翌日、日曜日。
魔族の青年は大丈夫かと隣の部屋へ様子を見に行く。
彼は滝のような汗を流し腹筋を続けていた。
しかし、その1回もかなり辛そうで体が震えている。
どうやら一晩中、筋トレをさせられていたみたい。
「ガーグ老。彼は、あと何回で今の契約が終るの?」
今にも息絶えそうな青年を見て、樹おじさんが声を掛ける。
「うむ。女官達の依頼は最後の1人で、残りは10回くらいかの」
「そう。なら、頑張りなさい」
おじさんから励まされた青年は、嬉しそうに残り10回の腹筋をやりきった。
その表情を見る限り、魅惑魔法の効果は続いているらしい。
一晩経っても効果が切れないとは……。
「全員と契約して魔力が相当増えたと思うけど、貴方の爵位は上がったかしら?」
「俺は男爵ですから子爵には、魔力が10,000必要です」
男爵か、セイさんが予想していた爵位と同じだな。
昨日、彼の父親が息子は初めて契約したような事を言っていた。
生まれながらに男爵位を持っているなら、父親は相当位の高い魔族なんだろう。
10,000だと、まだ沢山契約を交わす必要がありそうだ。
「貴方の名前を聞いてもいい?」
これから長い付き合いになる。
呼び名がなければ不便だろうと思い尋ねてみた。
「ギルフォードと呼んで下さい」
聞いた私ではなく、青年が樹おじさんへ返事をする。
魔族なのに、あまり種族的な特徴がない名前なんだなぁ。
ここはやっぱり、分かり易く悪魔的な呼び方がいい。
「ルシファーの方がいいと思う!」
「ルシファーって、またベタな名前を……」
聞いた兄が私を呆れた表情で見る。
悪魔のような種族なら、格好いい名前の方がよいでしょ?
「勝手に名前を変えるな! 俺には……」
私が言った名前に憤慨し怒ってみせる魔族の青年は、途中で言葉を詰まらせた。
何かを見ているのか、じっと視線を正面に合わせ目を大きく瞠る。
「馬鹿な……。ステータス表記が変化しているだと? 娘! 俺に何をした!?」
えっ? もしかして従魔達のように、呼んだだけで名付けちゃった? うわ、私の能力がヤバイ!
「あら、娘の呼び方が気に入ったのね。じゃあ、これからはルシファーと名乗りなさいな。名前に負けないよう、強くなって」
樹おじさんが、にっこり笑いフォローしてくれる。
「あっ、はい……」
青年は顔を真っ赤にし、しどろもどろで頷いた。
よし! 名前を変えてしまった件は、これで有耶無耶になっただろう。
魅惑魔法の効果が続いている間、樹おじさんに好かれようと魔族は言いなりだ。
2人の遣り取りを聞いた兄が不思議そうな表情をして、私に視線を向ける。
分からないというように、私は首を傾げてみせた。
セイさんは平然として動じず、茜は興味がないようだ。
ガーグ老達や女官長達は、少し困った顔をしているみたいだけど……。
この場で追及する心算はなさそう。
疲れ切っている魔族に、一度異界へ戻るよう樹おじさんが伝えた。
召喚陣を描けば何処にいても呼び出せるから、その点は従魔より便利かも?
青年は最後まで、おじさんに熱い視線を送り異界へ帰った。
客室へ戻り少しして朝食の席に呼ばれる。
侍従の案内について行くと、昨日とは別の広間へ通された。
既に女王とヴィクターさんがいて、私達の姿を見るなり立ち上がる。
「王女様方、おはようございます。魔法陣の準備は出来ておりますから、食事が済み次第カルドサリ王国へお送りします」
昨夜カルドサリ王国の宮廷魔術師と連絡を取ったのか、随分早い帰国になりそうだ。
今回の依頼は非公式だから、私達もエンハルト王国を観光するわけにいかないし仕方ない。
「分かりました。早急な手配、ありがとうございます」
女王の言葉に樹おじさんが答え、毒見役の女官がそれぞれの料理を口にしたあとで食事を始める。
玉ねぎ・人参・じゃが芋・チーズが入った大きな『キッシュ』、ニンニク・塩・胡椒が効いたステーキにスープ、デザートはウサギリンゴが添えられていた。
この世界のパンが苦手だと知っているケンさんが、メニューを考慮してくれたのが分かる。
出された料理を食べないのは失礼に当たるから、正直とても助かった。
王族の前で残す事は出来ないからね。
気になっていた質問をしよう。
「ヴィクターさんは、このまま国に残るんですか?」
迷宮都市でクランリーダーをしているアマンダさんがいなくなったら、クランメンバーはどうなるのか心配になったのだ。
「いえ、私は迷宮都市に戻ります。継承権は放棄しているから国を離れても問題ないんですよ」
「でも、もう青龍の件は解決しましたよね?」
「私は冒険者の方が性に合っているようです」
ヴィクターさんは女王と視線を交わして意志を伝える。
「役目を終えたら自由にしてもいいと言う約束ですから、貴方の好きになさい」
第二王子なのに国を離れてもいいんだ……。
まぁ12年も女装して辛い役目をしたんだから、それくらいご褒美があって当然か。
迷宮都市へ戻るなら、私達と一緒に帰るのかしら?
またアマンダさんとして活動するかどうか、ここでは触れないでおこう。
食事を済ませたあと、魔法陣のある部屋まで女王に見送られ、特産品の碧水晶をプレゼントされる。
青龍が目覚め湧き水の量が戻った事で、碧水晶の品質も安定したそうだ。
掌サイズの碧水晶は、とても綺麗でキラキラと輝いていた。
値段は分からないけど相当高価な物に違いない。
それを5個も貰っていいのかな?
お礼を伝えて女王と別れ、魔法陣のある部屋へ入る。
待機していた6人の魔術師達がヴィクターさんへ目礼し、呪文を唱え始めた。
私達は床に描かれた魔法陣の上へ移動して、その時を待つ。
5分後、女官長から「遅すぎます」と漏れた声を聞き魔術師達が焦り出す。
あ~、可哀想なので大人しく待ってあげて下さい~。
私の願いも虚しく焦れた女官長が片手を振り下ろした瞬間、カルドサリ王国へ移転してしまった。
室内には発動前の魔法陣に現れた私達を、またかという目で見る宮廷魔術師達の姿がある。
「……魔術師長。エンハルト王国の方が驚かれます。少しは自重なさって下さい」
6人のリーダーなのか、1人の宮廷魔術師が女官長の前へ進み出て進言した。
「私はもう魔術師長じゃありませんよ。たかが、移転陣を起動するために時間が掛かる方が悪いのです」
「はぁ……。魔術師長の座は空席のままです。お戻りになるのを、我ら一同お待ち申し上げております」
そう女官長に告げ、深々と一礼した宮廷魔術師達は去っていく。
やはり、突然10人も辞職したから彼らは困っているようだ。
復帰する気はないのかな? カルドサリ王国が心配なんだけど……。
本人達が決めた事に口を挟むのは難しい。
今は、何をしているか気になりながらも王宮から出た。
王都から迷宮都市まで、ヴィクターさん達と女官長達は再びワイバーンへ騎乗する。
ガーグ老達はガルちゃん達に、私達はダイアンとアーサー達の背に乗り、迷宮都市の家へ帰ってきた。
炊き出しは済んでいたようで庭に子供達の姿はない。
今は子供達が1階で楽器の練習をしている頃だろう。
ヴィクターさん達は、また明日と言い家から出て行ったので、月曜から冒険者活動を続けるらしい。
彼は第二王子の身分を捨て、アマンダさんとなり冒険者をする生活を選んだようだ。
王族は大変そうだから、自由に生きたいのかも知れないなぁ。
ヒルダさんの所為で、女装をする羽目になるとは思わなかっただろうけど……。
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