冒険者になれず、ダンジョンに入る事は出来なかったからなぁ。
C級冒険者以上じゃないと、ダンジョンに入る事は不可能だった。
これは冒険者ギルドが定めた規定なので、王族であろうと例外は認められない。
カルドサリ王国でなら、お忍びで冒険者登録をしダンジョンを攻略出来ると思っていたのに……。
出産後、体が軽くなったら冒険者登録する心算でいる。
女官長を始め10人の女官達に赤子の世話を任せれば、数時間くらいは時間が取れるだろう。
子供が育つまで何年も掛かるから、子育ての傍ら響と一緒にダンジョン攻略をするのも悪くない。
母親は第二王妃の宮でマケイラ家の諜報員を動員し、カルドサリ王国の国政に関与していた。
もう乗っ取りに近いんじゃないか?
産み月に近くなると、母親が腹の子を見て女の子だと教えてくれた。
それを聞いた響は大喜びし、まだ生まれてもいないのに名前を考え出す。
俺は体が重くて、それどころじゃない。
妊婦がこんなにしんどいとは……。
そうして、とうとう出産の日を迎える事になった。
破水から数時間。
陣痛の痛みに耐えていたが初産であるためか、かなり難産であるようだ。
なかなか赤子が産まれない事を、周囲の皆が心配している。
響も様子を見に何度もきたが、お前はお呼びじゃね~。
ひっひっふ~とか、隣で言われても怒りが増すだけだ!
段々体力も落ち、こりゃ駄目かも知れないとガーグ老を呼び寄せる。
今まで可愛がってきた白梟である『ポチ』と『タマ』の権限を移譲した。
テイムされた魔物は主人である俺が死ぬと、MPを確保する事が出来ず共に亡くなってしまうからだ。
それは可哀想だろう?
まぁ、ガーグ老もいい歳だから余り長く生きられないかもしれないが……。
それでも今、俺と一緒に死ぬよりはいい筈だよな。
人生最大の苦痛に耐え、なんとか無事出産を終えた。
もう鼻からスイカどころの騒ぎじゃない。
出産を経験した事のない人間には、その苦労が絶対理解出来ないだろう。
男は出産の痛みに耐えられないとよく聞くが、本当にその通りだった。
赤子の産声を聞き、ほっとした俺の意識がどんどん薄れていく……。
曾婆ちゃん、死ぬ事はないって嘘じゃね~か!
最後にそんな事を思いながら目を閉じる。
響が名付けたティーナの顔を一度くらい見ておきたかったな……。
ヒルダ・エスカレードとして、長かった300年の人生はそこで終わりを迎えた。
そして再び意識が浮上し目を開けると驚いた事に、そこは響の部屋で俺達は300年前と全く同じ姿勢で将棋を指していた。
部屋にあるカレンダーに目をやると日付も同じ。
まるで、とても長い白昼夢を見ていたようだ。
それは響も同じだったのか、顔に驚愕の表情が現れている。
俺と同様、カルドサリ国王としての記憶も残っているらしい。
俺は一番気になっていた事を響に尋ねる。
「ティーナは無事に育ったか?」
「……すまない。あの子は、神隠しに遭い育てる事が出来なかった」
「そうか……」
申し訳なさそうに言う響の事を非難する気にはなれなかった。
きっと俺の産んだ子は、【存在を秘匿された御方】だろう。
じゃなければ、お役目として巫女の曾婆ちゃんから宣託を受ける理由がない。
神隠しに遭ったというならば、世界樹の精霊王が保護しているのか……。
あのどこか浮世離れした精霊王に、子育てが出来るのか非常に心配だ。
他の精霊王達も見守ってくれると信じよう。
俺達は、この件について沈黙を守る事に決めた。
お互い妻には一生話せない秘密になる。
たとえ2人の間に子供が出来たと話をしても、信じないだろうけど……。
ちなみに俺が亡くなった後、響は人間として寿命を全うし180歳まで生きたらしい。
王妃に無理やりLv100まで上げさせられていたからなぁ。
それは奇しくも、俺が120歳で記憶が戻った後生きた180年と同じだった。
その日300年振りに再会した家族の顔を見て、俺は涙する事になる。
結花も尚人も泣き出した俺を不思議そうに見ていたが、構わない。
2人を抱き寄せ、幸せを噛み締めた。
その夜、久々である夫婦の行為に熱が入った事は言うまでもなく……。
やっぱり自分は男の方が良いと、再確認したのも事実だった。
あれは響が下手すぎたのか?
その後、椎名家と同じ歳の子供が出来たのも、まぁ偶然だったとしておこう。
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