その日は朝からバタバタと女官達が動き回っていた。
樹が破水し、いよいよ子供を出産する時が迫っていたからだ。
こんな時、男親の俺は何もする事がない。
訳もなく立ったり座ったりを繰り返し、子供が産まれるのを今か今かと待つばかりだ。
破水から3時間。
まだ何も連絡はない。
美佐子は比較的安産だったので、この時は少し時間が掛かっていると思っていた。
一度、激励の言葉を掛けにいこうと樹の様子を見にいく。
立ち会おうかと言ったが断られたため、この時初めて大声を出し苦痛に喘ぐ樹の姿を知る。
少しでも楽になるよう俺はマタニティー教室で習ったラマーズ法を、樹の手を握り締めながら言葉にした。
「ひっひっふ~、ひっひっふ~」
しかし、怒った樹に追い出されてしまう。
解せん。
痛みを緩和する呼吸法じゃないのか?
その後、数時間が経過。
俺はかなり心配していた。
やはり男の樹が出産するのは、無理があったのか?
樹は難産だったらしく、部屋から出てきた女官長が深刻な表情をして口を開いた。
「姫様は、もしかすると……」
女官長が言い掛けたその言葉を最後まで聞かず、俺は樹の下へ急ぐ。
丁度、樹が出産を終え子供が無事出てくる瞬間に間に合った!
元気良く泣く子供の産声を聞き、ほっと安堵する。
しかし樹が出産を終えても、ぐったりとしたまま子供の方を見ようとしない。
「樹っ! おいっ、目を開けろ! 可愛い女の子が生まれたぞ!」
俺の声に少しだけ反応し一度だけ目を開くと、
「……ティーナ」
そう呟いて、静かに息を引き取った。
嘘だろ?
あれは女官長が脅しただけだよな?
俄かには信じ難く、俺は目を閉じた親友の前で呆然となる。
やがて周囲にすすり泣く声が蔓延すると、漸く現実だと理解した。
異世界で親友だった樹が、俺の子を産んで死ぬなんて……。
こんな事なら、あの日何としてでも我慢するべきだった。
親友の前で恥ずかしがらず、ささっと抜いておけば良かったのだ。
子供を命懸けで産んでくれて、ありがとう……。
お前の代わりに、娘の事は大切に育てるから心配しないでくれ。
別れの涙を零しながら、産まれたばかりの赤子を抱こうと姿を探したが何処にも見当たらない。
「赤子の姿が見えないが、誰が面倒をみている?」
不思議に思い女官達に尋ねると、赤子を寝かせていた場所を見て騒ぎ始める。
知らない内に消えてしまったと言うのだ。
そんなバカなと、全員で手分けをして1日中捜索するも赤子はついに見付からなかった。
その時俺は、酔った樹が口にした言葉をふと思い出す。
『俺さぁ~、子供の頃に巫女だった曾婆ちゃんから、大切なお役目があるって言われたんだよね。何でも苦痛を伴うらしくて、俺の子供を産んでくれる女性を大切にしろとかなんとか。そんでもって、運命の人は別にいるとか意味分かんね~』
樹は酔って自分が何を言ったか覚えていないかも知れないが、酷く酔った時は同じ話をするから俺はなんとなく覚えていた。
もしそれが樹に与えられた役目なら、苦痛を伴うのは出産で運命の相手は俺だという事になるが……。
樹はエルフの国にとって、重要な人物を産む必要があった?
それは、守護神と呼ばれる存在なのか?
この森には世界樹の精霊王が結界を張っていると聞いていた。
そこから、産まれたばかりの赤子が姿を消したのなら……。
神隠し……。
日本でも伝承の類だが……。
俺は、そう結論付けた。
翌日。
樹の葬儀を済ませ、遺灰は森に撒いた。
300年籠の鳥だったエルフの国ではなく、自由でいられたカルドサリ王国に……。
その後、Lvを125まで上げた俺は180歳まで生きた。
人族にしては長い寿命だったろう。
その間、樹の母親が風通しよくしてくれた王宮で国政に邁進する事になる。
少しでも貴族優位の政策を変えたくて、魔法学校の入学規則を変更した。
金を準備さえ出来れば、庶民でも通えるようにする。
大体この魔法に関しても、教会の洗礼を受ける必要がある時点でかなり怪しいと思っていた。
血統魔法も、実は魔術書を教会から買っているんじゃないかと考えている。
教会組織に手を出すにはカルドサリ王国は小さすぎた。
孤児院にしても、そこから光魔法の使い手が何人も出るなんておかし過ぎるだろ?
あれは、絶対何か秘密がありそうだ。
第二王妃が亡くなった後、俺は誰とも結婚せず第三王子だった弟の息子を養子に迎える。
廃嫡になった王子とは、ただの一度も会わなかった。
エルフの国は交わした条件を守り、【秘伝薬】を俺が在位中は毎年律儀に20個送ってくれた。
それが様々な貴族の反発を抑える役に立った事をとても感謝している。
王女が出産後に亡くなった事も、赤子が行方不明になった件も不問だったのには驚いたが……。
俺は、この世界の何処かにいる娘のティーナの無事を祈りながら180年の人生に幕を下ろした。
日本人だった30年と合わせて210年。
長い人生だったな……。
満足に目を閉じた後、何故か再び意識が戻り目を開けた。
目の前に、樹の姿があって混乱する。
はっ?
まさかと思いカレンダーの日付を確認すると、忘れもしない俺達が異世界に転生した日と同じだった。
樹の驚いている様子を見ると、あいつも日本に戻ってきたばかりらしい。
また時間のズレが生じているのか……。
俺達は、夢じゃない事を確かめ合った。
大体、あんな現実味のある夢なんか見られないだろう。
俺には、はっきりとカルドサリ国王としての記憶が残っていたし、樹もヒルダとしての記憶はバッチリあると言う。
ただ、この不可解な現象をどう理解していいのか……。
日本に戻ってきたのなら、あの世界での出来事は俺達の秘密にしようと沈黙を守る事にした。
一度限りの過ちだが、結婚していてもこれは浮気になるだろう。
相手が親友なのも非常に不味い。
樹は自分が産んだ娘の事を心配し、その後の様子を尋ねてきた。
「ティーナは無事に育ったか?」
「……すまない。あの子は、神隠しに遭い育てられなかった」
「そうか……」
何か思い当たる節でもあるのか、樹が俺を責める事はなかった。
最後に2人でステータスと唱える。
あの世界の出来事が本当だったのか、確認しておきたかったのだ。
すると、目の前にステータス画面が現れる。
魔法の項目だけが、グレー表示に変更されているので使用出来ないのかも知れない。
見えたステータスが一点だけ変わっていた。
名前と年齢がロッセル・カーランド 180歳から椎名 響 30歳に……。
【椎名 響 30歳】
レベル 125
HP 1,890
MP 1,890
剣術 Lv50
槍術 Lv50
魔法 火魔法(ファイアーボールLv10)
魔法 水魔法(ウォーターボールLv10)
魔法 土魔法(アースボールLv10)
魔法 風魔法(ウィンドボールLv10)
15歳でLvが上がった俺は、基礎値が15と樹より低い。
魔法は使用出来ないみたいだが、剣術と槍術のLvはそのままだった。
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