響と将棋を指している最中に、突然意識を失った俺が次に目が覚めた時、全然見覚えのない部屋にいた。
何処だここ?
やけに煌びやかな装飾品で溢れている。
体を起こそうとして、自分が寝ている場所が天蓋付きのベッドだと気付き仰天する。
なんだこの御姫様仕様のベッドは……。
30歳の男が寝るには、恥ずかし過ぎるだろ!
とにかく状況を把握しようと、ベッドから出るため足を床に付けた。
そして視界に入ったその足のサイズに違和感を覚える。
それはまるで子供のような、とても小さな足だった……。
でも床に着いた感触が、はっきりと俺自身にある。
これは……?
急いで部屋を見渡して鏡を見付けると、自分の姿を確認する。
そこに見知らぬ少女の姿を見て唖然となった。
鏡と対峙して数十秒、ぎこちなく右腕を上げるとやはり鏡に映る少女も同じ動きをする。
あぁ、これはもしや入れ替わりか?
自分が……この少女に?
笑えない。
俺には妻も子供もいる。
家長として家を守る責任があるんだ。
こんな状況から、早く脱しないと大変な事になる。
そう考え素早く思考を巡らせた。
定番は、階段から落ちるとかだろうか?
この時、俺は自分が思っている以上に混乱していたらしい。
冷静に対処していた心算だったが、後から考えると相当馬鹿な真似をしたと思う。
そのまま部屋を出て階段を探し、見付けた瞬間に落ちようとしたんだからな。
しかし足を踏み外し空に浮いた俺の体は、突然現れた誰かに抱き留められ階段から落ちる事はなかった。
「姫様。何をそんなにお急ぎで? 慌てて走ると危ないですぞ?」
とても力強い声を持った男が、俺をゆっくりと床に下ろす。
さっきまで、誰もいなかった筈なのにどうして?
姿も気配も感じる事なく現れるなんて、まるで忍者のようだ。
とその時の俺は、ぼんやりとそんな事を思っていた。
そして男から問いかけられた内容を反芻する。
姫様って……言われたよな?
男の顔を見た瞬間、120年分の記憶が怒涛のように流れ込んで眩暈が起きた。
そして、自分がナージャ王国の王族であるハイエルフだと思い出す。
目の前にいるのは、俺の専属護衛である影衆当主のガーグ老だ。
忍者ではなく、【迷彩】を使用して常に王族の周囲にいる者だった。
日本人として生きた記憶が、何故唐突に蘇ったのか……。
俺は曾婆ちゃんから、12歳の時に言われた宣託を今更ながら思い出す。
確か俺には役目があると言っていたな。
ハイエルフは長命な種族だ。
現在120歳の俺は、人間に換算すれば12歳ぐらいだろう。
この宣託を受けた年齢が記憶が戻る鍵となったのか?
それなら、お役目とやらをさっさと終わらせれば元の世界に戻れるんだろう。
曾婆ちゃんは、その役目を具体的に教えてくれなかったが……。
確か、苦痛を伴うとかなんとか……。
俺はこの世界で運命の人と出会うらしい。
もう既に結婚している身で、運命とか有り得ないだろう?
日本に戻れば家族がいるんだから、相手と生涯を共にする必要も感じない。
そこまで考えて、俺は愕然とした。
ヒルダ・エスカレードは女性だ。
必然的に運命の相手は男になるんじゃないのか?
いや待てよ、確かこの世界では同性婚も出来る。
世界樹の葉で作られた秘薬を使えば、子供も生まれるんだった。
曾婆ちゃんから、俺の子供を産んでくれる女性を大切にしろとも言われた気がする。
これは世界樹の出番か?
押し黙ったまま返事をしないので、ガーグ老が訝し気に見てきた。
「あぁ、ごめんなさい。ちょっと世界樹の精霊王の所に行こうと思って、気が逸ったみたい」
俺は120年、王女として生きてきた記憶の通り言葉遣いを変えた。
「さようで……。ですが、精霊王の前にその姿で行くのはどうかと思いますぞ?」
言われて自分の服装を確認すると、寝起きのままの姿であると気付く。
確かに、この恰好で行くには失礼過ぎる。
部屋に戻って服装を改める必要がありそうだ。
先程までいた部屋に戻り、女官達を呼んで服を着替えさせてもらった。
これ、何とかならないか?
着替えの度に、3人の女官が必要だなんて効率が悪すぎる。
1人じゃ着れない服は面倒で仕方ない。
しかも記憶を思い出した今、スカートを穿くのに抵抗が……。
「女官長、ズボンを作ってくれないかしら?」
「ズボンでございますか? それは何故の事でしょう?」
「ガーグ老から、剣術を習う心算なの。スカートじゃ動きにくいと思うのよ」
「剣術……。それでは、ご用意致します」
我ながら良い案だと思う。
ステータスが見える世界で、剣術Lvを上げるのは面白そうだ。
魔法は既に学院で取得済みだからな。
俺は尚人が遊んでいたRPGの〇ラクエを、クリアした事がある。
息子が寝た後に、こっそりやってみたら面白くて嵌ったのだ。
お役目には関係ないかも知れないが、運命の相手に出会うまで少しくらい楽しんでもいいだろう。
ポイントを押して下さった方、ブックマークを登録して下さった方、作品を応援して下さった方。
読んで下さる全ての皆様、ありがとうございます。
応援して下さる皆様がいて、大変励みになっています。
これからもよろしくお願いします。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!