妻がテイムしたマリーに騎乗し、工房を出て娘の家まで移動する。
颯爽と駆け出す響が乗る泰雅とは違い、マリーはピョンピョン飛び跳ねるので振り落とされないよう注意が必要だ。
家に到着後、ホーム内に戻ってくる。
俺は結花へ響と飲みにいくと言い、夜は外食する予定にしていた。
悪いな雫……、彼と色々話す必要があるんだ。
決して妻の料理が食べたくなかった訳じゃないぞ?
夕食は響が普段奧さんが作らないファーストフードが食べたいと言うので、彼の運転で近所の〇ックに向かう。
俺の車は、元々息子の愛車だったため返したのだ。
冒険者をして金が貯まったら新車を購入しよう。
2人でそれぞれセットを注文し、ポテトを摘まみながら世界樹の精霊王に会った話をする。
「巫女姫の話を聞いてきた。どんな種族にも魔力を分け与えられる存在らしい。魔力量が少ない獣人は、その恩恵を受けられるなら重宝するだろう。厄介なのは、娘と同時に生まれてくる者が巫女姫を殺そうと狙っている事だ」
「その相手から身を隠すため、地球に転生したと聞いている」
「あぁ、記憶を封印された護衛達と一緒にな。どうやら俺達もその護衛らしい。響、お前にも忘れている他の人生があるようだぞ?」
俺の言葉に理解出来ないという顔をした響が眉を寄せ口を開く。
「それは、この世界でカルドサリ国王として生きた他に前世があるという意味か?」
「あぁ、驚くよな。俺は一体、どんな種族だったのかねぇ。まっ、思い出せない記憶は娘の封印が解けると同時に戻るらしいから大丈夫だろう。考えても仕方ないし、妻や子供達にも前世があると知っていればいい。アシュカナ帝国の王が娘を巫女姫と知り狙っているかは分からないが、放置するのは問題外だ」
「分かっている。樹、お前はどうする?」
「結婚式当日、娘の代わりに女性化した俺が花嫁となって帝国に乗り込む心算だ。ポチとタマを風竜に変態させれば、別大陸への移動も可能だろ」
「そりゃガーグ老達が黙っていないだろうな」
「勿論、それは想定内。爺達が戦力として付いてくれば安心だし」
姫様大事の影衆達が俺を1人でいかせる訳がない。
当然、付いてくるだろう。
「竜で思い出した。ティーナは竜族と契約している。既にこの世界に転移しているが、日本では俺の後輩だったな。そのうち合流してパーティーメンバーに加わる筈だ」
「竜族!? あの人の姿になれる竜と契約しているだと! 巫女姫ってのは凄いな……。エルフよりプライドの高い竜族が他種族と契約を結ぶとは、何があってそうなったのか見当もつかない」
「本人に記憶はないが、俺達の娘はかなり規格外だ。秘密にしないといけない事が多すぎる。絶対に敵の手に渡らないよう守り通すぞ!」
「当り前だ。俺の産んだ娘を、9番目の妻にしたいと抜かしやがる王には消えてもらう」
「アシュカナ帝国の王は殺しておいた方がいいか」
俺達は誰もいない店内で物騒な会話をしつつ、食事を終え場所を居酒屋に変えた。
酒が入ると、自然と男同士の内容になる。
「結花がスケスケのネグリジェを着て誘ってくるんだよ~。別人の姿をした、20歳の少女相手に手が出せねぇ~」
「自分の妻だろう。一緒に寝て何の問題があるんだ?」
「美佐子さんは年齢が若返っただけで、姿は同じじゃないか! 一緒にするなよ! それに手を出せないのは、お前の所為でもある。俺は、本当に痛かったんだ!」
そう主張すると、心当たりのある響が口を噤んだ。
「あ~、それは本当に悪い。媚薬の効果が利き過ぎたみたいで……」
あの時は、お互い媚薬で気持ちが昂っていたから、事を性急に進めてしまったような気がする。
今日も帰宅したら、妻が期待し待っているかと思うと複雑な気分だ。
性欲が薄れるポーションはないのか?
「響、マジックバッグを貸してくれ」
俺は渡されたマジックバッグから世界樹の苗木を取り出し、両手で触れた。
「精霊王、聞こえますか?」
「あぁ、ヒルダ聞こえているよ」
おぉ、電話のように声がクリアに届く。
「世界樹の葉から、性欲を減退させるポーションは作れるでしょうか?」
「それは需要がなさそうな効果だね。でもまぁ、幾つかの薬草を組み合わせれば作れない事もないけど……」
「是非、作って下さい! 明日にでも取りに伺います!」
「早急に必要な理由でもあるのかな? けれど、意識だけの状態で来ても持ち帰れないと思うよ?」
あっ……、そうだった。
「配合を教えてくれませんか? 薬師に調合をお願いしてみます」
世界樹の精霊王は植物を司る王だ。
あらゆる効能のポーションを作れるだろう。
「少し待っていなさい」
暫くして、苗木の枝に付いている1枚の葉が大きくなりポロリと落ちた。
手に取ると、葉に薬草の種類と配合が記されている。
あぁ、これで助かった!
「精霊王、ありがとうございます」
相手には見えないだろうけど、俺は頭を下げて感謝した。
「苗木には魔力が必要になる。1週間に一度、ハイエーテルを掛けるのを忘れないで。魔力がなくなると枯れてしまうから注意するんだよ」
携帯の充電みたいなものか……。
「はい、欠かさずハイエーテルを与えます」
俺達の遣り取りを黙って聞いていた響が、会話の終了後にぽつりと漏らす。
「結花さん、3人目が欲しいみたいだぞ」
聞いた瞬間、眩暈がした。
あぁ、それであんなに張り切っているのか……。
78歳で、また子供を産みたがるとは気持ちが理解出来ない。
2人いれば充分だろう?
「あぁ報告が遅くなったが、妻が妊娠した」
今後は飲んでいたビールを吹き出した。
何だと!? 妻が3人目を欲しがるのは、美佐子さんが妊娠したからか!
孫と言ってもいいような子供の妊娠に、響はとても嬉しそうだ。
「おめでとう! 6人目か? 子育てが大変そうだけどな!」
「うちには面倒見のいい、息子と娘がいるから妻も安心しているよ」
確かに、賢也君と娘がいれば大分助かるだろう。
今は使い捨ての紙オムツもあるし。
俺は親友を祝い、明日からダンジョン攻略だとすっかり忘れ酒をしこたま飲んだ。
店で酔っ払った俺を響が自宅で寝かせてくれ、そのまま朝を迎える。
美佐子さんの作った美味しい朝食を食べてから家に戻ると、妻が仁王立ちで待っていた。
怖っ! 朝帰りした俺は、朝から妻のお小言を受け雫からは白い目で見られる。
この場に沙良ちゃんがいなくてよかった。
週の初めから、二日酔いの状態でダンジョンを攻略する羽目になるとは……。
義祖父が鍛えた槍を持ち、防具を身に付けると気が引き締まる。
ダンジョンへ入ると、娘に魔物から魔法を受け覚えてほしいと言われ困った。
殆どの魔法は習得済みだから、今更覚える必要がないんだよなぁ。
あまり気が進まない様子の俺を見て、結花から「怪我をしたら治療してあげるわよ!」と言われ背中をバチンと叩かれる。
その勢いが少々強かったのは、まだ朝帰りした件を怒っているのだろうか?
背中がかなり痛いんだが……。
娘から指示された中には、習得していない魔法を使用する魔物もいた。
石化魔法と闇魔法のドレインを覚えられたのは嬉しい。
他に魅惑魔法もあり、これは使えるなとほくそ笑む。
諜報を担うマケイラ家の当主が、魅惑魔法の使い手だった。
帝国の王にかければ、娘が巫女姫であると知っているか分かるだろう。
口を割らせた後、良い気分のまま死んでもらえばいい。
地下15階まで従魔に騎乗したまま移動する。
ここが現在の拠点らしい。
娘が仲の良い冒険者達に、俺を新しいパーティーメンバーだと紹介してくれた。
結花の夫だと名乗ると、彼らは年齢差に驚き苦笑している。
兄だと言う設定の尚人より、随分年上の義弟になるのか……。
次に俺の騎乗する従魔を見て同情したような眼差しを送られた。
ほらやっぱり!
ウサギは騎獣に向かないと思われてるじゃないか!
その後、俺達家族は別行動で今から果物採取に行くと言う。
初めてのダンジョン攻略なのに果物を採取すると聞き、それは冒険者の仕事じゃないと抗議してみたが、
「何か問題が?」
妻から低い声で言われ黙り込んだ。
悪かった、もう朝帰りは二度としません。
あぁ、沙良ちゃんと一緒に攻略がしたかったなぁ。
そんな事を思いながら、楽しそうにアメリカンチェリーを採取している妻と雫の護衛を息子と一緒に引き受けたのだった。
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