人の姿だと身長が2m以上あるセキちゃんは、脹脛にがしっとしがみ付いた私の事を抱き上げ右腕に乗せて視線を合わせる。
余りにも身長差があり過ぎるので、身を屈めるより早いと思ったようだ。
私は久し振りに会ったセキちゃんの事が可愛くて、ついつい昔のように頬ずりをしてしまう。
卵から孵ったばかりの頃は本当にちっちゃくて、私は初めて赤ちゃんの世話をする事に毎日おっかなびっくりだった。
竜族は卵から孵化した後、本来は両親から魔力をもらい育つのだけど……。
この子達の両親は、赤竜と聖竜で属性が違う番同士。
その所為で卵の中に2体も属性違いの子供が入ってしまった。
属性違いの子供は基本、雌の属性で生まれてくる事が多い。
そして運悪く雄の属性が勝り産まれてしまった子供は、成人まで育たないのだ。
そんな不思議な竜族でも、この子達の卵は異例すぎたらしい。
両親は孵化する事自体を諦め、卵を捨ててしまったんだとか。
竜族の長老はそれを不憫に思い、親交のあった世界樹の精霊王が養っていた私の下に託した。
私は竜族より魔力量が多かったからね。
世界樹の精霊王が治める森で育った私に両親はおらず物心付いた頃、聞いてみた事がある。
森の中には色んな種族がいるし、雄と雌の間には子供が生まれていたので私の両親は何処にいるのかと……。
養い親の精霊王から、お前はハイエルフの母親と人族の父親から生まれた子供だと答えを返される。
母親は私を産んで直ぐに亡くなり、寿命が短い人族の父親も既にこの世を去っていると言われた。
その当時の私は100歳。
ハイエルフの中でも、時空魔法適性持ちの私は成長がかなり遅いみたいだ。
数百年毎に、ハイエルフと精霊の間に出来た子供の先祖返りが生まれる。
その子供が私で、ハイエルフであっても限りなく精霊に近い存在なんだとか……。
ハイエルフや人族の下で育つには、お前は異端過ぎる。
精霊王自身が生まれたばかりの私を森に連れ帰ってきたんだよと、何て事ないように言われた時はふ~んとしか思わなかった。
でも日本で沙良として転生し両親に育てられた今は、それって誘拐じゃん! と簡単に罪を犯す養い親の事をやはり精霊なのだと感じる。
母親は亡くなってしまったそうだけど、父親はまだ生きていたんだからいなくなった娘の事を必死に探していたんじゃないかしら?
母の名前はヒルダ・エスカレード。
父の名前を精霊王は覚えていないと言うので、私は知らないままだ。
加護を与えるエルフ以外の種族には、一切興味がないみたい。
ハイエルフの母は、300歳の時に私を産んで亡くなってしまった。
長命な種族にしては、かなり早世だったろう。
どんな女性だったか聞いても、
「あれは女性と言えるのか……。剣術が得意で、よく王宮を抜け出していたな。冒険者になれないと言って暴れた事もあった。あぁ、特に胸の大きい女性が好きだったようだよ?」
と言葉を濁してしまうので、とにかく男らしい性格の人物だった事しか分からない。
ハイエルフはスレンダーな種族だから、大きな胸に憧れていたのかしらね?
昔を思い出し遠い目をしていると、セキちゃんが今は傍にいないセイちゃんの話をしだした。
「ちい姫。俺の弟は、今何処にいるんだ?」
あら?
普段は喧嘩ばかりしていたのに、長い間離れていると心配になるのね。
私はこの幼児言葉を話すのが恥ずかしいので、契約相手に念話が通じる事を思い出し会話は念話でする事にした。
沙良としてテイムした魔物とは、Lv不足でまだ念話が出来ないんだろう。
契約とテイムでは、明確に違いがあるらしい。
『セイちゃんは、カルドサリ王国にある摩天楼のダンジョンで冒険者として活動しているわよ』
「何だそれ!? 竜族が人族に交じって冒険者をしているのか?」
『私と一緒に地球の日本という国に転生した後、この世界に転移したようよ? まだ記憶が戻っていないから、自分の事を人間だと思っているんじゃないかしら』
「そりゃ笑えるな。あいつ、記憶の封印が解かれたら怒りまくりそうだ」
『あり得そうで怖いわね……』
でも一度人間として生きてきた記憶は、今の私のようになくなる訳じゃないから大人しくなっていると願おう。
ひとたび竜の姿に変態したら、カルドサリ王国は一日も経たずに崩壊してしまうだろう。
2人は、私が魔力を与え育てたから竜族としても規格外の魔力量となってしまった。
それ故、魔法の威力も桁違いになる。
聖竜のセイちゃんは光魔法を使用するので、単純なライトボールを撃っただけで王宮は木端微塵だろうなぁ~。
そうだ!
セイちゃんの記憶が戻ったら、『製麺店』の従業員達の身体欠損を治してもらえるよね?
心臓さえ動いていれば、全ての細胞が再生可能な筈。
でも現在S級冒険者のセイちゃんは、火魔法が得意じゃなかったっけ?
あれは確か『手紙の人』からもらった能力の内のひとつだ。
『手紙の人』って……誰なんだろう?
私はこちらを見て、穏やかに微笑んでいる精霊王を凝視する。
「ちぇいれいおうが(精霊王が)、ちぇがみのひとでしゅか(手紙の人ですか)?」
「私は手紙を書いた事はないよ?」
う~ん、どうやら違うらしい。
私の勘は外れたみたいだ。
そして不意に見た精霊王の姿に胸が切なくなる。
自分を育ててくれた養い親を、子供の頃は父のように慕っていた。
長じるにつれて、その思いは自然と恋心へと変化し初恋は実らない事を実感する。
それでも精霊王の子供が欲しくて、赤ちゃんがどうやって出来るか尋ねると彼は非常に困っていた。
「私とお前では、種族が違うから卵は産まれないんだよ」
沙良として生娘じゃなくなった今なら知っている事だけど、哺乳類は生殖行為をしないと子供は出来ない。
しかも卵を産むってなんだ!?
精霊王は性の知識を私に与える気がなかったようだ。
森に遊びにくる他の精霊王達に聞いても、彼女達は箝口令でも敷かれているのか教えてはくれなかったし……。
お喋り好きな妖精達も、この件に関しては口を噤んでしまった。
セキちゃんに聞いたら、俺はまだ発情期前だと意味不明な事を言われたわね。
セイちゃんは、質問の意味が分からないと言って逃げた。
私は完全な箱入り娘だった事で、精霊王との恋を諦めてしまったけれど……。
そもそも、私自身が精霊とハイエルフの先祖返りなんだから問題ないのではないかしら?
「ティーナ、そろそろ時間だ。あまり体から精神が離れている状態が長く続くのはよくない。もう一度、記憶を封印するよ」
そう言って精霊王が、今は色が紫に変化しているだろう瞳を覗き込んだ。
もう少しだけ一緒にいたかったけれど、確かにこのままだと体に負荷が掛かり過ぎるのも事実。
記憶がなくなってしまう前に、私は至近距離で見つめられた事を幸いとし精霊王の唇にキスをした。
3歳児の姿なら親愛の情で済まされるだろう。
今はもう、他の思いで一杯だけど……。
幼児姿の私にキスをされた精霊王は、一瞬目を見張り苦笑した後で私の額に指先で文様を描き出す。
そして私は再び意識を失った――――。
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