黒竜の能力で私達は一瞬にして、魔界へと移転したらしい。
もっと時間が掛かるかと思っていたけど、異界に渡るのは私がホームへ移動する時とよく似ている。
見慣れたガーグ老の工房の庭から、何もない平原に連れて来られたようだ。
異世界と時間が連動しているのか、辺りは薄暗く月明りだけが頼りみたい。
「ここは、魔界の中心地点じゃ。ちい姫は、何処へ行きたいのかの?」
黒竜の腕に抱き抱えられたまま、顔を覗き込まれ質問される。
「S級ダンジョンに行きたいです!」
誰かと勘違いされるのは慣れっこなので、このままちい姫と呼ばれておこう。
黒竜と知り合いのようだから、便宜を図ってくれるかも知れないしね。
「今からS級ダンジョンへ向かうのか!?」
聞いたルシファーが大仰に驚き、樹おじさんを心配そうに見つめる。
私達の目的がダンジョンボスのベヒモスだと知り、危険だと思っているのだろう。
「ルシファーは、家に帰ってもいいよ」
ついて来られると、ダンジョン内を移転出来ず面倒だ。
「姫! 私も少しは強くなったので、お伴致します!」
樹おじさんに良いところを見せたいのか、ルシファーが同行すると言う。
「あ~、申し訳ないけど足手纏いだから遠慮して下さいな」
目で合図を送った私の意図を汲んだ樹おじさんが却下してくれた。
実力不足を指摘されたルシファーはショックを受け地面に座り込み、のの字を書いている。
その分かり易い態度に笑ってしまう。
彼を哀れんだ黒竜が声を掛けた。
「魔族の若造、そう落ち込むでない。ありえんほど最強のメンバーが揃っているから、S級ダンジョンなぞ鼻歌をしながら攻略するであろう。ちい姫は、目当ての魔物がおるのか?」
「はい、ベヒモスが欲しいんです!」
「ベヒモスとな? 南の大魔王がペットにしておったが……、相変わらず趣味が変わっておる」
私はペットにしたいわけじゃないけど、ここは黙っておこう。
あまり時間がないので、早くS級ダンジョンへ向かいたい。
急かすように黒竜の腕を引っ張ると、「では移動しよう」と言い再び景色が変化する。
ルシファーは置いていかれたのか、傍にいるのはメンバーだけだ。
目の前には、ダンジョンの入口が見える。
摩天楼ダンジョンのように塔ではなく、地下へ潜るタイプのようだ。
「ベヒモスはダンジョンの地下99階層におる。儂は待っておるから、行ってきなされ」
腕の中にいる私を何故かセイさんに預け、黒竜は手を振って見送る。
セイさんは黒竜から子供のように受け渡された私を、そっと地面へ降ろした。
黒竜の突然の行動に、セイさんは戸惑った様子も見せない。
何だろう? この恥ずかしい遣り取りは……。
茜だけが不思議そうな顔をしていたけど、他のメンバーは何事もなかったかのように普段通りだった。
「じゃあ、早速ダンジョンに入ろう!」
気持ちを切り替えダンジョン内に足を進め、教えてもらった地下99階へ移転を繰り返す。
ベヒモスはダンジョンボスだと聞いていたから、てっきり切りのよい地下100階にいると思っていた。
地下100階層には、ダンジョンマスターでもいるのかしら?
数分で地下99階に到着したあと、安全地帯を探したけど見つからず困ってしまう。
「この階層には安全地帯がないみたい。皆、結界魔法を張ってね」
「サラ……ちゃん。S級ダンジョンは、安全地帯がないのが普通ですぞ」
ガーグ老に言われ、初めて知る情報に目を丸くした。
安全地帯がないダンジョンとは、難易度が相当高い。
常に魔物を警戒する必要があるから、休憩も交替制で行わなければならないだろう。
ダンジョン泊も気軽に出来ないとなれば、深層を潜るのは命掛けじゃないかしら?
私達は、その危険をすっとばして来ちゃったけどね~。
「知りませんでした。ベヒモスを発見するまで、周囲の警戒をよろしくお願いします」
マッピングで地下99階を見渡すと、初見の魔物が沢山いる。
ベヒモスがいた摩天楼ダンジョンの階層は、他の魔物がいなかったのになぁ。
魔物の強さは分からないけど、時間を掛けない方がいいだろう。
メンバーを心配し、そう思っていると茜が目をギラつかせ、
「少し魔物を狩ってくる!」
駆け出し行ってしまった。
「あっ、俺も!」
続いて樹おじさんが離れると、慌ててガーグ老と父が後を追う。
残ったのはゼンさん、セイさん、シュウゲンさん。
シュウゲンさんは両腕を組み、瞑目したまま動かない。
えっと、目を閉じた状態で魔物が接近しても大丈夫?
ゼンさんとセイさんがいれば問題ないかしら?
勝手に動き出すメンバーへ呆れつつ、私はベヒモス探しに集中した。
5分程で大きな魔物を発見する。
いたいたベヒモス!
生きたままアイテムBOXに収納して、次の個体を探し出す。
その後、20分経ってもベヒモスは見つからず、この階層にはいないと判断した。
ダンジョンボスだから1匹しかいないのか……、残念だな。
まぁ1匹だけでも、いないよりはマシだよね?
用事が済んだのでシルバーに茜を呼びに行かせ、ゼンさんにはガーグ老から念話の魔道具で連絡を入れてもらう。
ホクホク顔の茜と樹おじさん、疲れた顔をしたガーグ老と父が戻り地上へ移動した。
僅か1時間程で帰って来た私達を見ても、黒竜は驚かずに首尾を聞いてくる。
「ベヒモスは、おったか?」
「はい、1匹だけ見つけました」
「あれはS級ダンジョンに1匹しか出現せん魔物だからの。魔界にも、そうそうおるまい」
「他のS級ダンジョンは、ありますか?」
「4つあるS級ダンジョンで、ベヒモスがいるのは残り2つだろう」
ふむ、大魔王がペットにしたベヒモスがいたな。
「出来れば残りの2匹も欲しいので、また魔界に連れて来て下さいね」
「まだベヒモスが必要なのか? 変なものを欲しがるのぅ……」
黒竜の疑問には答えず、私はニコニコ笑顔で対応する。
3匹いれば、兄、旭、茜のLv上げが可能だ。
1人で倒せるかどうかは、やってみれば分かるだろう。
無理そうならメンバー全員で倒せばいい。
黒竜に異世界へ帰してもらい、お礼を伝える。
「今日は、ありがとうございます」
「久し振りに、ちい姫の顔を見れた。礼なぞ良い。それに、面白いものも見れたしな」
面白いもの?
セイさんとシュウゲンさんを見ながら、笑っていた事かしら?
言葉を聞いたシュウゲンさんが渋面になり、黒竜へつかつかと歩み寄って何かを耳打ちした。
すると黒竜が、ぎょっとした表情に変わって焦り出し、シュウゲンさんに何かを手渡している。
一瞬見えたのは、黒い指輪のようだった。
2人の間に親密さを感じて違和感を覚える。
初対面だよね?
鼻息荒く戻ってきたシュウゲンさんには聞けず、私達は逃げ出すように消えた黒竜を唖然と見送りホームへ帰った。
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